第119話 ふたりの秘密

 翌朝、リアとアトリは同じ布団で目を覚ました。勿論、エッチな意味ではない。


 ふたりは起き出すと、朝食を摂るために家を出た。今まではアトリが食事を持ってきてくれていたのだが、今日からは食事を作ってくれているという婆さんの元へ向かう。その道中で、村長と出くわした。


「おはようございます冒険者様。昨晩はアトリが押しかけてしまってご迷惑を──」


 そこまで口にして、村長は固まる。その視線は隣のアトリへ向いていた。


「お、おお……! お前は、アトリか……?」

「え? そうだよ。おじいちゃん」

「そうか……。冒険者様、あなたがアトリを?」

「あ、はい。私が魔法でちょっと」

「そうですか。ありがとうございます。私共にはあまり身綺麗にする習慣がありませんで……」


 それは少し汚かったアトリに対して言い訳をしているようにも聞こえた。


 ただ、村長も含めたこの村の人間は皆、お世辞にも身綺麗とは言えない。だから習慣が無いと言われても素直に受け入れられる。


「しかし、アトリ……お前、その髪の色になると、母親そっくりだぞ。気づかない内に大きくなっていたんだなぁ」

「わっ!」


 村長は子供と言うにはやや大きいアトリを軽々と抱え上げた。意外に力があるもんだ。


「そうなの? やっぱりお母さんもこんな髪の毛の色だったの?」

「ああ、そうだった。あの子はいつも髪を綺麗にしていたんだよ。それなのに、アトリ……今までごめんなぁ。これからはちゃんとお湯を沸かしたりしてやるから……」

「うん! でも、しばらくはミナトが一緒にお風呂入ってくれるって!」

「そうか……」


 村長は目を細めて自分の孫娘を愛おしそうに見つめた。そして、そっと彼女を下ろしてやると、リアへ深々と頭を下げた。


「冒険者様。色々と押し付けてしまっている状況ですが、アトリをよろしくお願いします」

「いえ、私も好きでアトリと一緒にいるので……」


 お互いに頭を下げ合って、リアたちは村長と別れた。


 それからふたりはとある民家へ入る。飛竜に潰されなかった古いお家だ。


「おはよう。キャスおばあちゃん、ごはんを食べに来たよ」

「ああよく来たね。おや、今日はえらい綺麗にしてるじゃないか」

「うん! ミナトが綺麗にしてくれたんだよ」


 中には大鍋をかき混ぜている婆さんがいた。この人が今までリアの食事を作ってくれていたのか。


「あの、ミナトです。いつも食事をありがとうございます」

「いえいえ、冒険者様。これくらいしかアタシらに出来ることはありませんから」


 優しそうな婆さんだった。そして出てくる飯も美味いときてる。


 村の特性上塩が不足しがちなので全体的に味は薄いけど、それを補うように様々な素材を使ったいくら食べても飽きないような味付けがされている。


 今日の朝食は雑穀を牛乳で炊いたミルク粥。この村に来てから、搾りたての牛乳を使った料理を沢山食べることが出来て嬉しい。


 街の方だと鮮度の問題であまり美味しくない。こっちにはマジックバッグもあるし、いくらか余った分を買っていってもいいな。







 リアが村へ来て3週間が経過した。


 飛竜の襲来は大体最長3日起きに発生している。そして今の所、全て村へ入るまでに発見し対処ができている。


(巣があるとしても、流石にもうそろそろ打ち止めじゃない?)


 もう既にひと家庭分くらいは駆除している。リアがそう思うも当然だった。飛竜の間に家族という概念があるのか知らないが、あんな大きい魔物が賤飛竜ほどウジャウジャ数がいるとも思えないから。


「ミナト、あそぼー」


 そして、飛竜が出るを待つ間は基本的に自由時間だ。


 飛竜の監視については村の爺さん兵士がやってくれるから、リアは安心してアトリと遊ぶことが出来る。


 まあ、この寒村に娯楽らしい娯楽は無いので、遊ぶといっても仕事をする村人たちを手伝いに行くだけだ。


 今日は前にも一度訪れた牧場へやってきた。ここでは数は少ないが、牛や山羊、豚といった家畜が飼われていた。


「ジンマおじいちゃん、『魔抜き』わたしたちにやらせて!」

「おお、たすかるよ」


 アトリは牛舎へ入ると、牧場の爺さんへ手伝いを願い出る。


 最初、アトリの言う『魔抜き』というものが何か分からなかった。一応、獣人の隠れ里で家畜の世話をしている所を見たけれど、そんな工程は無かったからだ。


 アトリは牛舎の中にあったデカい箱から何かを取り出した。


「えっ! アトリ、それって……」


 アトリが取り出したものは、ナメクジみたいにうにゅうにゅ動く生き物。そう、『吸魔』である。コイツは人間に取り付き、血の代わりに魔力を吸いあげるれっきとした魔物だ。


「なんでそんなのを飼ってるの? もしかして、食べるの?」

「食べないってばー。これはこうするんだよ」


 一度吸魔の姿をこちらへ見せた後、アトリはそれを握って草をモシャモシャ食べている牛の頭へと押し付ける。


 すると吸魔はペタリと牛の角辺りに張り付いた。


「なにこれ? 魔力を吸ってるの?」

「そうだよ。家畜も定期的に溜まった魔力を吸ってあげないと言う事聞かないようになっちゃうんだって」

「ああそっか、魔獣になっちゃうんだ」


 牛は角にくっついた吸魔を特に気にする様子もなく、淡々と餌を頬張っていた。


 家畜たち普通の動物は人間でも、魔獣でもない。魔力が無くなろうが体調に異変をきたすこともなく、魔力不足による不安感を覚えることもないようだ。ならば人間は動物ではないのかという話になるが、その辺りは正直分からない。人間だけが生み出せる魔力の秘密を紐解く必要がありそうだ。


 まあ果ての分からない考察はさておき、飼っている動物から魔力を吸いだすなんて作業を見たのは初めてのことだ。思えば、獣人の隠れ里では結界が里全体の魔力を吸いあげてくれていたので、こんなことをする必要がなかった。


「はい、終わり。ご飯の邪魔してごめんね?」


 アトリは吸魔を手に取ると、優しく牛の身体を撫でる。


「次はミナトがやってみる?」

「えっ、あ、うん」


 アトリに吸魔を手渡され、リアは別の牛の方へ向かった。


(うわぁ……キモイキモイ)

(今回に限ってはミナトに同意。コイツ、ビックリするぐらい魔力吸って来るじゃん)


 数歩の移動の間だけで、グングン魔力が吸われていく感覚を味わう。


 ノインのように快楽を伴ったドレインを行う『淫魔』とは違い、コイツはただ魔力を吸うだけで不快感がかなり大きかった。


「ミナト、牛は角に魔力が溜まるんだよ。そこにくっつけてみて」

「わ、わかった」


 リアは魔力を吸い取られる不快感から早く逃れたくて、牛の角へ擦りつけるように吸魔を押し付ける。


「あ、あれ?」


 だが吸魔は静電気で手に張り付いた発泡スチロールのカスのように、なかなか肌から離れない。


「ちょっと待ってね」


 それを見かねたアトリはリアの手から吸魔を引きはがしてくれた。


「ありがとうアトリ。なんで離れなかったんだろう……」

「うーん。多分だけど、ミナトの夕焼け色の魔力が濃すぎるせいだと思う」

「ああ、なるほど」

「次からは布越しでやってみて」


 吸魔は肌越しでないと魔力を吸い取れないらしい。なら最初からそうすればよかったな。無駄な魔力を取られてしまった。


(ミナト、これさ、ノインならこんな魔物を使わなくても魔力だけ吸い取れるのにね)

(え、ああ、確かにそうだな)

(しかも、ノインの魔力補給もできてウィンウィンじゃんさ)


 牛の角にへばりつく吸魔がうにゅうにゅと気色悪く動く姿を見ながら、リアはふとそんな事を思いついた。


 動物から溜まった魔力を貰えば、ノインは誰から奪う事もなく、ひもじさとは無縁の生活を送ることが出来るのかもしれない。


 実際、この隔絶された村ですら家畜は沢山いる。馬や豚、あとダチョウに似た鳥の動物など。そして外へ出てみれば、人間は馬や犬などもっと沢山の動物と暮らしている。そう考えると、ノインは必ずしも誰かに寄生して生きる必要は無いようにも思える。


 リアは早くノインを迎えに行って、そんな選択肢がある事を教えてあげたくなった。


「ミナト、どうしたの? ボーっとして」

「ああ、うん。友達とはまた違うけど、ちょっと前に大好きな人に会ってね。その人の事考えてたの」

「えっ!」


 まるで衝撃のニュースを見たかのように、アトリは目を丸々見開いていた。それほど彼女にとって、この話題は縁遠いものだったのだろう。


「へっ!? 本当なの? ミナト、好きな人いるの!? どんな人? 教えてー!」

「内緒」


 まさかアトリはその相手が黒髪の美少女淫魔だとは思うまい。


 リアが彼女にその事を告げる日は来るのだろうか。ただ、リアは親密な相手ほど、自分の深い所までを相手に知っておいて欲しいと思う人間だ。


 今のアトリとの仲の良さを考えると、ここを去るまでには自分がエルフであることくらいはカミングアウトするのではないだろうか。それは確かにリスクではある。だが、パレタナで若干2名に正体を知られて何もなかった事を考えると、この寒村の少女1人に知られる程度はそこまで問題にはならないとも思えた。


「あのね、アトリ。多分気がついてると思うけど、私には人に言えない秘密が一杯あるの」

「秘密? 好きな人のこと?」

「それもあるけど。他にも色々。冒険者ギルドにだって内緒にしてることがあったり。例えば、本当の名前とか……」

「え、ミナトの名前はミナトじゃないの?」

「うん。実は私、ヴィアーリア……リアっていうの」

「リア」

「アトリにはそう呼んで欲しい」


 でも、今日はここまで。


「リア……リア……うん、リア!」

「しーっ! その名前で呼ぶのは、2人の時だけだからね」

「わかったよ。リア……リア」


 後ろで作業するお爺さんに聞こえないように、アトリは何度もリアの名前を呼んだ。

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