第110話 渡河

 翌日の朝、俺たちは早速この街を出発した。


 次の目的地はケイロン王国の王都ビフィキスだ。


 このスイから南東に存在するビフィキスへ行くためのルートは、ソフマ山脈方面から流れる大河をどう越えるかで2通り存在する。


 1つ目は南へ延びる街道を大きく移動した所にある橋を渡り、また少し北に戻って王都へと向かうルート。2つ目は東方面へ進み大河を船で渡るルート。


 時間的には大回りしない分渡河ルートが優れているのだが、馬車から船そしてまた馬車へと乗り継ぐ手間が発生する事と、あと単純に航路を使う事に対する不安もあり、多少時間が増えたとしても大森林を抜けるルートを選択する者が多いという。


 そんな択が発生する中、俺たちが選んだのは2つ目の渡河ルートであった。


 理由はやはり時間だ。南ルートと比べて2週間も早いとなるとこれを選ぶしかない。


 確かに河を渡るのに船を使うという日本人であれば中々経験することが出来ないイベントをこなすことにはなるが、何事も経験だろう。


 ということで、俺たちはまず大陸を南東に流れる大河までの陸路を行く。


 スイから馬車で6日をかけて、俺たちは河川港へと到着した。


「すっごー!」


 初めて見た向かい岸の見えない河川に俺もリアも興奮が止まらない。


(なにこれ海じゃん!)

(ああ、マジで凄いな!)


 俺が元いた世界でも、大陸へ行けばこの規模の河はあったのだろうが、生憎インドアエロゲーマーに海外旅行をするようなアクティブさはなかった。なので、目の前に広がる光景には圧倒される。


「こらこら、あまり河岸に近づくと危ないよ。魔物も出るんだ」

「あっ、はい」


 はしゃぎ過ぎて注意されてしまった。出航まで大人しくしていよう。


 しばらくしてリアは木造の船へと案内された。


 乗ってみると歩くたびに床がギシギシ音を立てるので少し頼りない。これは確かに時間をかけてでも陸路で行く人が多いわけだ。


 乗客全てが乗り込んで、いよいよ船は港を出発した。







 王国を南東方向へ流れる大河をこの国では『黄昏川』と呼んでいるらしい。夕暮れ時に輝く川面が美しいだとか由縁は色々あるらしいのだが、魔法位の関係で『黄昏』という言葉が大変有難がられるこの大陸では『黄昏』という名前がつく河川は珍しくないのだそうな。


 この国の黄昏川ではその水資源を利用して、主に西側の地域で漁業や灌漑が行われているらしい。


 対して、これからリアが向かう予定の東側。王都に近い南東方面では同じように水資源を利用した産業がいくつも発達しているらしい。しかし、北東方面はというと……。


(何もないね)

(ああ、いきなり大森林だ)


 河の東岸が見えてきたと思ったらいきなり森林が広がっていた。北東は未開拓のエリアなんだな。


 森の方をずっと見ていたら、話好きのおじさんが何も聞いていないのに語ってくる。


「あっちのエリアには昔、街があったんだよ」

「え、そうなの?」


 面倒だなーと思っていたら、案外興味を引く話でリアは思わず聞き返していた。


「ああ。今は見ての通り森だろ? 昔はあそこに港があってね。凄く栄えていたものさ」


 まるで見て来たかのように言う。昔あそこに港町があったとして、今森になっているとすれば相当長い年月が経過しているはずだが。


「不思議に思うだろ? どうして森になっちゃったのかというと、それは突然あの辺りに『海樹王』が現れたからさ」

「かいじゅおう?」


 なんだそのこの世の全てを手に入れてそうな名前は。


「『海樹王』っていうのは、言わば『森樹鬼』の王様。1体が現れただけで、そこがどんなに発展した街だろうと、ひと月も経てば森と化してしまうとんでもない魔物さ」

「え、じゃあ、あそこは……」

「ああ、もう20年も前に『海樹王』が現れて滅亡した都市だよ」

「ええ……」


 強力な魔物が1体現れただけで、ひと月後には人間の街がひとつ地図から消えている。その事実を聞かされて、改めてこの世界の恐ろしさを思い知らされた。


 思えば、リアが戦った黄昏剛鉄こうこんごうてつの石撃人形、アレも海樹王と同様の類だったのかも知れない。


 何百万という人間が束になっても敵わない理不尽な存在によって引き起こされた『狂乱』。その対処を社会のあぶれ者である『混じりもの』に任せてさっさと街から逃げ出した貴族たちの行動は、アレはアレでこの世界を生き残るためのスタンダードな動きだったのかも。


 聞けば、今あの森は『王の樹海』という御大層な名前で呼ばれ、また少しずつ開拓が始まっているという。そして、そこで狩られる森樹鬼の素材から作られた木製品が王都ビフィキスの一大産業を担っているんだそうな。


 破壊は新たな創造を生み、また新たな破壊へと繋がる。そんな風にサイクルを繰り返しながら歴史は紡がれていく。


 そんな事を考えていると、少し世界の大きさへと飲み込まれそうになる。


 船は川の流れに乗りながら、南東の港を目指して進む。幸い川の中から強力な魔物が現れることもなく、予定通りの時間に俺たちは船から降りることが出来た。


 そして降り立った港町からさらに馬車を乗り継いで2時間ほど、俺たちはようやくケイロン王国王都ビフィキスへと到着した。


 ビフィキスは大小様々ある無数の湖や川に囲まれた都市だった。というよりむしろ湖を天然の要害として利用する為に設置されたような街の配置。その為か、この大陸には珍しく外壁というものは存在しない街だ。


 街並みはこの水辺に囲まれた環境のせいか通気性に優れた木造住宅が多く見受けられ、屋根は青い塗料で染められたものが多かった。


 拡張性はないものの、開放的で美観に優れた街だという印象を受けた。特に街のど真ん中、シンボルのようにひと際高く聳え立つ青い建物はこれまで見てきたどの都市の建物よりも美しい。おそらくこの国の王城なのだろう。


 美しい景観を目に焼き付けながら、到着を報告するためギルドへ向かった。


 その道中でよく目にしたのが、名産だという木製品を扱う店や工房。メインとしては家具類が多い。


 使われる木材は主に魔物である森樹鬼。コイツは硬い上に水に対して強く、腐りづらいらしい。それがこの街の北にある『王の樹海』へ行けば狩り放題というんだから、そりゃあ木製家具の産業が盛んになるというもの。


 街を歩いているだけで、どこか大型の家具量販店を見に来ているようなワクワク感を味わえた。


(将来、クラナねーちゃんやノインと一緒に暮らす時の為におっきいベッドでも買おうかなぁ? ぐへへ……)


 リアはきしょい妄想を巡らせていた。ノインはともかくとして、クラナさんは別にまだリアの恋人ってわけじゃないからな?

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