第117話 深入り

 飛竜が集団で村を狙っているというリアの予想はどうやら当たっているらしい。


 というのも、リアがこの村に来て4日が経った夕暮れ時、また飛竜が1体現れたのだ。


 これまでは村に侵入してきた個体を駆除してきたが、今回は村人が物見台から遠くに見えるその姿を発見した。早速ソイツの駆除を済ませる。


(やってきた方向的にコイツ、ソフマ山脈から来てるな)

(うーん、じゃああそこに巣があって、そこを潰せば終わりってことかな)

(いやでも遠すぎるぜ。入れ違いに巣を襲われたらまずい)


 いかにも空の覇者的な見た目をしているうえに、ずる賢いのが飛竜だ。巣を潰しに行く間隙を突かれた、なんてことがあると恐ろしい。


(しばらくは村の安全を重視して、やってくるやつを駆除するだけに留めておこう)


 やはり長期戦はやむを得ないという結論に至る。もどかしさを感じながら、俺たちは飛竜の死体を村へと持ち帰った。


 今更だが、飛竜の死体は全てこちらのものとなる。村人を食ったかもしれないと考えると正直マジックバッグに入れておくのは気が引けるのだが、村長が是非持っておいて欲しいと言うのだ。恐らく街で金になるから、という気遣いだろう。気軽にマジックバッグを使えない身としてはまた死蔵品が増えただけだが。


 とにかく、村の人たちはこちらに対して最大限の気遣いをしてくれる。


 何もしなくても飯は出てくるし、寝床は知らない間に掃除がされている。そして、お世話係も……。


「ミナト! 今日は牧場に案内するね!」


 いや、世話係なのか? これは。


 アトリはまるで都会から遊びにきた親戚の子を遊びに誘うようにリアを連れ出す。


 まあ、別に王侯貴族のように接して欲しいわけではないので、態度自体に文句は無い。普段、飛竜退治以外にやることはないしな。


 ただリア的には少し、この少女のことが苦手だった。彼女の人間性がどうとか、そういう事が原因ではない。過去のちょっとしたトラウマが刺激されるのだ。


(この子、ちょっと雰囲気が似てるんだよね。オリカに)


 アトリに村の牧場を案内される途中、リアは唐突に本音を漏らした。


 オリカ。ネイブルで出会った魔法医師志望の女の子。


 言われてみれば、分からないこともない。リアがパートナーを断る前のオリカはこんな風に純真無垢な印象の女の子のように思えた。


 未来と希望があって、そのための何かを他人に対して期待している感じ。一見真っ白に見えるけど、実際は色んな思考や策略が混ざり合った灰色だ。それは邪悪なものとまでは言わないが、どうしても汚れたものに見えてしまう。


「みてみて、このうにゅうにゅを使って、おっぱいを出すんだよ」

「ふーん」


 きっとこの子と仲良くなったら、そんなくすんだ面が見えてきてしまうかもしれない。それがリアには怖かった。


 だからリアはその事を自覚した牧場までの散歩をきっかけに、アトリと意味もなく出歩く事をやめる決心をした。


「ごめんね。これからはあなたと遊んだりするの、やめておくよ」

「えっ……」


 そして、その事を告げると、アトリは少し……どころでないくらい寂しそうな顔を見せた。


「どうして……」

「だってほら、飛竜がいつ現れてもいいように部屋で待機しなきゃだから」


 思わず、そんな言い訳をしてしまう。


「そっか……」


 俺はアトリを自分から遠ざけるリアに対して、一切の干渉をしなかった。なぜならこれは彼女の問題であり、彼女の選んだ答えだからだ。


 踏み込まないようにする。出来るだけ入れ込まないように。アトリは恐らく、この村を去った後、もう二度と会うことはない人間なのだから。


 それがリアなりの自己防衛なのだろう。






 村へ来てから1週間ほどが経った夜。眠っていた俺たちを突然目覚まし魔法が起こした。


 また飛竜か、と思ったが周りがやけに静かだった。何故だろう、どうして扉を叩く音がしない?


 そんな疑問が浮かぶと同時に、扉の辺りに小さな気配を感じ取る。それはまっすぐこちらへ向かってきた。


 夜這いか? こんな爺さんだらけの村で?


 俺は思考を巡らせるが、それよりも先にリアは動く。ふと、いつかの農村で小さな男の子が布団に忍び込んでいた時の光景がリアから伝わってきた。


「いやっ!」


 リアは侵入者の首根っこを掴み、そのまま布団に抑え付ける。


「誰!? 一体何のつも──り?」


 自供を迫るのと同時に魔法で部屋に明かりを灯す。


「いたい! いたい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 そこにいたのはアトリだった。


 ハッとしてリアは彼女の首から手を離す。


「アトリ?」

「ごめんなさい、もうしません、ごめんなさい……」


 彼女は懺悔の言葉を繰り返しながら涙を流していた。


(やばい、やってしまった……)


 女の子を泣かせてしまった罪悪感からリアはそう思ったようだが、対応として間違っていたとは思えない。リアは冒険者であり、女であり、エルフだからだ。警戒はしても、しすぎるということない。


 それより、どうしてアトリは寝床に忍び込むような真似を……。


 そこまで考えて、ふと寝床に転がるモノが目に入る。これは枕? リアのものではない……ということは。


「もしかして、一緒に寝る為に?」

「ひっ……ひっ……そう……ひっ……ごめん、なさい……」


 アトリはまともに返答出来ないほど肩を震わせしゃくりあげていた。とりあえずこのままでは話も出来ないので、リアはアトリを落ち着かせるため、抱き上げ背中を摩る。


「ごめんね。突然入ってくるから驚いちゃって」

「わたし、が……ひっ……ひっ……」


 アトリの呼吸が落ち着くまで、リアはそのまましばらく彼女を抱いていた。


 リアの腕の中で震えている彼女の背中は歳以上に幼く感じる。こうやって小刻みに摩ってやらないと、そこから伝わる鼓動が止まってしまいそうで怖かった。


 あれから何十分経っただろうか。アトリはようやく落ち着いたようで、今では狭い室内にスンスンと鼻を鳴らす音だけが響いていた。


「もう話せる?」

「うん。ごめんなさい……」

「もう謝らなくていいから」

「ごめんなさい」


 リアの股の間に収まったアトリは思い出しように小さく身体を震わせる。ただ、涙はもう枯れてしまったのか、また泣き出したりはしなかった。


「もう一度聞くけど、アトリは私と一緒に寝たいからこんな夜にここまで来たの?」

「うん。だってミナト、お昼はお役目があるって言ったから」

「ああ……」


 そういう風に受け取ったのか、とリアは虚を突かれて言葉に詰まる。


「いや、でもね、その……こういうのはあまりして欲しくないの」


 これ以上の交友関係を望んでいない、だなんて気軽には言えない。


「……うう」

「いや、えっと、ちゃんと理由を説明するから」


 絡まったコードを解くように、交わり合った線を優しく元にもどしてやらないといけない。リアは何も彼女を傷つけたいわけでも、彼女に嫌われたいわけでもない。彼女とは出来るだけ穏やかな形で交わりを絶ちたいのだ。


「まず冒険者の、それも女の寝床に入るのは本当に危険なの。皆、寝込みを襲われても対処できるように色々仕込みを入れてたりするらしいから」

「ごめんなさい。わたし知らなくて……その、女の人の冒険者に会ったことがないから」

「うん。じゃあこれから気を付けてね」

「わかった」


 アトリは素直にリアの言葉に頷く。だが、本当に言いづらいのは次だ。


「あともうひとつ。その……私はあなたと……えっと、その、仲良くなるつもりがないの」

「あ……」


 アトリは口を半開きにしたまま固まってしまった。そして、枯れたと思っていた涙がまたジワリと溢れ出す。


「そっか……。やっぱりわたし、嫌われてたんだ」

「ち、違うよ! そういうのじゃなくてぇ!」

「じゃあどうして? 仲良くなるつもりがないだなんて……」

「あのね、それはね、私じゃあアトリの期待に応えられないって思って」

「期待?」

「そう、アトリは私と仲良くなる、その後に何かを望んでいるはず。例えば……この村への永住とか。でもね、そういう期待をされても私には応えられないんだよ」


 リアの言葉にアトリは頭を捻った。


「そんなこと頼んだ覚えはないよ……? わたしはただミナトと友達になりたいだけなのに」

「私は飛竜がいなくなったら出ていくんだよ。それでも友達になりたいと思う?」

「思う!」


 アトリの言葉には何の迷いも感じられない。それが彼女の純粋さ故なのか、それとも何も考えていないだけなのか。


「でも出て行ったらもう一生会えないかもしれないんだよ? そんな人間と友達になって何の意味があるのさ」

「友達になる意味って、必要なの? それに会えなかったら、友達じゃなくなるの? 一緒に遊んだこともなくなっちゃうの?」

「え、それは……」

「……わたしは友達、いたことないからわからないの」


 逆に質問を返されてしまったリアは返す言葉を失った。


(ねぇ、ミナト。私とんでもないことに気づいてしまったんだけど)

(え、どうした?)

(実は私も、今まで友達できたことなかった……)

(あっ……)


 俺も返す言葉を失った。

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