第108話 さみしい

「こんなのが暴れていたのか……」


 北ギルドへ戻った私は早速髭面に石撃人形だったものの一部を見せてやった。


 勿論こんな屋内であの大きさのものを展開はできないので、ものはバラバラに分割した状態になる。階位鉄は用途に合わせた特別な加工を施す前であれば、こんな風に魔力によって成形ができるのだ。


「そんでもってよく倒したなぁ……」

「そこは私もギリギリだった」

「いや全く消耗せずに倒せたらヤバいだろ。ギルドでも前例がないんだぜ? 黄昏剛鉄こうこんごうてつの石撃人形を討伐した、なんてよ」


 それは残念。私の取った方法以外でアレを無力化する方法が無いか気になっていたのだが……。


「それで、これどうするつもりだ?」

「うーん、売却かな。持っていても使い道が無いしね」

「これを売るならオークションにかけるしかないぞ。恐らく誰も値を付けられないからな」

「ええっ!? そんな面倒なことになるの?」


 オークションってどれだけ時間がかかるものなのだろうか。少なくとも、業者との打ち合わせと告知の時間は必要になってくるだろう。月単位でこの街に逗留する必要がありそうだ。それはちょっとごめん被りたいが……。


「ちょっとくらい待ったらどうだ? どうせ国から招集があるだろうし」

「え?」


 聞き捨てならない単語が髭面の口から飛び出た。


「招集だよ。今回の『狂乱』に関する状況説明と、後はまあ、貴族から『ウチに仕官しないか』っつうお誘いがあったり」


 つまりそれは国のお偉いさんと会わないといけないのか。アイツら今回何もしてない癖に!


「待って、それは絶対受けないといけないの?」

「ギルドとしては差し出すようなことはしないが。ただ、この国にいるなら無理にでも連れて行かれるだろうなぁ」

「──髭面! 申し訳ないけど、手続きを最優先でお願い! 私は今すぐこの街を出るから!」


 貴族に会う。そんな事になれば、私はこのフードを取らざるを得ないだろう。


 今の私のショボい魔力では偽装の魔法も使えない。つまりエルフであることがバレる!


「え、おい待てって! 買い取りはどうすんだ?」

「ここではしない! 持ってく!」

「いやそれは困る! 討伐の証拠としてモノがこの街にないと……」

「じゃあ、これギルドにあげるから! その代わり私がスムーズに街から出られるように取り計らって!」

「うおっ!? こんな所に出すな! 床が!」


 私はマジックバッグに入った黄昏剛鉄の5分の1ほどを髭面へ渡す。いや、渡すと言うか、床にドン。それだけで床がミシミシ鳴っていた。


 結局、ギルドの厳重な保管庫へ移動させた。髭面が言うには、これだけで充分証拠になるらしい。


 北地区ギルドは今回の騒動でかなりの痛手を負ったらしく、「寄付は素直に助かる」とお礼を言われた。戦闘で亡くなった冒険者たちはお金では戻ってこないけれど、このギルドの未来に少しでも貢献できたなら嬉しい。そう、決して恩を売ったわけではない。


 そんなギルドは私の為に馬車を用意してくれた。行き先はお隣の国に入って、ケイロン王国の国境側の街だ。入国の検問なんかもすっ飛ばしてくれるらしい。まだ検問を突破する術を思いついていなかったので正直助かった。


 早速、馬車の乗り込んで出発! ……といきたいところだが。


「ヤレン!」

「お、ミナト! どうしたんだよ」


 そういえば別れの挨拶をしていなかったな、と思って声を掛けた。


「急だけど、私出国するから」

「はえーよ! 俺ら帰ってきたばっかじゃねーか!」

「国が招集してくるんだよ! そんなの無理だってヤレンはわかるでしょ?」

「ああ、お前はそうだな」


 ヤレンは察してくれた。そして、「あとは俺とカルケに任せろ」と親指を立てる。


「じゃあ行くから」

「おう。俺はカルケと違って何もねぇ人間だから、いい感じの言葉でお前を送れねぇ。だから、『また会おう』とだけ言っておく」

「うん。また会おう」


 そう言って、私も真似して親指を立てた。


 さて、馬車のおじさんが早くしろとこっちを見ている。早くいかなきゃ。


 乗り込んだ馬車はトコトコと走りだした。この国では、色々と乗り物を乗り継いだけれど、これがこの国で最後の移動になるのか。そう思うと感慨深い。


 フォニ達は元気にしているだろうか。彼女らは私のように同じ場所で何週間も時間を無駄にしていないだろうから、おそらくもうケイロン王国か、その先のアーガストに入っているだろうな。


 ノインは大丈夫かな。最後に顔を見ていきたかったけれど、そんな余裕が無く残念だ。早く迎えに行きたいな。






 馬車は10日をかけてようやくパレッタ王国を抜けた。


 今はケイロン王国最西端の街、スイに来ている。


「ありがとう」

「いやいやこちらこそ、無事に辿り着けてよかった」


 ここまで連れてきてくれた御者のおじさんに礼をする。ひとりになって初めての長距離移動だったけれど、今のところ何の問題もなく目的地まで来られた。


 御者のおじさんの話によると、スイは内陸にあるにもかかわらず、「水の都」と呼ばれるほど治水技術の進んだ街らしい。


 馬車から降りて早速街の中を歩く。そう称される通り、街中を網目状に巡らされた水路がどこを見ても美しかった。


 私は宿を探すために大通りを歩く。今日は少し風が強いようで、私は被ったフードを抑えていた。


 ちょっと肌寒いな。今までは魔法で調節していたけれど、魔力が心もとない今余計なことに魔力は使えない。これから冬を迎えるが、寒さも我慢しなくては。


 まあでも魔法の無かった日本ではそんなの普通の事だし、絶望するほどでもない。


 そう、大量の魔力がなくとも案外やっていけるのだ。


 フードを深く被れば偽装の魔法を使わなくてもいいし、敵を倒すのにもちょっと身体強化を効率よく使えば済む。


 金に困ればマジックバッグの中身を売っぱらえばいい。


 なんなら、まだ作ったことはないけれど、マジックバッグ職人にでもなって地位を得ることも可能だ。そうなれば、例えエルフであることが周囲にバレたとしても、私の技能をアピールすることが出来れば奴隷にならずとも済むかもしれない。


 そう考えると、この残酷な世界でも案外好き勝手やれるのではないかと思えてくる。まあ、これまでのことがあったから、の話なんだけどさ。


 なんだ。これから、ミナトがいなくても案外大丈夫なんじゃん。


 私はそう思い込むことにする。実際は違うから。理屈じゃなくて、私の心が大丈夫じゃないから。


 大通りには食べ物の屋台が沢山並んでいた。私はふとツリロの街を思い出して、見に行きたくなった。


「とれたて美味しいよー! 安いよー!」


 お店は沢山あるけれど、中でも私は取れたてのいなご料理の皿を出してくれるお店が気になった。


「1人前ください」

「あいよ!」


 小銭と引き換えに、こんがりと油で揚げられた蝗の乗った皿を渡される。


 私は虫を食べるのが凄く好きだ。パリパリした食感も噛めばジワリと溢れ出す旨味もたまらない。なのにミナトのヤツは見た目がキモイからという理由で嫌がった。


 いやミナト、海老好きじゃん。アレも大差ないでしょ。私は何度もそう言ってやったのだが、「一緒にするな」と返ってくる。おかげで私が虫を食べる機会はぐんと減った。


 まあ、それも今までの話。私はもう「好き」を巡って言い争いすることは出来ない。


 さみしい。


 日本語にしてたった4文字の言葉が、私の今の心境をこれ以上なく的確に表していた。


 私は皿を前に涙を堪えきれなくなった。


 さみしくてさみしくてたまらない。家族と離れ離れになった初めての夜でさえ、私はこんなに涙が出なかった。こんな気持ちになったのは初めてだった。


 私にはこれ以上ないくらいミナトが必要だった。彼と出会ったことで、私の心は埋まったのだ。


 これからどうしよう。


 魔力はいらないから、ミナトだけでも返して欲しい。私はどうすればミナトを取り戻せるの?


「ど、どうした!?」

「なんでも……ない」


 心配したおじさんの声が私を現実へ戻した。気が付けば、通りを行く人が皆涙を流す私を見ていた。


 私は嗚咽を耐えながら、目の前の皿に手を付ける。


 油でからっと揚がった蝗のサクサクとした触感に、感じた事のない香辛料の独特の風味が鼻を突き抜ける。


 美味しい。美味しいのに……どうしてか、心がこれを拒んでいるような。いや、私はこれが好きなんだけど……。


 ……どういうこと?


 とりあえず、もう一口食べてみる。


 ああ、やっぱり美味しい。でも、脚が裏唇に当たる触感がキモイ。……いや、待って。キモくないよ!


 なぜだろうか、自分が自分じゃない感じ。気持ち悪いのに、どこか安心する。


 それから私は一心不乱に蝗の皿にガッツいた。


「おじさん! もう1人前……いや、もう5人前!」

「お、おう……そんな美味いか? これ」


 私は待っていた。予感がしたからだ。


 細い可能性を手繰って、望む未来を引っ張り上げる。


(お前どんだけ頼むんだよ! オッサンもちょっと引いてんじゃん!)


 予感は現実となり、私の中にまたひとつの火が灯ったのであった。


 今まで何度名前を呼んでも出てこなかったミナト。


 突然姿を現したコイツに対して、私は何と言葉をかけていいか分からなくなってしまった。


 ……とりあえず、食べるか。

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