第111話 ビフィキス逗留

 ビフィキスへ到着した翌日、俺たちはこの街へ来た目的を果たす為、またあのドレスに身を包んでいた。


 そう、ルーナさん情報によると、この街にも亜人を扱っている商人がいるという。早速俺たちはその商人(メノスというらしい)に関する情報を市場を巡って集めた。


 どうやらその商人はこの街でとある店舗を経営していることが判明。実際、その店へ行ってみる。


 情報を元に探し当てたのは風景に溶け込むような青を基調とした木造の店構え。ここは特段何かのお店という訳ではなく、大型家具から宝石類に至るまで幅広くを扱うノージャンルのお店だった。


 中にはリアの興味の引く物も特になかったので、すぐさま従業員のお姉さんに声を掛けた。


「すいません。こちらで亜人奴隷を扱っていると聞いて、メノスさんと話を」

「はい。オーナーとのお約束はございますか?」

「……ないです」

「では申し訳ございませんが」


 門前払いという感じだった。まあ、流石にアポなしでは取り次いでもらえないか。


 むしろパレタナの商人と会った時が上手く行き過ぎていたと言うべきだ。


「オーナーへの取次は5日後以降となります」


 ただ、会わないというわけではないらしく、リアは5日後の昼に面会の約束を取り付けることができた。


 というわけで、かなり大きな空き時間が出来てしまった。この時間を宿でダラダラ過ごすのはあまりに勿体なかったので、俺たちは冒険者ギルドで適当に依頼を受けることにする。


 早速着替えてギルドへ向かう。新しい街でも相変わらず男臭い人だかりを潜り抜け、受付へ仕事の斡旋を相談した。今日の担当職員は若くて美人のお姉さんだった。


「それなら『王の樹海』で森樹鬼狩りでもいかがです? 青級なら楽勝でしょ?」

「う、うん。じゃあ……」


 初めて会ったリアにも和気藹々たる声色で勧めてくる彼女の仕事をリアは二つ返事で引き受けた。


 っておーい。ちょっとは悩め。コイツ本っ当女性に弱いな。


 今回勧められた仕事に問題は無さそうだからいいものの、いつか同じ調子でとんでもない仕事を安請け合いしそうで怖い。


(リア、内容をよく考えてOKを出すんだぞ)

(わ、わかってるよ! 今回はお姉さんの言う通り楽そうだったから受けただけ!)

(ほんとかー?)


 次はしつこいくらい確認を取らせよう。







 リアは『王の樹海』へと足を踏み入れる。


 大森林の入り口の辺りには開拓の為の拠点が建設されており、それ単体で小さな村と言えるほどの規模だった。この森を再征服するぞという国の前のめりな意志をひしひしと感じた。


「おーい。あんまり奥まで行くなよ」


 早速森樹鬼を探そうと森の奥へ足を進めるのだが、近くで警邏をしていた兵士に声を掛けられる。


 ギルドのお姉さんにも言われたのだが、森の奥は本当に危ない地帯と化しているらしい。調査などの目的以外ではなるべく入らないようにと、忠告を受けている。


 まあこっちとしても日帰りなので、そこまで深入りをするつもりは無い。


 それに出来るだけ多くの森樹鬼をギルドへ持っていきたいなら、手間を考えて浅い場所で狩った方がいい。マジックバッグで持っていくわけにもいかないからな。


(あ、近くに一体いるよ)


 音を頼りにリアは早速森樹鬼を探し当て、討伐に向かった。


 広葉樹に擬態していた森樹鬼はリアが近づいてきた瞬間、根っこを足みたいに使いながら激しく動き出す。


 リアはこれまで何体もの森樹鬼を倒してきた。なので当然今回も楽勝に勝てるかと思ったのだが……。


「うわっ!」


 いつものっそりしているはずの森樹鬼が、今日はリアが首を左右に激しく振らないといけない程軽快に動いている。


 少し油断をしていたリアはその動きに不意を突かれた結果、慌てて根本の魔石付近を光魔法でごっそりと打ち抜いてしまった。


「あちゃ……」


 無事に森樹鬼を倒したはいいものの、素材のひとつである魔石はリアの魔法によって消滅していた。


(≪翠≫だったな)

(うん。勿体ない……)


 いきなり格の高い魔石をダメにしてしまった。血の通っていない森樹鬼には急所らしい急所が魔石以外存在しないので、仕方なくはあるのだが……。ううん、勿体ない。


 森樹鬼の魔石は普段地中に隠しておくためか、根っこの辺りにある場合が多い。これはコイツを木材として使用する分にはなんとも都合のいい場所なのだが、狩る方としては上下左右に激しく動くこの場所はなかなか狙いが難しい。なので慌てるとどうしても魔石のみを切り取ることが出来ないのだ。


(まあ、幸い魔石以外は綺麗に残ってる。さっきのは運が悪かったと思って次に行こうぜ)

(そだね。切り替えるよ)


 次からは容赦しねぇ、という気持ちでまたリアは索敵を再開する。


 しばらくして、また反応をキャッチした。


「よっし、今度こそ! ……って、えっ!? また!?」


 次に現れた森樹鬼もまた素早い動きでこちらへ迫ってくる。


 だが流石に2回目は上手く動きを見切り、水魔法で上手く根っこ周辺をスパッと切り落とすことに成功した。


(ふぅ……なんとかうまく倒せた)

(魔石はどうだった?)

(見てみるね──えっ!?)


 魔石をチェックすると、これまた格の高い≪青≫だった。


 2回もラッキーが続いたのか、と思ってその後も数体の森樹鬼を狩ったのだが……。


(青翠青青青藍翠……って、金?)

(マジでどうなってんのこの森!?)


 流石に少し怖くなって、俺たちは少し早めに倒した森樹鬼の素材を持ち帰る作業へと移る事にした。


「おお、アンタ大量じゃねーか。流石は青級冒険者だな」


 開拓拠点には、魔物の素材を査定してくれる男性職員がギルドから派遣されている。当然、街に魔物の素材を持っていく訳にもいかないので、本日の成果の山は彼に託す。


「あの、この森の森樹鬼って妙に強くないです? 倒した中に、≪金≫までいたんだけど」

「あん? ここの森樹鬼が強い? そりゃあそうだよ。この森は『海樹王』が作った森だぜ? そこらの森樹鬼とはモノが違うのさ」

「んん?」


 意味がよく分からなかったので、職員に更なる説明を求めた。


「──ああ、そういうこと」


 その結果分かったのは、この森には既に『海樹王』がおらず、そのおかげで森樹鬼一体一体が強いという事。


 過去に現れた海樹王は自分を無数の森樹鬼に分ける事で、短期間で街を森に変えることができたのだ。つまり、先ほどリアが倒したのは、森樹鬼でありながら海樹王でもあるということになる。だからこの森の森樹鬼は強力な個体が多いのだ。


(ふーん、植物系の魔物ってよくわかんない生態してるね)

(いや魔物なんて全部ワケわからんだろ……)

(そうだけど、流石に分裂するヤツはあんまいないじゃん? 今の話を聞く限り、海樹王はこの『王の樹海』そのものでもあるのかな)


 石撃人形みたいに魔物単体としての形をとるよりも、分裂して自領域を広げるほうにメリットがあるのだろう。よくわからんけど。


「ほーい、査定終わったからこれを受付の姉ちゃんに持ってけ」


 考察もそこそこに、職員から査定書類を受け取る。彼の言う通りに街のギルドで受付のお姉さんに書類を持っていくと、今回の報酬が渡された。どっしりと重たい袋だ。


「よっ、お金持ち! 初めてでこんなに稼ぐとはなかなか森樹鬼狩りの才能がありますね!?」

「こ、こんな所でそういうことは……」


 お姉さんの余計な言葉で、ギルド内の冒険者たちが全員ギラついた視線をリアに寄越す。


 リアが帰ろうと扉へ向かった時、ソイツらは皆案の定、リアをパーティに誘ってきた。


(ちょっ! めんどくせー!)


 受付の方を見ると、お姉さんが「ごめんね」とでも言いたげに、舌を出しながら頭を下げていた。


 いや、何してくれてんだ。可愛いけど! ……可愛いから、まあいいか。


 って、リア共々一瞬で許してやっても気持ちにさせられる。あの子、絶対男転がすの上手いだろ。あ、男じゃなかったわ。

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