第123話 飛竜調査
村を出発して約半日が過ぎた。
リアは身体強化マシマシの移動で小高い山をいくつか越え、いよいよソフマ山脈と思われる山まで到達した。今はたまたま見つけた山池の畔にてひと休み中。
(思ったよりも早くここまで来られたな)
(うん。早く調査を済ませて帰らなきゃ)
計画ではソフマ山脈まで丸一日はかかると踏んでいた。だが蓋を開けてみると、日の変わらない内にここまで来られたという……。
時間を短縮できた要因は幾つかあるが、一番は村長に貰った地図だろう。地図には村からソフマ山脈へ向かう為の最短ルートが分かりやすく示されている。その通りに進むことで、ピロー村が都市近郊の村として賑わっていた頃に使われていた比較的足場の良い道を走ることが出来たのだ。
また魔物が襲ってこなかったというのも大きい。街から流れてくる魔力がほぼ存在しない為、生物は魔力を帯びていない動植物に限られる。コイツらは人が近づくとすぐに逃げてしまうので、移動ではずっと平和な時間が続いた。
さて、食事休憩の後俺たちは早速調査を始めるのだが、生憎俺たちには飛竜たちがソフマ山脈のどこに巣を作っているのか知らない。なので、予め村長と決めた範囲の中を隅々まで見て回りながら、リア独自に耳を使った調査も同時に行う。
まずは西方向。目指すは黄昏川へ流れ込む支流のひとつがある渓谷へ向かう。
(ミナトはまた音の方をお願い)
『王の樹海』に入った時同様、リアが身体を動かして俺が音を聞くという役割分担で俺たちは険しい山の中を進みだした。
山地に入ってから4日が経過した。
俺たちは相変わらず大自然の中を西へ進んでいるが、変化したこともあった。それは本当に少数だが徐々に魔物が現れるようになったことだ。
俺たちはもう『王の樹海』によって魔力の流れが堰き止められた範囲の外にいるのだろうか。
ただ飛竜のあの鋸を引いたような低い声は未だ聞えてこない。
(うーん……これがこう?)
(そこの池がここだから、こっちは逆なんじゃね?)
(んああ!! わかりづらい!)
俺たちは一度立ち止まって、村長から渡された地図に向き合っていた。
この地図は『王の樹海』が出来上がる約20年前にケイロン王国の公的な資料として使われていたもので、当時出回っていた地図の中では比較的信頼性の高いものだと村長は言う。その言葉の通り、村からこの山地に至る道中の記述は非常に細やかで分かりやすかった。
しかし、山脈に入ってからは露骨に記述内容が減り、段々と読み解くのは困難になってきた。
まあ20年以上前に作られた地図と考えれば、それも仕方ないのかもしれない。おそらく昔はこの辺りにも魔物が沢山いたのだろう。その中でこんな山地の地図を作る能力があったのは素直に凄いと思う。……が、やっぱりこの地図で山の中を探索するのは厳しいな。
(ああ、こうだ。こっち向きで合ってる)
(えっと、じゃあもうすぐ終わり?)
地図の記述が正しければ、そろそろ情報のある範囲での最西端が近かった。
(川のせせらぎが聞こえてくるな。渓谷はこの先だ)
(あーじゃあもうこっちに巣はないかな)
(そうっぽいな──あっ! ちょっと待て!)
微かにだが、リアの優れた聴覚が新しい音を捉える。金属を擦り合わせるような音だ。
エルフ耳の凄いところは純粋な聴覚の鋭さだけではなく、様々な音を一瞬で聞き分け記憶にある音と照合できるところにある。その耳が新しい音だと判断しているのだから、間違いなくこれは聞いた覚えのない音なのだ。
時間的な余裕はあまりないが、折角手掛かりが見つかったということもあり、俺たちはその音の元へ行ってみることに。
耳を澄まし、音が聞こえてくる方向へ進む。どうやら音の源はさきほど地図を見ていた場所からかなり北にあるようだ。勿論そこは地図の範囲外。方向感覚を失わないように移動しなくては。
(うわっ、まただ……)
斜面を上ったり下ったりしていると、ちょくちょく打ち捨てられている魔物の死体を見かける。その殆どがもうかなり腐敗の進んだもので、本来魔石があるはずの部分に抉り取られたような痕が存在した。そして、その痕は何ものかに食いちぎられたような──
(これ絶対、飛竜の仕業だろ)
今まで見てきた飛竜の牙の並びと死骸の傷跡がピッタリ一致していた。つまり、この辺りに飛竜のいた形跡があると言える。
そして、気になっていた音の元へたどり着いた時、色んな情報が頭の中で繋がった。
常緑樹の立ち並ぶ山の斜面が一部ぽっかりと削り取られるように空いていた。そこには動物や魔物の骨やら炭化した木などが絨毯のように積み重なっている。そして、その真ん中でビービー鳴いている5本の頭。これが飛竜の幼体なのだろう。餌を求めてひたすら鳴いていた。間違いない。ここが飛竜の巣だ。
(子供だけ? 親は?)
(音を聞いた感じ近くにはいないな。どうする?)
(そりゃあ始末するでしょ。これが大きくなったら、また村を襲うかもしれないんだから)
(そ、そうか……)
リアの返答に俺は少し気遅れしてしまう。どんな動物でも赤ん坊の頃の姿は可愛いと、昔テレビ番組でタレントが言っていた。その言葉の通り、俺には魔物である飛竜の幼体も可愛らしく見えたのだ。
これを殺すのか……。まあ、仕方ないよな。
(ミナト?)
(すまん。やってくれ)
(うん。じゃあやるよ)
少しスッキリしない気持ちを抱えながら、俺はリアに処理を促す。それを受けてリアは間髪入れず、魔法で5体の飛竜を始末した。
飛竜と言えども、幼体だとなんの手ごたえもなかった。
(これ見て)
頭の中に靄がかかり始めた俺を他所に、リアは冷静に殺した飛竜を検分している。その過程で死体から取り出した紅い魔石を見てみると、そこには殆ど魔力が残っていなかった。
(魔力の補給が出来ていない? ということは……)
(うん。親が
恐らく俺たちが駆除した飛竜の中にコイツらの親がいたのだろう。そして、魔力欠乏寸前の幼体がそのまま放置されていたということは、この巣にはもう成体の飛竜が存在しないということになる。
(じゃあ、これで飛竜退治は終わりか)
(そうだね。でも一応地図の範囲は見回りしておこう)
そんなわけで、飛竜の調査は一応結果を出して終われそうだ。
(うぅ……アトリ大丈夫かなぁ……早く会いたいなあ)
まだ村を発って5日ちょっとしか経っていないというのに、リアの頭はアトリの事で一杯だった。
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