第118話 初めての友達

 俺はリアの短い半生を思い返す。


 確かにこれまでのリアの人生、およそ友達と呼べる人間はいなかった。

 

 エルフの里にはリアと同世代の若者が姉(20歳差)しかいなかったし、獣人の隠れ里では純人嫌いと男嫌いが最盛期を迎えていたせいで、子供たちの輪に入ることは終ぞなかった。


 クラナさんとノインは思慕の対象であるし、オリカとは残念ながら友達にはなれなかった。ラプニツやフォニたちも友達とは呼べない。となると……。


(これヤバい?)

(いや、でも旅人やってるわけだから……)

(ミナトは前の世界で友達いっぱいいたでしょ? アトリが言ってることはどうなの?)

(えっ!? ど、どうだろう……友達か)


 友達になる意味とか、日本で平凡に生きていた頃はあまり考えたことがなかった。同じ環境で過ごして、名前を憶えて、たまに話すような関係となって、いつの間にか友達と呼べるものになっている。盛大なイベント経て別れる友達もいれば、何の脈略もなくフェードアウトしていく友達もいる。浅い俺の経験だと、そんなものだろう。


(俺の場合、友達に何の意味がある、とか難しい事考えないで、『友達はテキトーに作ってテキトーに別れるもの』くらいの認識だったかな)

(そんなんでいいの……?)

(おう。まあ、もちろん、どうしても別れが辛くなることに耐えられないとか、相手が信用できないとか思うなら無理して友達にならなくてもいいと思うが)

(うん、わかった。ありがとう)


 リアの中でどうするか決まったようだ。彼女は腕の中にいるアトリへ語りかける。


「アトリ、私はあなたと友達になってもいいと思ってる」

「ほ、本当!?」

「ただしアトリには私に何があったとしても、私がここから出ていった後も、ずっと友達でいて欲しいの。途中でやめるのはナシだって約束して欲しい」

「わかった! 絶っ対に約束する。わたしはミナトに、わたしの友達でいてくれること以外は絶対に望まないし、離れてもずっと友達でいる!」


 アトリの返答は早かった。そして、もう離さないと言わんばかりに彼女の手はリアの服の肘部分を掴んでいた。


「うん。じゃあ、私たち友達ね」

「うん……うん……ミナト、好き」


 感情が昂ったのかアトリはリアの胸に頭を擦りつけながら、涙声を出していた。そして、そんな様子を見ていたリアもつられて目頭に熱いものを感じていた。


「とりあえず、アトリさ」

「うん」


 そしてリアは友達として、最初のお願いをする。


「お風呂に入らない?」

「え?」







(いやー、私も流石にくっついたりすると気になってね)


 「ミナトは気にしすぎ」みたいな事を言っていたせいか、リアは妙に言い訳染みた言葉を吐いた。


 今までずっとアトリを腕の中に抱きかかえていたわけだが、距離が近い分より強く彼女の体臭が鼻を刺激していた。それは元不潔少女のリアですら我慢できなかったほどに。


「ひゃーっ」


 裸にひん剥かれたアトリはお湯玉の中に放り込まれている。初めて経験する湯圧身体洗浄機に彼女も凄く楽しそうだ。


(ミナト、アトリは友達なんだから裸に欲情したらダメだよ)

(アホ。こんなあどけない少女に興奮するかい)


 アトリは俺の感覚で言うと大体、中学2年生くらいの少女。手足の伸び盛りとはいえ、俺から見て顔つきは完全に子供だ。二次元ならともかく、実際の中2少女相手に欲情なんてことはありえない。


 あ、でもここエロゲの世界なんだっけ……? まあちょっと置いておこう。


「アトリ。次は髪の毛洗うよ。おいで」

「はーいっ」


 嬉しそうにアトリは頭を差し出してきた。沼地のイネ科植物みたいにゴワゴワした泥色の頭だ。さて、お湯玉いくつ分で汚れが取れるのか。


「まず軽く汚れをお湯玉で落としてっと──うわっ!」


 一気に泥の塊と化すお湯玉。リアはあまりの汚さに引いているが、最初洗った時自分も大差なかった事を彼女は記憶から消したらしい。


「ふぅ……ようやく泥じゃなくなった。よし、じゃあ次にシャンプーするよー」

「シャンプー? なにそれ」

「これだよ」


 リアがバッグから取り出したのは箱に入った粉末状のシャンプーだ。これは木の実を乾燥して作られた完全ボタニカルな洗髪剤として、大陸で広く流通しているもの。この大陸の人は基本的に頭皮脂がキッツい場合にのみこれを使用するのだ。まあ、今回は使い時だな。


「髪洗うから目閉じて」


 粉を泡立てて優しくアトリの頭を揉みこむ。


「ひゃう!」

「ちょっと暴れないで」

「でもくすぐったいの。頭を触られることなんてあんまりないから」

「そう。でもちょっとだけだから我慢して」

「わかっ……ひゃっ!」

「ちょっと」

「だって、首の後ろ触られるとビクッってなっちゃうんだもん」

「慣れて」


 …………。


 いや、エロくはないけどさ……。なんかこう、「いいね!」って感じ。


 出来ればリアの目を介してではなく、視聴者視点でリアとアトリの洗髪プレイを見ていたい。あっ、プレイじゃなかった。


「はい、終わり。流すよ」

「うん。ありがとう。気持ちよかったー」


 お湯玉のヘアキャップでアトリの髪を濯ぎ、魔法で乾かしながら櫛を入れてみる。すると、今まで泥やら何やらで隠れていた彼女の本当の髪色が姿を現す。


「……いやそうはならんでしょ」

「ええっ!? どういうこと!?」


 言い方は悪いが、小汚いガキだったアトリはそこにはいなかった。


 泥色の髪は薄いピンクのような色に変わり、ゴワゴワしていた髪質も梳かしてやると生糸みたいに輝きを放つまでになっていた。


 ピンクか! 髪色も相まって、エロゲのキャラみたいだ。


 そもそも顔が整っているので、雰囲気は少しクオリアのアザリ様に似ている。ちょっと洗っただけでこれなら、街の髪結い所へ放り込めば貴族令嬢顔負けの美少女になりそうだと思った。


「これが私の髪……?」

「そうだよ。見た事なかったの?」

「うん。でも、お母さんの髪がこんなだった気がするの」

「お母さん」

「そう。小さい頃に死んじゃったの。だからあんまりは覚えてないんだ」


 この数日村で過ごして、アトリの両親がいないことは察していた。それでも彼女の口からその事を聞かされると、物悲しい気持ちにさせられる。ただ、アトリ自身は淡々とした表情で事実だけを語っていた。


(…………いやいや!)


 ふとリアはその事実を自分の母親と重ねそうになって、頭をぶんぶん振った。


 そして、邪念を振り切るように、アトリの前に光魔法で姿見を作った。


「わっ! これ鏡? 凄く綺麗……」

「どうかな? これが今のアトリだよ」


 アトリはじっくりと鏡に映る自分の姿を観察する。村にも鏡はあるだろうが、ここまで綺麗に姿を映せるものはそうない。もしかしたら、彼女はここまで鮮明な自分の姿を見るのは初めてなのかもしれない。


「ミナトはどう思う?」

「え? 凄く可愛いと思うけど」

「そう、なんだ。わたし可愛いのかな? えへへ、ミナトがそう言ってくれると、凄く嬉しいな……」

「…………アトリっ」


 アトリがそう言うと、リアから滾るものを感じた。決して情欲に塗れたものではない何かだ。


 俺とリアが別人だからこそ察しが付く。今リアは彼女に対して、確かな愛おしさを感じていた。

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