第116話 延長入ります

「物資の方はありがたく頂戴いたします。冒険者様、本日はもうお休みになってはいかがでしょうか?」


 荷車ごと引き渡した後、リアはそんな提案を受けた。


 こっちとしては早く街へ戻って次の国へ移動を! という思いもあったが、流石に疲労も限界なので結局この村で一泊することに。


 リアは村の端の方にあった冒険者用にと用意されていた家屋へと案内される。自分の家を失った人も沢山いる中でこの待遇は気が引けるが、明日の早い出発に備えて今日はお言葉に甘えさせてもらおう。


 復興作業で村が騒がしい中、自分で用意した食事を手早く済ませ、リアはまだ日の沈みきらぬ時間ではあるが早速床に就いた。


 それから、どれほどの時間が経った頃だろうか。すっかり寝入っていたリアは突然、バチバチとした痛みで起こされた。


「あえ……」


 刺激によってリアだけでなく、俺も意識を引き起こされる。


 これは外の異変を受け取って静電気を起こすという、リアが作った目覚まし魔法だった。これが発動した、ということは。


 目を覚まして数秒後にようやく気づく。ドンドンドン、とドアが何度も外から叩かれていた。


「な、なに?」


 リアは慌てて扉を開ける。そこには血相を変えた村長が立っていた。


「冒険者様、朝早くから申し訳ありません! 緊急事態です!」


 外は既に薄っすらと明るんでいる。こんな朝っぱらから何があったのやら。


「また飛竜が現れました! お助けください!」

「へっ……?」


 今だはっきりしない頭で、思いもよらない報せを受けたリアはしばらく村長の顔の皴を見つめたまま固まっていた。







「このやろっ!」


 ズダァン


 轟音が早朝の村に響く。


 起き掛けにバタバタさせられた怒りを、リアは飛竜へとぶつけた。


「ふぅ……」


 的のデカい飛竜に雷魔法は相性が良い。1度目で加減を掴んだので2度目は一撃だった。


「おおっ、なんという雷……あの飛竜が一撃で!」


 飛竜のせいか、それとも習慣なのかどうかはわからないが、朝早くから村人たちは起き出していた。そのおかげで、こうやって村人たちの前で飛竜を倒す所を見せることになった。


「ミナト! すっごーい!」


 アトリは朝っぱらから元気一杯だ。そしてやっぱり臭う。俺としてはあまり抱き着かれたくなかった。


「それより飛竜は複数いたの? 聞いてないんですけど」

「いえ、私共も存じておりませんでした……てっきり、はぐれ飛竜に目を付けられたものとばかり」

「ふぅむ……飛竜はずる賢いから、集団でここを狙ってたりするのかも?」

「そんなっ、なら今後もここは襲われ続けるのですか!」

「いや、わかんないけど……」


 あくまで下位互換である賤飛竜の知識だが、ヤツらは敢えて魔法位の低い人間を狙うような狡猾さがある。ならば、わざわざ魔力の薄いこの場所へ集団でやってくることもありえる……かも。


「大丈夫! また魔物が現れてもミナトがさっきみたいに倒してくれるよ!」

「え、いや」


 俺たち今日帰ろうと思っていたのだが……。


 そんな勝手を言うアトリを村長は今回ばかりは叱らなかった。何故かって、それは彼も同じことを願っていたからだ。


 村長は突然、リアの前に這いつくばった。両膝を床に付け、両の手の平を合わせる祈りのポーズ。


「冒険者様。伏してお願い申し上げます。どうか、しばらくこの村を飛竜から守っていただけませんでしょうか」

「え……」

「このままでは、このピロー村は滅んでしまいます。ヤツらが居なくなるまで、どうか……」

「いやそんなお願いされても……」

「お願いします。私共老骨はいつ死ぬ覚悟も出来ているのです。ですが、この子は……この子の未来だけは!」


 アトリを引き合いに出され、リアは思わずたじろいだ。そして、この状況の拙さに気がつく。


(ミナト! これどーすんの! こんなの断われるわけないじゃん!)

(うぅむ……)


 こんな直球のお願いをされて、即座に断われるほど俺たちの心は強くない。


 そして、もしこの村を見捨てられたとして、その後、俺たちはピロー村のことを忘れ去って過ごす事なんて出来ようか。思い出す度に胸を痛めるのか? そんなのは嫌だ。そう考えると、どうしても無理だとは言えず。


「わ、わかったよ……飛竜が出なくなるまではここにいるから、頭を上げてください」

「おお、助か──」「本当!? やったー!」


 頼み込んだ村長を押しのけて、アトリは喜びを身体全体で示す。まるで遊びにきた友達が急遽お泊りになったかのような……この子だけ何だか趣旨が違うような気がする。


(お母さん、お父さん、お姉ちゃん。弱い人間でごめん。もうちょっとだけ待ってて……)


 リアは非情になり切れない自分にウンザリしていた。でも、俺もそうだから慰めの言葉も出ない。


 俺たち、これから先も損しそうだな……。


 ピロー村へしばらくの逗留が決まったリアは夜に村人たちからの歓待を受けた。


「えへへ」


 隣にはアトリが陣取っている。傍から見れば、2人の少女を50名ほどの老人たちが囲う状況だった。


 村人たちとは一度挨拶はしたものの、それ以降彼らはリアに関与せずそれぞれ宴を楽しんでいる。リアが怖いとか気に入らないというよりは、同じく若いアトリに全部任せようとしているのだろう。そして、そのアトリはリアの接待にかなり前のめりだった。


「ねぇ、ミナトこのお肉の味付け美味しいんだよ。ほら食べて」

「う、うん……あっ、本当だ美味しい」


 味噌のようなペースト状が塗りこまれた歯ごたえのある肉に齧り付く。


 味は酸味を始めとした味が複雑に絡み合ったような印象だけど、塩辛いといった感じはない。少しマヨネーズに似ているような? 塩が貴重な村だからこその味付けなのかな。


(美味いな。美味い。美味いんだけど、臭いがね。隣の子の……)

(ミナト、ちょっと気にしすぎじゃない? あんまり女の子に臭い臭い言っちゃだめだよ)


 直接言ってないからセーフ、と思いたい。


 こう側にくっつかれていると、どうしても気になってしまうのだ。正直、食事中だと結構辛いものがある。


(風呂とか入ってないのかな)

(こんな質素なところじゃ、お湯を用意するのもなかなか大変なんじゃない? それにもう寒い時期だし、水浴びも辛いでしょ)

(だよなぁ……)


 リアも元々お風呂や水浴びに無頓着な方で、俺がうるさく言うのもよく鬱陶しがっていた。ただそれでも自分が使う肉体でもあるという事で、俺は根気よくリアの意識改革に取り組んでいた。その結果が今の身綺麗なリアだ。


 ただ、会ったばかりの少女にリアと同じ改善を期待するのは難しい。村の経済状況だってあるしな。


「ミナト、ミナト。はい、飲み物どうぞ」


 アトリは甲斐甲斐しくリアの世話を焼いてくる。


 よく見れば、顔立ち自体はリアと同じく幼さを多分に残した可愛い系といった感じだ。村唯一の若者ということで、いつも周りから可愛がられているのだろう。身体の肉付きも悪くない。なので俺の美少女センサーはビンビンに反応していた。


 ただ、髪はボサボサでいつも顔に何かしらの汚れが付着している。そして、それがどうしようもなく見る者に小汚い印象を与えてしまっているのだ。


 ……なんか勿体ないな。


 これでいつも身綺麗にしていれば、たまに来るという冒険者の男でも簡単に捕まえられるだろう。そうすれば彼女の興味の先にある憧れの外の世界へだってすぐに行けるだろうに。


「ミナト、どうしたの? わたしの顔に何かついてる?」

「まあ、ちょっとね。ついてるというか、塗られてるというか」

「え、どこどこ?」


 アトリはガシガシと乱暴に手のひらで顔を擦る。すると、ボロボロと乾いた土が肌からこぼれ出した。


「ああもう……ちょっとアトリ」

「えっ、うわ!」


 流石にリアも見てられなくなった。


「じっとして」

「わわ、なにをするの? ……あっ、あったかい」


 手のひらに拳大のお湯玉を作ってアトリの頬にあてる。瞬間、茶色く汚れるお湯玉。


「うわぁ……」


 アトリは自分の肌から排出されたものにドン引いていた。


「ほら、もういっかい」


 それからリアは何度もお湯玉を汚しては作り変えるを繰り返し、アトリの顔を洗う。


 流石に出会った頃のリアには敵わないが、彼女も相当に汚かった。


 だが、汚れを溶かした後に姿を現した彼女の白い肌は驚くほどプルプルで、若さにものを言わせたかのようにハリがある。


 リアにも言えることだが、あれだけ手入れをなおざりにしていたのに極上の素体が損なわれていないのは何故なんだろうか。

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