第103話 狂乱は続く
昼すぎから始まった戦闘は更に夜通し続いていた。
交互に休憩をとっているとはいえ、そろそろ疲労も限界に近い。
魔物は基本的に夜の間は活動をやめるか、動きが鈍るはずだった。しかし、かなり数が減ったとはいえ、魔物は未だ現れている。
それがこの村で起きているだけならまだしも、他の村でも魔物との戦いが繰り広げられているというのだから状況の大変さがよくわかる。
「これが『狂乱』か……。いったい何がこんな事態を引き起こしたんだろう」
一度ミナトの考えで魔石を餌に疑似的な『狂乱』を引き起こした私だけど、今直面しているそれは規模がまるで違っていた。
以前の『狂乱』が市民プールで人が手を繋いで作った波ならば、今回のは大海で発生した大津波。そのくらいには違う。
「過去発生した狂乱の原因のほとんどが自然災害だった、なんて話を聞いたことがある」
同じく休憩をとるカルケが私の独り言に対して反応した。
「災害? 地震とか?」
「そうだな。アイツらも生き物だから、地震や噴火、洪水によって住処を変えざるをえない事もある。もしそれが広範囲に及ぶなら、そこに住む魔物たちが一斉に住処を移動するなんてこともあるだろう」
「じゃあ今回はソフマ山脈で地震かなにかがあったってこと?」
「それはあるのかもしれないが、『狂乱』が起きるほどの災害を、山脈の近くに住む俺たちが感知できていないのは、なんというかこう……腑に落ちないな」
それは確かにそうだ。地震は確かに恐ろしいが、余程の強さでないとあれだけ大勢の魔物の住処を潰すのは難しいと思う。また噴火なら溶岩流や火砕流、火山灰も発生するだろうし、まずここからなら分かる。
「恐らく、災害級の何かがあったんだとは思う。それ以上は確かめてみないとわからないな」
結局わからないことがわかった。そんな感じ。
それよりも、ソフマ山脈で起きているという異変によって、クラナねーちゃん達が住むあの里に何かしらの被害がないかどうかが心配だ。
一応、結界を再構築して、魔物たちが集まってこないようになってるはずだけど……。
この村での『狂乱』が終わりを迎えようとしているのか、出現する魔物の数は段々と減っていっている。今では村の片づけをする余裕もできてきた。
まずは魔物や魔獣の死体の山をどうにかせねば。放っておけば衛生的にも問題だし、何より残ったままの魔石がまた別の魔物を呼び寄せる危険がある。
けれども、少ない村の人口でこれをどうにか出来るはずもなく。
「どうする? 燃やすかあ?」
「燃やすったって、燃料が足りないぞ。ヤレン」
「だからって、埋めるにしてもあれ全部が入る穴なんて掘れねぇよ」
冒険者たちも無い知恵を絞って考えるが、いい案は浮かばず。
「あの、私ならどうにか出来るけど」
そんな中、私には解決策があった。だた、あまり大ぴらにしたくない
一緒に死線を乗り越えたコイツらを信頼しないわけじゃないけれど、やはり危険はある。
「これなら、いくらでも保管しておけるから」
だが、出し惜しみしている余裕はないと、私は自分のマジックバッグを使うことを提案した。
とりあえず、その辺に転がっているバラバラになった森樹鬼を収納してみる。
「ええっ!? お前それどうなってんのォ!?」
ヤレンを始め、冒険者たちの中にはマジックバッグを知らない者も多い。だから私はこれがいかに便利で貴重なものか、持っているだけで命を狙われるほど価値のあるモノだという事を素直に伝えた。
「なるほどなぁ。とんでもねぇ女だと思っていたが、こんなもんまで隠し持っているとは」
「お願いだから皆内密にしてよ」
「おう」
「頼むよ。もし裏切ってバラしたら皆殺しにするからね」
「わーってるよ。俺らはスラム育ちのバカだが、筋の通らないことはしねぇ。頼み込んで付いてきてもらったアンタを裏切ろうとするヤツなんかいねぇよ」
「ほんとかなぁ……」
イマイチ信用ならないけれど、これを衆目の元に晒したのは他でもない自分だ。もう何も言うまい。
とにかく私は村中に溢れる死体の回収にかかった。
この作業に費やした時間はなんと丸一日。予想を大きく上回る時間だ。
当然その間にも魔物は出現しているわけで、それらの対処は全て他の冒険者たちに肩代わりしてもらっていた。魔力の温存をしておきたい私には渡りに船の仕事だったが、ほんの少し罪悪感も湧いた。
「おーし、だいぶ綺麗になったな」
ヤレンが死体の無くなった村を見回して一言。
村人たちも魔物の数が減った辺りから村の中を自由に移動しているので、復興作業にも力が入り出している。
そして、再びこの村に来て4日が経った朝。ついに魔物の出現が途切れた。
これには村人だけならず、冒険者たちも大はしゃぎ。
今すぐ飯と酒を出して宴会! ……と言いたいところだが。
「他の村の様子も見に行きたい。ヤレンにミナト、悪いが付いてきてくれるか?」
そう、『狂乱』の影響はこの村だけに及んでいるわけではない。他の村が陥落し、そこから魔物が流れ込んでくることもあるだろう。
一先ず私はヤレン、カルケ共に東隣の村へ向かうことになった。
なお隣と言っても、電車でひと駅とかそういうレベルじゃない。隣村へは馬を走らせてさらに1日という距離だ。
今回も牽牛獣のお世話になりそうだ。
3時間ほどかけて東隣の村へと到達する。
急いで駆け付けた村の状況は、最初の村よりはるかに酷いものだった。
破壊された家屋は当然として、魔物にやられたのかバラバラにされた人間の遺体がそこら中に存在する。
そして、魔物の波がまだ引いていない。戦闘はなおも続いていたのだ。
牽牛獣にしがみ付いた私は、その状況の酷さに思わずその手の力が抜けそうになる。
「まずい! すぐに助けにいくぞ!」
「ならこのままツッコむぞ! お前らしっかり掴まっとけよ!」
「えっ!?」
ヤレンがまた牽牛獣に魔石を食わせ、腹を蹴る。すると、最高速度に到達した巨体はそのまま魔物の群れへと向かっていった。
「なっ! 牽牛獣!?」
とんでもない勢いで現れた牽牛獣を戦っていた冒険者たちも認識する。
牽牛獣は勢いを保ったまま魔物どもを踏みつぶし、また吹き飛ばしていった。
この牽牛獣の安定感よ。吹き飛ばした小鬼や赤銅鬼の群れがまるで発泡スチロールのようだ。……って赤銅鬼?
牽牛獣の勢いが落ちてきた所で、私たちはそこから降りる。
「今ぶっ飛ばした中に赤銅鬼がいたよ!」
「ああ、確かに俺も見た」
カルケは眉を眉を顰めて言った。
「おい、周りをみて見ろ。赤銅鬼だけじゃねぇ。ところどころ猪剛鬼や賤飛竜もいるぜ」
ヤレンの言う通り、ずいぶん厄介な魔物の数が多かった。
最初の村では数が多いと言っても、小鬼や森樹鬼、その他は魔獣くらいしか見なかった。だけどここはだいぶレベルの高い魔物で溢れているようだ。
だが、私たちのやることに変わりはない。コイツらを片付けるだけ。
「おい! 聞こえるか!? 俺たちで魔物を挟撃するぞ!」
「わ、わかった!」
カルケが向こうの冒険者に指示を送る。私も魔物との戦いに向けて、あらゆる感覚器官に意識を集中させた。
「……ん?」
その結果、私の聴覚が初めて妙な違和感を捉えた。
何か重い音が響くような。落雷か、もしくは花火のような。だけどそれは規則的に鳴り続けている。
「おい、どうした?」
「なんか変な音しない? ドーン、ドーンって」
「ああ!? 魔物の鳴き声かなんかだろ!?」
「そうかなあ」
「おい、集中しろ! 今戦闘中だぞ!」
いや、集中した結果なんだけどな。
まあ私にしか聞こえないということは相当遠くで発せられた音ということだ。今は置いておいて、目の前の魔物を屠る事だけを考えよう。
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