第107話 狂乱の終息

「なんじゃこれえぇぇぇぇ!!」


 汚い叫び声に私は思わず起き上がった。


 ヤレンが目を見開いて、私の下に横たわるモノを見ている。


 これを倒してからどれくらい時間が経っただろうか、もう頭が回る程度には魔力が回復してきている。


「来るの早くない?」

「うるせぇ! 途中で他の冒険者を見かけたから、報告を押し付けてきたんだよ! つか、なんだよこれ! もう倒してんじゃねーか!」

「ああ、うん。なんとか」

「マジかよコイツ……つえーとは思ってたがこれを倒せんのか」

「まーね」


 倒したといっても。このタイプの魔物じゃないと使えない手段を使ったわけで。そしてもう二度と同じ手を使うことは出来ないという。


「てかさ、聞いていいか?」

「なに」


 ヤレンの視線が私の顔に来る。やめろ、私は男に顔を見られると蕁麻疹が……じゃなくて、やべ、フードが脱げてる。


「お前、亜人だったのか?」

「なにさ、文句ある?」


 コイツらにも正体がバレた。とんでもない状況だというのに、魔力欠乏があった反動か、あまり焦りの感情が生まれない。私は妙にふてぶてしい態度をとっていた。


「文句はねーよ。ただ驚いただけだ」

「そう。じゃあ、捕まえて売りに行く?」

「アホか! 筋の通らねぇ事はしねぇつっただろ!」


 真向から否定するヤレン。意外……でもないか。コイツ実は義理堅いやつだった。


「カルケも?」

「俺もそんなことしないぞ」

「そう、黙っていてごめんね」

「いや普通、言わないだろ」


 まあ一緒に死線を潜り抜けた仲だ。コイツらは信頼してもいいだろう。


「ってかさ。俺はお前が亜人で、逆に誇らしくなったよ」

「は、なんで?」

「そりゃあこっちにも亜人の血が流れているからな。俺は婆ちゃんが赤獅子族らしいんだ。会ったことはないが」

「え、そうなんだ……」


 パレタナ北地区のスラム出身であるヤレンが『混じりもの』だというのは知っていたが、実際に血縁者の情報が出てくると印象が変わってくる。赤獅子族というのは存じていないけれど。


「俺も『混じりもの』だ。物心ついた時にはスラムにいたから詳しい事は知らないが、母親が獣人らしい」


 コイツもか。


 血筋的なことを考えると、この国の人間も、隠れ里の人間もあまり変わらないのかもしれない。


「とにかく、お前が秘密にしている以上、俺らは絶対にお前の正体をバラす気はないぜ」

「勿論だ」

「そう。ありがとう」


 どうやら信頼は間違ってはいなかったらしい。


「ところでコレどうすんだ?」


 ヤレンは私が下に敷く石撃人形を指さして言う。


「マジックバッグに入れていくしかないでしょ。こんなん身体強化使っても持てないし」

「お、おう……。じゃあもうあの鞄のことギルドにバラすんだな」

「致し方なし。私、どうせすぐこの国出ていくし」


 『黄昏』の石撃人形を倒したという肩書があれば、実力を恐れられて狙われないってことはないかな?


 とにかく、この危険金属をここに長時間放置するのは怖いので、さっさとマジックバッグに収納すべし。


「って、これどうやって収納しよう?」


 こんなん袋に入らないよ。


「ああ、加工前なら魔力で切り分けられるぞ」

「えっ?」


 そう言ってカルケが石撃人形の身体に触れる。すると、その場所が粘土のように凹んでいく。


「うそっ!? これ金属でしょ!?」

「これが階位鉄の特徴だ。加工を施せば、逆に魔法を使っても傷ひとつ付かない代物に化ける」

「へぇ……」


 不思議な物体もあるもんだ。


 ミナトの世界の常識に首まで浸かっていた私は、あまりのファンタジーさに一瞬思考が止まりそうになる。でも、これからはこういうところもちゃんと勉強して、やっていかなくては。


 マジックバッグに石撃人形を収めると、私たちは一度西の村へ戻ることにした。


 ただ、その行程がまた大変だった。魔力が心もとない私はずっと身体強化も無く、徒歩での移動となる。なんだかんだでかなり北の方まで移動していた私たちは、カルケの居住村である西の農村へたどり着くまでに丸3日もかかる事となった。


 いやもうかなりシンドイ。何がって、3日も周りに男しかいない状況がだ。


 パレタナに戻ったら、もう一度ノインのお見せに行こうかな? もうエッチパワーで魔力補充も出来ないし、彼女にあげられる魔力はあまり無いけれど。


黄昏剛鉄こうこんごうてつの石撃人形が出たってマジか!?」


 西の村に到着して、かけられた第一声がそれだった。


 東の村を守っていた翠級冒険者の一人だ。上位の石撃人形が出たという事で村中がかなりピリピリとした空気に包まれていたのだが……。


「ああ。だがもうミナトが倒した」


 というヤレンの言葉には皆、半信半疑の反応を返した。だが、石撃人形の死体? を見せてやると、阿鼻叫喚の騒ぎとなった。


「これ倒せるものなのか? 俺には全くビジョンが見えない……」


 私も、もう見えないけどね……。


「それよりアンタ、これ凄いことになるぞ。黄昏剛鉄こうこんごうてつっていったら、国宝でも滅多にないレベルの金属だぜ!? それもこんな量を……」

「これもしかしてメチャクチャ貴重?」

「あたりまえだ!」


 翠級冒険者からそんな指摘を受けた。うーん、貴重なものとなると、取り扱いが面倒そうだ。


 あと、皆へ分配する方法なんかも考えなくてはならない。


「は? 分配? テメェが倒したんだから、テメェが独り占めしろよ」

「いやそういう訳にもいかないでしょ。カルケには囮役になってもらったし、ヤレンもまあ情報収集の役には立ったし」

「何かムカつく言い方だな……まあ、そんじゃあ、剣を一振り作れる分だけくれ」

「え、それだけでいいの?」


 全体の分量でいうと1パーセントにも満たない程度だが、ヤレンは「それ以上はいらん」と譲らなかった。カルケも同様。


 結局、今回一緒になった冒険者にはもれなく剣一振り分づつを渡すことに。彼らも命を懸けて、見返りが村を守った名誉だけというのも寂しいでしょうよ。


 今の私は少し彼らに甘かった。一緒に死線を潜り抜けた仲だと認識しているからだろうか。妙な同族意識すら覚えるほどだった。


 西の村では2日ほど滞在した。東の村人たちは近いうちにまた翠級冒険者のパーティが元の場所へと送るのだそうだ。


 そしてようやく私たちはパレタナへと帰ることになったのだが。


「ヤレン、ミナト、助けに来てくれて本当にありがとう。この村を代表して礼を言う」

「んだよ。すっかりこの村の人間になりやがって」


 カルケはここでお別れとなる。


「ミィニ、ちょっと来てくれ」


 そう言って、カルケは近くにいた彼の妻を呼び寄せた。


「妻だ」

「え、ああ、うん」

「ミナト、俺はさ、スラムで生まれて母親を知らないって言っただろ? だからこそ、こうやって愛する家族が出来たことが嬉しいんだ。本当に守れてよかったし、そして一生大切にしたいと思ってる」

「うん」

「だから、俺もミナトが無事に家族と会えることを願っている」


 隣の妻の手を握りながらカルケは言った。


 その言葉は私の事情を知る人から幾度となく言われてきたが、聞くたびに目頭が熱くなってしまう。


 隠れ里に住むクラナねーちゃんに言ってあげたいと思った。「安心して、人里にも優しい人はいるよ」って。


「ありがとう。絶対に再会して見せる」

「ああ。そうしたら、ぜひ家族を連れてこの村へ遊びに来てくれ」


 最後にガッチリと握手を交わす。


 いつかまたこの村へ来よう。


 以前思っていた事とは真逆の事を私は思うのであった。

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