第105話 黄昏の石撃人形

 私たちは東の村を出発して、ソフマ山脈方面へ向けてしばらく走った。


 鬱蒼とした木々が生えそろう小高い孤立丘をひとつ越えたあたりで、遠くの森にソイツが見えた。


「おい、あれって……」

「ああ……石撃人形せきげきにんぎょうだ」


 10メートル級の木々のてっぺんからちょこっと頭を出した巨人──カルケが『石撃人形』と言ったその存在は進行方向にあるものを全て薙ぎ倒しながらゆっくりと進行を続けていた。


 ズシン、ズシンと歩みを進めるごとに大地が揺れる。こうやって姿が確認できるほど間近に来てみると、その規則的な振動に脳が揺らされるほどであった。


 石撃人形、これは魔物なのか?


 見た目はずんぐりむっくりとした橙色の人型だ。ただ目も、鼻も、耳もなく、動きもどこかぎこちない。魔物というよりも出来の悪いロボットのような印象を受ける。


「あれはなんなの?」

「石撃人形。アレは魔力によって生まれた金属が魔物としての意志をもった存在だ」


 頭痛を我慢するように額を手で押さえながらカルケが説明を口にする。……がいまいちよく分からない。


「はあ?」

「俺たちの使うこの剣の元、と言えばわかるか?」


 私は今自分が持つ青色に輝く剣へ目をやる。


 これは青剛鉄せいごうてつという金属を使って作られたのだと、フォニがこれを買い与えてくれた時に聞いた。


 青剛鉄とはそもそも階位鉄の一種だ。鉄という文字を名前に含むが正確には鉄ではない。鉄よりも硬く重く丈夫で、加工の方法が特殊になってくる。そして、なによりも異質な特徴として、これが魔石と同じく魔力を保管する物質であること。


 その理屈で言うと、あの巨人は魔石100パーセントで構成された魔物であると言える。


「これも元はあんな巨人だったってこと?」

「そうとは限らない。というよりむしろ、階位鉄は鉱床としてただ山の中で眠っている事の方が多い。ただ、稀に魔物としての意志が目覚めるヤツもいる。アイツのようにな」


 私はもう一度目の前の石撃人形を見た。


 その身体は夕焼け色に輝いている。


「≪藍≫くらいまでの石撃人形なら、俺らにはむしろボーナスなんだが……まさか黄昏剛鉄こうこんごうてつが出てくるとは」


 例にもれず、階位鉄にも≪黒≫から≪黄昏≫までの階級が存在する。ならばあの輝くアレは最強の階位鉄ということになる。


 そうなれば硬さ重さも今私が持っている剣とは比べ物にならない。それに加えてあの大きさは……。


「よし、すぐに戻るぞ。あんなの俺たち冒険者の手に負えるものじゃない」


 カルケは早々に撤退の判断を下す。元々偵察だけのつもりではあったが、実際にアレを目にしてその思いは強まったようだ。


 私とヤレンも異論は無く、石撃人形から背を向け来た道を戻ろうとする。その瞬間だった。


 私はハッとして、身体を回転し障壁の魔法を使う。


 ズガァァン!!


 その咄嗟の行動は間違いなく私の命を救った。


 石撃人形がこちらに向けて、木を丸々一本投げてきたのだ。


「な、なんだよ……この距離で俺らを認識してるってのか!?」


 魔物は魔力を『光』のようなものとして認識している、と私は隠れ里にいた時、スハラさんからそう教わった。


 太陽の光が燦々と降り注ぐ中、窓越しに見えるオフィスの灯に意識が行かないように、何十万人もの人間が住むパレタナの魔力を前に私たちの魔力なんて気になるものなのか。


「一旦アレの進路上から引くぞ」


 ただ目についたからという線もある。私たちは、飛来物に注意しながら一旦西方面へ向かった。


 だが、石撃人形はそれに合わせて身体を回転させてきた。


「はあ!? 完全にロックオンされてるじゃねぇか」

「まずい! また来る!」


 石撃人形はその辺りに生えていた木を力任せに引っこ抜くと、再び私たちに向けて投擲した。


 また私は障壁を作って2人を飛来物から守る。


 現状、充分に防御出来ている威力だが、このままずっとこの状態が続けば魔力に体力もいずれは無くなってしまうだろう。


「ヤバいな……このまま逃げ切れる気がしねぇ」

「なんだあのしつこさは……普通の石撃人形はあんな行動なんてとらないはず。これが黄昏級なのか」

「魔法は効かないのか!? ミナト、お前の爆破とか!」

「わからない……でも、やってみる!」


 私たちは出来るだけ投擲の狙いが逸れるよう、全速力で石撃人形の前方を横切るように移動を始める。


「くらえっ!」


 想定通り、ヤツは少しズレた位置に木を投げた。そのタイミングで私は全力の爆破魔法をその胴体に御見舞してやった。


 だが……石撃人形の身体を破壊するどころか、その巨体を揺らすに留まる。


「まるで効いてねぇ……」

「相手は黄昏剛鉄の塊だ。まだまだ力が足りないのかもしれない」


 しかし、あれは私が使える中で一番破壊力のある魔法だ。あれでダメなら、私にアレを傷つけることは叶わない。


 ……いや、待て。倒せはしなくても出来ることはあるじゃないか。それを実行にするかどうかともかく、まずここでとるべき行動は決まっている。


「……ふたり共、聞いてくれる?」


 目の前の存在の理不尽さに絶望する彼らへ、私は提案する。


「お前ひとりでアレを引き付けるだと!? アホか!」

「アレは私たちの魔力に反応している。なら、二手に分かれた時、大きい魔力の方に寄ってくるはず」

「そゆことじゃねぇよ! 俺らにお前を見捨てて行けってのか!?」

「役割の話でしょ。今は情報を持ち帰るのが第一だから」

「ならカルケがお前を選出した理由通り、お前が情報を持ち帰れよ!」

「いやだから、アレは魔力の大きい私の方に寄ってくるんだって」


 ヤレンも冷静さを欠いているのがわかる。その一方で、カルケは黙り込み、何やら考えこんでいた。


「ならば、俺も残ろう」


 そして、努めて冷静にそんな結論を出す。


「はぁ? お前までなんでだよ!」

「俺がいれば、いざという時身代わりになれるかもしれない。防御力には自信があるからな」

「なに言ってんだ?」

「だが、俺にはお前ほど速さがない。迅速に街へ情報を持っていくなら、お前の方が合っているだろ? 適材適所だと思うが」

「ちげぇよ! なんでテメェら揃いも揃ってそんなに死にたがるんだよ!」


 ヤレンが憤るのもわかる。役割だなんだと言ったが、結局は自分だけ逃げろと言われたようなものだ。


 だから私は彼を落ち着かせるためにおどけて見せる。


「ヤレン、私はね、死ぬつもりなんて毛頭ないから」

「はぁ!?」

「目標があるからね。離ればなれになっちゃった家族と再会して、可愛いお嫁さんたちと暮らす。これを達成しないことには絶対死ねないんだよね、私は」

「何だよ突然。間の抜けた話をしやがって」

「それにさ、私って魔法の天才だから、もしかしたらヤレンが街へ行く間に、アレを倒しちゃうかもしれないよ」


 ミナトがいたなら「死亡フラグ立てすぎ!」と怒るかもしれない。


 でもこういうのはお約束だから。むしろ立てまくった方が逆に安全まである。


 それに、私は本当にアレを倒してしまうかもしれない秘策を思いついてしまった。必要なのは、運と私の覚悟だ。ミナトが残してくれたものとお別れする覚悟。


 何度も自分に言い聞かせたけれど、出し惜しみをしている余裕はないんだ。


 ここで全てを出し切る。その覚悟を私は決めた。


「大丈夫だから、ほら行って」

「……信じるからな。カルケも! 死ぬんじゃねーぞ!」

「ああ、ミナトの盾になってみせよう」

「報告が終わったらすぐに戻ってくるからな!」


 ヤレンはそう言って、身体強化を全開にして街の方向へと走りだした。

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