第104話 地鳴り
この村を守っていたのは翠級冒険者2人を擁するパーティらしい。
彼らの実力は高く、私たちが辿り着くまでにかなりの魔物を始末したようだが、流石に人手が足りなさ過ぎた。避難が遅れた数人の村人は籠っていた家屋を破壊され、当人たちも無残に殺されてしまった。
それからは魔物の数が増えたこともあり、防戦一方となる。そして最終的には魔石でおびき寄せることによって、何とか村人に魔物が寄り付かないようにしていたらしい。
だが、私たちが来たことで住人の避難と防衛の両方をこなせる余裕を取り戻す。
カルケの支援もあって、最初の村で作ったような砦を建設。そこに全ての村人を集めることに成功した。
「赤銅鬼は俺に任せろや!」
「お願い!」
赤銅鬼や猪剛鬼を始めとする、上位魔物はヤレンかカルケに任せる。
私は雑魚を倒しながら戦闘の邪魔になる死体をマジックバッグに収納していった。
隠すことは早々に諦めたね。それよりも今は生き残る方が大事だ。後の事は彼らの善性に期待しよう。
「僕らもいくぞ!」
「おう! ようやく綺麗な足場で戦えるぜ!」
そして、最初からこの村を守っていた翠級冒険者の2人。この人たちもメチャクチャ強い。
身体強化の使い方や動きもそうだけど、使っている武器も
そんな彼らがようやく本領を取り戻せたのだから、いくら上位魔物がいると言えども、殲滅にそう時間はかからないだろう。その時がいち早く来ることを願って、私はヒットアンド回収を続けるのであった。
ワラワラ現れる魔物に対処すること半日程度。
順調に魔物の数は減っていっている。にもかかわらず私の不安は大きくなっていった。
というのも、この村に来たあたりから聞こえ出していたあの妙な音が段々と大きくなっているのだ。
「あれ? 今揺れた?」
「え、そうか?」
「そうだよ。あと、ドンって低い音が聞こえた気がする」
冒険者たちの中にも、同じ音に気の付く者が現れだす。
そして、彼らより遥かに耳の良い私にはその音が何なのか、輪郭程度にはわかり始めてきた。
これは雷でも、花火でも、爆発でもない。何かが大地を揺らす音なのだ。
何かと言われると、私はただ音を聞いているだけなのでわからないが。
「あの、話があるんだけど……」
例え信じてもらえないとしても一応言っておくべきだと思い、私は皆にこのことを伝えた。
「あん? 何かってなんだよ」
「分からない……でも、かなり巨大な何かが地面を揺らしながらこっちに向かってきてる……」
「ミナト、どうしてこっちに来てるってわかるんだ?」
「それは音が段々大きくなっているから」
依然、信じては貰えない様子だが、数人同じような音を聞いたものがいることで、一応取り合っては貰えるという状況。
「うーんそうだな。恐らくミナトたちが何らかの音を聞いたのは確かだろう。ただ、対応は保留だな。流石にまだ魔物の対処以外に人手は割けない」
「わかった。私は報告したかっただけだから、それでいいよ」
カルケの言葉はもっともだったので、私は不安を引きずりつつも大人しく引き下がった。
それから、さらに時間が経過した。もう夜が近い。魔物の数はかなり減ってきているがまだ安心はできない。
私たちは一度大きな休息を取りつつ、状況について話し合っていた。
例の音がまた大きさを増しているのだ。音だけでなく、地面の揺れも確実にあると感じられるほど。こうなれば、私でなくても何かがあるのはわかる。
「確かに、何かがこっちに向かっていると思って間違いないな。この地鳴りからして、かなりデカい魔物か」
「デカい魔物ってーと、巨緑鬼か?」
「巨緑鬼?」
「ミナトは戦ったことがないのか。巨緑鬼というのはあの木くらいの大きさの小鬼ってところか。動きが鈍い分、攻撃力が高く、再生力の高いタフな魔物だ」
「へぇ、ソイツがこの地鳴りを?」
「いや、どうだろう。デカい個体の巨緑鬼だとしても、こんな音が聞こえてくるほどの地鳴りを起こせるものなのだろうか」
カルケは眉を顰めた。
私は確かにその巨緑鬼とやらを見た事はないが、今大地を震わせているエネルギーがそんな魔物1体によって引き起こされたものだとは到底思えなかった。あの感じは言うなれば、大地が怒りを示しているような、そんな人では到底抑える事ができないもの。そう、災害と同じ理不尽さを持つような。
ダメだ……だいぶ荒唐無稽な思考になってしまっている。
「ここで考えていても始まらねぇだろ。後で偵察にいくぞ」
ヤレンはそう言って、すくと立ち上がる。その絶妙なタイミングだった。
「カルケ! 休憩中すまん! ちょっと来てくれ!」
冒険者の焦った声が聞こえてきた。呼ばれたのはカルケだけだが、気になった私とヤレンも一緒に着いていく。
村より少し離れたところに冒険者たちが集まっており、地面に横たわるものを不思議そうに眺めていた。
「おわっ! マジかよ……」
「うむ。飛竜だな。大物……だが……」
うわ、これが飛竜なのか。
飛竜は賤飛竜の上位互換のような魔物である。体長1メートルほどの賤飛竜と比べると、今目の前にいる飛竜は10倍以上大きさが違う。
しかも、ただスケールアップしただけではない。胴体は賤飛竜みたいにヒョロヒョロじゃなく、ずっしりと肉厚で、堅そうな鱗に覆われていた。
イメージ的には、ミナトが昔ゲームでひと狩りしていたようなやつ。完全な姿なら私も凄く感動したんだろうけど、残念ながら目の前の飛竜はもう既にボロボロで片方の翼や胸あたりの鱗がグシャグシャになっていた。
「これを誰が?」
「ああ、仕留めたのは俺だ。だが、ここへフラフラ飛んできた時点でもう虫の息だったぞ」
大物を仕留めたにもかかわらず、浮かれた様子がなかったのはそのせいか。
「なに? じゃあ、誰が──はっ!?」
カルケは何かが繋がったかのように、突然山脈の方へ目を向ける。
「まさか、アレがやったのか?」
その言葉で恐らくこの場の多くの者が感づいたであろう。そして、カルケと同じ方向を見た。
音が聞こえる。ズシン、ズシンと低く響く音が鼓膜から入り込んで、心臓に纏わりついてくる。
聞こえてくる音も地の揺れも、気づかない内に随分大きくなっているように思えた。
これは完全に私の予想でしかないけれど、恐らく今回起きた『狂乱』、原因となったのはこの謎の存在なんじゃないだろうか。そう思った根拠は災害を思わせるこの地響きと、この身体の震えだ。
「……行ってみるか?」
ヤレンがポツリと呟いた。
その言葉に返事をするものはいない。だがヤレンは続けた。
「何がこっちへ来ているのかは知らねぇし、倒せるとは思わねぇ。だけどよ、何かしらの情報は持ち帰るべきだろ。じゃないと、この村だけじゃなく、他の村も……いや、国ごと消されるぞ」
「あ、ああ……そうだな。すまん少しビビってた。でも、結局やらなきゃなんだよな」
「おう。だが無駄に死んだりしねぇよ。サクッと情報を持ち帰って、村のヤツらと一緒にパレタナへ逃げればいい。後は国軍の仕事だ」
「国が動くかは分からんが、そうするしかないか」
そして私たちは、この地響きの原因を調査するための人員を選出する。それ以外は安全の為、生き残った村人を連れて、最初に助けた西の村へ合流させるのだ。
一先ず、調査組としてカルケが選んだのはヤレンにカルケ……そして私だった。
「待て! こんな小さい子に行かせるくらいなら俺が!」
「落ち着け。今回は相手と戦うわけじゃない」
「そうだぜ。それにコイツは魔法位も高けぇし、いざという時に身体強化バリバリで街まで帰ってこられるだろう?」
私は顔を隠すように、深くフードを被り直した。
他人の瞳の色というのは意外と意識していないと印象に残りづらいものなのだが、ヤレンが余計なことを言いやがった。今の私は紫色の瞳の色を変えていないのだ。
「わ、私は大丈夫だから。それよりも残った人は、村の人を連れて西の村に合流するんでしょ。そっちの方が大変じゃん」
「それはそうだが……」
「食料は色々持ってきてるから、持って行っていいよ」
私は誤魔化すようにマジックバッグから、大量の食糧品を出して冒険者の男に手渡していく。
そんな感じで、私は無理やり他の冒険者を納得させた。
さて、そんな話をしている間にも、地鳴りの音は大きくなっていっている。
今度こそ、最後の正念場となりそうだ。
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