第122話 守りたい気持ち

 リアとアトリは1日中布団で寝転びながら話をしていた。


 奴隷として売られたこと、俺と出会ったこと、里で過ごした2年間やこれまでの旅の出来事など、リアは楽しそうに自分をさらけ出す。当然、家族を探すという旅の目的もだ。


「そっか、それじゃいつまでもここに留まってちゃダメだよね……」

「そうだね。私は近い内にここを出てく。それは絶対に変わらない」

「うん……」

「でもね、最近ちょっと考えてることがあってさ」

「え、何?」

「家族を全員探し終わった後、皆でこの村に住むのも面白いかなって」


 会話の波に押し出されて、リアの頭の中で散らばっていた考えが言葉となって飛び出た。これは俺にも相談していなかったことだ。本当に思い付きなのだろう。


「ほ、本当!?」

「うん。アトリと一緒に色々村中を回って、村の人は皆いい人だなって思った。そりゃあ、アトリの家族だもんね。私の家族も受け入れてくれそう」

「それいいと思う! さっきリアが言ってたクラナさんって人も、ノインさんも連れて皆で一緒の家に住もう!」

「あはは、ちょっと気が早いけど、それもいいね」


 先の事は分からないけれど、前向きなのはいいと思った。これからの旅の活力になるだろう。


 リアのハーレムはともかく、この村は人が少ないから仕事は幾らでもありそうだし、リアの家族も何らかの生業を見つけられるだろう。何なら、ルーナさんのようにリアがこの村の発展の要になってもいい。夢が膨らむ。


「その為にはこれから沢山頑張らないと」

「そうだね。大陸中を回るって、わたしには想像がつかないんだけど、きっと大変なんだろうね」

「まあ、その前にまずこの村を襲う飛竜を何とかしないと」

「そうだった……今日も出たってことは結局いつまでいられるの?」

「アトリ、そのことなんだけどね──」


 リアは村長と相談した結果を思い出し、アトリに告げる。


 10日間、ソフマ山脈の方へ飛竜の調査に行く。その為一緒にいられる時間がかなり減ることにはなるが、アトリは残念ぶる素振りを見せることはなかった。気を使って表に出していないだけなのかもしれない。何にしても、これで心置きなく調査に出かけられるというものだ。


 翌日からリアはソフマ山脈遠征の為の準備にかかった。準備と言ってもリア自身の準備はマジックバッグがあるので、そこまで時間はかからない。それよりも重要なのは、リアがいない間のこの村の防衛に関しての準備である。


 リアの居ぬ間に飛竜が襲ってきたとしたら、この村はひとたまりもないだろう。もしもの時を考えねば。


 散々考えた挙句出た答えは、『砦』を造ることだった。


 勿論、ただの砦ではダメだ。木材、石材とかそんなレベルでは飛竜の攻撃に耐えることは出来ないだろう。ならばそれよりも強い材料が必要になってくる。だが、鉄なんてものがこの村に大量に存在するはずもなかった。


 そこでひとつリアは良い素材に思い当たり、村長に相談を持ち掛ける。


「こ、これは……黄昏剛鉄こうこんごうてつ!?」


 マジックバッグに眠っていた橙色に輝く金属を引っ張り出す。おそらく魔力さえ込めれば、これがこの世界で最も硬くて重い金属だろう。飛竜にだって壊されないはず。なんたってこれの元になった石撃人形は飛竜を倒した実績を持っているからな。


「これで簡単な砦を作って、有事はそこへ逃げ込むようにしましょう」

「よ、よろしいのでしょうか。こんな凄いものを……」

「別にこの村にあげるわけじゃないです。無事に帰ってきたら、勿論回収しますよ」


 村の事を思えば、寄贈したいところではあるが流石にそれは無理だ。これはリアの家族を買い取るための資金でもあるのだから。


 ただ、村長もそんなことは分かっていたようで、国ごと買えそうな価値のある金属に怯えながら「そうしてください」と答えた。


 さて、そうと決まれば早速砦の建設を始める。階位鉄の扱いに詳しくなんてなかったので、手探り作業でどれくらい時間が掛かるかと心配していたのだが、意外なことに村長が加工方法を知っていた。


「昔は騎士階級でしたから、階位鉄製武器の調整なんかも己の力でやっていたのですよ」


 そう言えばこの人、元騎士だったな。


 リアは村長の指示で黄昏剛鉄に魔力を通す。


「冒険者様、もう少しこっちに回してください。ああ、今度はそっちが若干薄いです」


 木材で作ったアタリの上に塊状の黄昏剛鉄を切ったり、伸ばしたりして被せていく。魔力を使って階位鉄をこのように加工できることは、パレタナにいた時から既に知っていた。だが、問題は形を変えた後だ。


 見た目だけは完璧な黄昏剛鉄の砦が出来上がったのだが、このままでは魔力を通すといとも簡単に形が変わってしまう。


「よろしいですか? このように、外からの魔力に崩されない構造へと変えるのですよ」


 村長が黄昏剛鉄に流した魔力を追う。


(なるほど、金属に流れる魔力の向きを一方へ向かうようにするんだ)

(え、どゆこと?)

(だからね、魔力が流れたとき、通り道に引っかかりができないようにするって言えばわかる?)

(えっ、ああ、うん、そういうことね。完全に理解したわ。うん、うん)


 なんかよく分からんがリアには納得出来たらしい。処理が精密過ぎて俺には理解が難しかった。使っている脳みそは同じなのにどうして……。


 リアは村長から処理を引きついで、何時間か作業をこなす。冒険者たちが使う階位鉄製の剣もこうやって地道な作業で作られているのか。あまりに精密かつ地道な作業が続き、頭がおかしくなりそうだった。


 食事休憩など何度も休息を挟んでようやく砦が完成する頃には、既に空は暗くなり始めていた。


(一応できたけど……)

(本当にこれで大丈夫なのか)

(そのはず)


 見た目が加工前と一切変わっていないので、完成した実感が持てない。ということで、試しに爆破の魔法を砦に撃ってみる。


「すご……ビクともしない……ということは今度こそ完成かな。いや、流石に疲れた」

「リア、お疲れさま!」


 身体を伸ばすリアにアトリが抱き着いてくる。


「アトリ、もし私がいない間に飛竜が来たらここに逃げ込むんだよ」

「うん。今ちょうどおじいちゃんが皆に連絡を回してるよ!」

「そうなんだ。まあ、こんなの使わないで終わる方がいいんだけどね」


 また家が焼かれたりしたら困るもんな……。







「冒険者様。よろしくお願いします」

「うん。そっちも頑張ってください」


 翌日、リアは村を出発するため、村の外れにいた。


 一方、村では今日砦へ逃げるための避難訓練を行うらしい。外れからでも村の妙なざわめきが伝わってきた。


「リ……ミナト! 気を付けてね!」

「うん。きっと無事に帰ってくるよ」


 見送りに来たアトリは不安そうな顔をリアに見せた。


 リアの魔法の実力のせいで少し感覚がマヒしているが、人の領域でない場所へ向かうことは本来とんでもなく危険なことだ。


「わたし、ミナトが戻ってくるまでに、あの魔法を使えるようになってるから!」

「うん。楽しみに待ってる」


 最後にギュッとアトリを抱き締める。勿論、帰ってくるつもりではあるが、緊張感は大事だ。


「それじゃあ、行ってきます!」


 寂しさが生まれてしまう前にリアは走り出した。

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