第121話 きみは大切な人
村に飛竜が現れなくなって2週間が経過した。今日も朝からアトリの魔法の特訓をしている。
「アトリ、もっかいやるよ? 魔法術式と魔法陣との対応に意識してみて」
「うう……」
「難しい?」
「難しい……けど、もう1回お願い!」
今だ熱魔法の発現には至らず。
ここ2、3日で、妙な焦りがアトリに見え始めた。恐らくリアとの別れを意識してしまったのだと思う。それまでに何とか魔法を使えるようにならなくては、という強迫観念があるのかもしれない。
一方でリアは別れの日を決めかねていた。
もう2週間も飛竜が現れていない状況を考えると、今すぐに村を出たとしても誰にも文句は言われないだろう。ただ、日に日に増していくアトリへの友情、愛情がその決断を邪魔した。
なんというか、恐れていたことがついに、というやつだ。リアは人見知りで、男嫌いで、疑り深い性格だけれど、一度気を許した相手には強い執着を見せることがある。
ここ1年ほど沢山の出会いと別れを繰り返してきたリアではあるが、今度の別れは特別にキツいものになりそうだと思った。
「ねぇ、リア。ここまでどう?」
アトリはリアの手を掴み、自分の中で魔力を高める。相変わらず熱魔法は発動しないが、リアは魔力を通じて彼女が構築する魔法術式を覗き見た。
…………。
惜しい、感じ。リアが使った熱魔法とはかなり魔法術式が近い。けど、発動しないということは何処かが致命的に違うのだ。
「うーん、ここがちょっと変」
「ああ、ここかぁ……」
それをリアは早速分析して、魔法陣との違いを指摘する。流石リア、驚くべき早さ。
その後、何度か彼女の構築した術式を添削していると……。
「あれ? 銅鑼が鳴ってる……」
「え?」
遠くで銅鑼の音。これは物見台の爺さんが何か異変を発見した時に鳴らす音だ。
「アトリ、飛竜が出たのかもしれない。ちょっと行って来るね」
「う、うん……」
「ん? どしたの?」
アトリは顔を手で覆っていた。泣いているようには見えないけど、一体どうしたのだろうか。
「ご、ごめん。何でもないから早く行ってあげて?」
「わかった」
気にはなるけれど、飛竜だとしたらなるべく早く向かった方がいい。
とりあえずリアは外へ飛び出る。そして、そのまま耳で情報を集めながら物見台の方へ向かった。
銅鑼の音の原因はやはり飛竜だった。村を出た所で、サクッと倒したはいいものの、まだ生き残りがいたという事実に不安が残る。
このままだと、リアの気持ちとかそういう問題ではなく、本来の目的を達せていないという問題で出発の目途が立たない。
何とかせねば、とリアは礼を言いに来た村長へ相談を持ち掛けた。
「一度、ソフマ山脈の方へ行って、飛竜の巣が無いかちゃんと調査しに行きたいんですけど」
「ソフマ山脈ですか……あの山脈は大きいなんてものじゃない。例えあなたが魔法を駆使したとしても完璧な調査は不可能だと思いますが……」
「わかってます。現実的な範囲だけにします」
具体的には、ここから山脈が見える範囲だけだな。そうでないと、一生終わらない仕事になってしまう。
「正直に言うと、いつまでも飛竜の襲来を待っているこの状況は凄くじれったい。区切りをつけるためにも、調査に行かせてください」
「しかし……」
当然その提案を渋る村長である。彼としては村人がまた危険に晒されるかもしれない状況は当然避けるべきだろう。
だがこちらとしても、再出発は譲れなかった。
「きっと意味のない調査にはなりませんよ。だって、飛竜ってずる賢い魔物だもん。そんな魔物が、仲間が出かけるたびに消えるような遠方にわざわざ行くかなって思うんです。だからきっとこの村にしか来られない場所にいるんですよ」
「なるほど……その予想はもっともだと思いますが……」
「だから10日だけください。身体強化で走っていきます」
「10日も! その間、村の防衛の方は……」
「申し訳ないですが、私がいない間は村人だけで何とか」
「うぅむ……」
村長は不満、というより不安そうだった。1体の飛竜によってメチャクチャにされた過去があるのだ。それも仕方ないか。
だが結局、調査をしないことには飛竜の危機が去ったとは言えない。説得の結果、しぶしぶながら村長も了承した。
リアは村長と話を付けると、自分に宛がわれた家に戻った。中では今でもアトリが魔法陣とにらめっこしていることだろう。
「アトリ、ただいま」
「あっ、リア! 大丈夫だった!? 怪我とかしてない!?」
扉を開けた途端にアトリ抱き着いてきた。
「大丈夫。飛竜、久しぶりだったけど、今日もサクッとやっつけたよ」
「そっか……でも、やっぱりまた飛竜、出たんだ」
「アトリ、またそのポーズしてる……なんなの? それ」
アトリは話の途中で、リアを抱く手を離し、手のひらで顔を覆う。
それ、さっきもやっていたな。
「こ、これは何でもないんだよ!」
何かを隠すような態度。相変わらず泣いているわけでは無さそうだが、一向に顔を見せない。
「いやでも心配なんだけど」
「うぅ……あの、聞いてもわたしのこと嫌いにならないでね?」
「うん」
リアが首を縦に振ると、アトリは恐る恐るといった雰囲気で語り始めた。
「実はわたし……また村に飛竜が出たって聞いて、本当はダメなんだけど、凄く嬉しいって思っちゃたの」
「え、どうして?」
「だって、飛竜が出たら、リアがこの村にいてくれる時間が増えるから。……ごめんなさい。リアは早くこの村から出て行きたいのに……それに飛竜が出たら、また人が死んじゃうかもしれないのに……ほんとに最低だ、わたし……」
アトリは恐らく自分でも否定したかったであろう感情を吐露する。
嬉しい。不謹慎な感情だと自覚しているから、リアに表情を見られまいとしていたのか。
「アトリ、泣かないで」
そのいじらしさに心を打たれたリアは力いっぱいアトリを抱き締めた。
「嬉しいって、そんなことで私はアトリを嫌いになったりしないよ。むしろ、私の方が嬉しいって思うもん。そんなに私を思ってくれてさ」
「リア……」
アトリを抱き締めたまま布団へと誘導し、その上に座る。リアは名残惜しそうにアトリの身体を離すと、彼女の
「あのね、アトリには私の秘密、知っておいて欲しいの」
「秘密……?」
次の瞬間、リアの偽装魔法が解ける。
言うのか、ついに。
「あれ? リア、耳が……」
「私さ、実はエルフなの」
「エルフ?」
「…………エルフ、というか亜人ってわかる?」
「ご、ごめん、わかんない」
「えー」
意を決しての告白はまさかの空振りに終わった。
そうか、アトリにとって村だけが世界なんだ。そりゃあ、街ですら見かけないエルフを知るわけないか。
ただ、亜人すら知らないということは、余計な偏見がないとも言える。
「よくわからないけど、リアのお耳はそんなに尖ってたんだね。可愛い。隠さなくてもいいのに」
「これね、街だとイジメられちゃうの」
「ええっ!? じゃあ隠さなきゃ!」
「うん。だから私がエルフってことは、他の人に内緒ね」
「わかった!」
恐るべき素直さでアトリはリアがエルフであることを受け入れた。なんだか拍子抜なカミングアウトとなった。
「これがリアの秘密なんだね」
「うん。でも、まだあるの」
「え、まだ?」
「そう。私には家族……いや、もうひとりの自分? みたいな人が私の中にいるの。ミナトって言うんだけど、いつでも話が出来るんだよ」
「え、ミナトってリアのもうひとつの名前でしょ?」
「そうだよ。それはその人の名前を使ってるんだよ。というより、その人はこの身体の中にいるから、私はリアでありミナトでもあるの」
「……んん?」
コテリ、可愛らしく首を傾けるアトリ。
知らない相手へいきなり話すにしては、あまりに荒唐無稽すぎるが故に説明が難しい。唯一性事情を話したクラナさんも結局俺の存在を心から信じていているのか、いないのかが分からないほど。
「一度、ミナトと話してみて。そっちの方が手っ取り早いから」
「えっ」
ということで、クラナさんの時と同様に俺へ向かってキラーパスが飛んできた。まあ、実際俺が表に出た方が、話が早いのかもしれないが……。
「あー、あー」
リアから身体の操縦権が渡される。こうやって俺が俺として誰かと話すことは俺がこの世界へ来てからほとんどないことだ。なので、妙に緊張する。
「あーえっと、俺がミナトです」
「え、ミナト?」
「おう。まあリアの別人格? みたいな感じかな。とりあえず、身体は一緒だけどリアとは別人なんだ」
「別人……確かにいつもと話し方が違うかも」
「そうだろ? ちなみに俺は男だよ」
「えっ!」
「いや、そんな触っても身体はリアのまま女の子だから」
まあリアちゃんはビビるくらいぺたんこだから、男でも違和感ないけどね。記憶の影響で、趣味嗜好も俺と変わらないし。
「俺はリアが見聞きしてきたものは全部知ってるから、勿論アトリの事も知ってるよ」
「そ、そうなんだ」
「まあ、とりあえず俺の情報としてはそんなところかな。これまでの話とかはリアから聞いてくれ」
「は、はい……」
リアと同じ身体で全く違う口調を使う俺の姿を見て、ようやく今話している人物がリアとは別人だと理解できたようだ。そのせいか、彼女の態度にはどこか怯えが垣間見える。
うん、もういいだろう。残された時間は俺なんかより、リアと過ごしてくれ。
面倒な説明を全てリアへ投げてしまう。
「っと、リアに戻す前に……」
最後に一言だけ言わせてもらおう。
「アトリ、リアと友達になってくれてありがとうな。なんというか、リアは境遇もあって、誰かと友達になることがあんまり上手くない子だった。だからあの子はアトリのおかげで今かなり満たされてると思う。俺たちはずっとここにはいられないが、出来ればずっとリアの友達でいてくれ」
俺という存在を明かしたことが、アトリがどれだけリアにとって大切な人かどうかを示しているだろう。俺はリアの保護者でもなんでもないが、やはりそれは嬉しかった。
「は、はい! もちろんです!」
「おう。じゃあ、リアに代わるな──もうっ! ミナトは余計な事言わないで!」
「あっ、今度はリア?」
再びリアに操縦権を返す。恥ずかしそうにしながらも、リアは笑っていた。
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