第106話 すべてをかける

 私たちはヤレンが街へ向かったのとは逆に、ソフマ山脈の方向へとその足を向ける。


 石撃人形の動きは──よかった! ヤツはヤレンではなく、私たちに狙いを定めている。その証拠に、またこっちへ向けて木を投げてきた。


「ミナト、次は任せて欲しい」


 しばらく投擲を障壁魔法で受けたあと、カルケはそっと前出た。


 私が反論する暇もなく──


「どりゃああああ!!」


 カルケは飛んできた木を剣で薙ぎ払ってしまった。


 ……もうこの投擲に対応したんだ。


 まあ、そのおかげで私は魔力の節約が出来る。私たちはそのまま出来るだけ石撃人形との距離を保ったまま、ソフマ山脈に向けて進んでいく。


「階位鉄は魔石と同じようなものなんだよね?」

「まったく同じではないが、似た性質ではあるな。基本的には魔力をため込むというところだ」

「石撃人形に魔石は?」

「ないな。階位鉄自身が魔石の役割をしているから」

「つまり全身魔石ってことだね」

「そうなる」


 移動を続けながら、カルケと相手の情報を整理していく。


 確認した事項の中に私の秘策の妨げとなる要素は無かった。


 しばらく、ソフマ山脈の方へ石撃人形を誘導し続けた。


「はぁ……はぁ……」


 カルケの体力もそろそろ厳しいか。ずっと投擲物に対応していたから。


 だがそうしている内に私たちは森を抜け、ある程度周りの開けた場所までたどり着いた。もうそろそろ仕掛けてみるか。


「カルケ、もうかなり時間は稼いだ。そろそろ打って出たいと思う」

「はぁ……打って出る? 何か策があるのか?」

「うん。でもその策を一から説明するのは正直難しい。私の魔力について話さないといけないから」

「……よくわからんが、今面倒なことはなしだ。ミナトを信じて俺は指示に従うぞ」

「お願い」


 私はカルケにとってもらいたい行動を指示する。細かい理由なんかはナシだ。そんなことを言っている余裕は無い。


 そして想定できない事態を出来るだけ排除できるよう周りの環境を確認し、行動を開始する。


「カルケ!」

「うおおおお!!!」


 私の合図でカルケは石撃人形に向けて吶喊していく。


 正気を失ったかのように思えるが、そんなことはない。作戦通りだ。


 石撃人形は魔力反応のひとつが突然勢いよく側へ寄ってきたことに処理がついて行かなかったのか、0.5秒ほどその動きを止める。そして、思い出したようにカルケに向けて持っていた木を投げつけた。


 だが、その動作以上にカルケが速く動いていたので、彼は難なくそれを避けた。


 カルケは石撃人形の目と鼻の先まで来ている。


 ここだ。集中力を切らすな。ここでシクればカルケは死ぬ。


 石撃人形は自分の下でウロチョロするカルケに向けて、とんでもない速さで拳を振り下ろす。


 今だ!


 私は右手に魔力を込めた。


 これは私が新しくマジックバッグを解析して作り出した魔法。イメージは空間の拡張だ。


 石撃人形の放ったパンチがカルケに迫る。だが、カルケはその拳に潰されることなく、石撃人形からほど離れた場所に瞬間移動する。


 パンチがスカった石撃人形はそのまま地面を殴りつけ土石を爆発させた。


 やばい。もう少しカルケの移動する距離がアレに近かったら、彼は土石のシャワーを浴びていたところだ。


 だが今はヒヤリハットを考察している場合ではない。


 続けざまに私は、下向きにパンチを放って前傾姿勢となった石撃人形の腰付近に全力の爆破魔法を使った。


 爆破が効かないのは知っている。だが、胴体に向けて放ったものがヤツの全身を揺らすことができる程度に衝撃を与えられたこともまた知っている。


 前傾姿勢の石撃人形は腰の後ろからの衝撃にバランスを崩してしまう。体幹がなってないねぇ。


「あとは任せて!」


 私は身体強化や空間縮小など思いつく限りの魔法を使って、顔から地面に倒れ込んだ石撃人形へと近づく。


 そして、黄昏色に輝く石撃人形の身体に触れた。


 後はコイツに対して、私自身の魔力を全力で送り込むだけだ。


 参考にするのは精神掌握の魔法。里でばーちゃんが見せてくれたあの魔法は、相手に自分の魔力を送り込むことで一時的に精神を麻痺させるものだ。


 私はずっと思っていた。これって魔物にも使えるんじゃない? って。


 ただ魔物は人間と違って、外の魔力を自分の魔力のものにすることができる。その変換をしているのが、魔石なんだと思う。イメージとしては魔力の所有権ロックを外す……みたいな?


 なら魔物には使えないんじゃないのって思うかもしれないけれど、変換をするにも時間が必要なはずだ。魔石に魔力を込める時にボトルネックがあることから、それは確定的。


 つまりその変換が追い付かない速度で、私の魔力でコイツの全身を覆いつくす。そうすれば、魔石そのものと生物の境界線に生きるコイツの意識を完全に塗りつぶせるのではないか。コイツは全身が魔力の塊である階位鉄でできていて、魔力によって意識を持っている存在なのだから。


 ひとつ賭けがあるとすれば、黄昏剛鉄こうこんごうてつであるコイツを掌握する魔力が、今の私に足りているか、ということ。


 絶対ではないけれど、大丈夫だとは思う。なぜなら私の中にはミナトのスケベな心によって生み出されたとんでもない量の魔力があるから。


 石撃人形よ、お前はミナトのスケベな魔力によって生き物としての意識を刈り取られるのだ。あっはっは!


 …………。


 私は全力で魔力を流し続ける。石撃人形は抵抗するようにこの巨大な身体をビクビク震わせていたが、私の魔力の浸透によって、体を起こすまでの行動は取れない。


 そして、目の前の存在へ魔力が流れていくにつれて、私の中の大切なものまで流れ込んでいくような気がした。


 これが空っぽになった時、私は元の黒色に戻ってしまう。


 それでミナトが私の中にいたという事実が消えるわけではない。わかってはいるけれど、惜しくて仕方がなかった。


「……消えろ! 早く消えろ!」


 邪念を振り払うように叫ぶ。もうすぐで魔力が底をつく。


 私は久しぶりに訪れた魔力が欠乏する虚脱感を味わいながらも、魔力の移送を続ける。


 ビクビク震えていた石撃人形の動きが完全に停止するのと同時に、私の魔力ミナトは底をつくのであった。


「おい、ミナト! 大丈夫か!? おい!」


 カルケが何か言っているが、何も頭に入ってこない。


 魔力欠乏。久しぶりだけど本当にキツいな……。ノインはずっとこんな辛さを味わっていたんだ。


「ま、まりょく、ない」


 何とか今の状況を伝えようとする。


「魔力欠乏か? ……なら、しばらく安静にさせておくか」


 ひとまずは魔力の回復に勤しもう。どうせ≪黒≫なんで、すぐに満タンになるよ。


 私は石撃人形の上で横になりながら、しばらくの間空を見上げていた。

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