第102話 パレタナ北の村防衛戦
牽牛獣の引く馬車はこれまで経験したことのないスピードでソフマ山脈までの街道を爆走していた。
ヤレンが裏技を使ったのだ。
牽牛獣は賢く人に慣れているとはいえ、所詮魔獣だ。魔石のひとつでも口に放り込んでやれば、限界を超えた速度で走り出す。
……ただ人が快適に乗っていられるかどうかはまた別問題。
「うおっ、あおっ、ヤバっ、振り落とされるっ!」
「ちょ、ヤレンこれは……!」
「おいおい、テメーら喋ってると舌を噛むぞ!」
明らかに車両の性能の方が速度に追いついていないのが分かる。これ、その内ぶっ壊れるだろうね。
まあ、頑丈な綱が車体と魔獣を繋いでいるので、車輪が破壊されてもちゃんと掴まっていれさえすれば問題は無いだろう。
……いや、言う程問題ないか?
早速、身体強化を使うことになりそうだ。
安全バーのないジェットコースターのようなスリル感を堪能すること、だいたい6時間。なんとか車体がもったこともあり、予想を大きく上回る早さで私たちは目的の農村へたどり着いた。
「うわ……」
そこで私たちを待っていたのは、半壊した村だった。ビフォーの姿を知っているだけにこの光景は中々に凄惨だ。
辺りには小鬼やら森樹鬼やらがうじゃうじゃしている。
「おい、あれを見ろ!」
冒険者の一人が、この村で一番大きい家屋だった場所を指さす。
そこには木材を使った即席のバリケードが何重にも築かれ、最早家屋というより小さめの砦と化していた。
辺りの魔物はその砦を目掛けて進んでいる。
「村の人間は皆あそこに避難しているのかもしれない! すぐに救援に行くぞ!」
魔物や魔獣はまず生きている人を狙う。ならば狙われているあの場所には人がいると思って間違いないだろう。
私たちは馬車から降りると砦に向かって走り出した。
「オイ、ミナトォ! ちょっと数が多い! 一発大きいのやってくれ!」
砦よりほど離れた場所、魔物の渋滞が発生している地点を指さしてヤレンが叫ぶ。
「いや、待ってそれは魔力が!」
「ああ!? 前はバンバン打ってただろ! 出し惜しみすんな!」
「うう……ああもうっ! わかったよ!」
爆破の魔法はコストが高い。出来るなら今は封印しておきたい魔法だったが、この状況じゃあそうも言ってられないか。
一発だけ。そう心に決めて私は、一番多くの魔物を巻き込めそうな場所目掛けて爆破魔法を放った。
瞬間、轟音と共に一帯の魔物共が吹き飛んでいく。
「ヒュー、やっぱやるねぇ」
「どうも。でも、これ魔力的にあんま使いたくない」
「ああ、だが穴は作れた。一気に攻めるぜ。テメエら行くぞ!」
ヤレンの掛け声で20人ほどの冒険者たちが一斉に、爆破の余波で混乱している魔物たち向けて襲い掛かる。
私も身体に魔法による強化を施して、それについて行った。
「そいっ!」
私は一体の小鬼を剣で切り伏せる。フォニに買って貰った剣だ。どうか力を貸して……。
「オラァ!」
ヤレンを始めとした冒険者たちは次々に魔物を屠っていく。中には防具すらまともにしていない人もいるのに、皆アグレッシブだ。
私たち一団の気迫は凄まじく、あっという間に砦付近まで切り込むことが出来た。
そして、そこへ到達して、あることに気づく。
「なんだこれ、スゲェ誰がやったんだ!?」
冒険者の一人が目を剥いて驚いている。遠くからでは分からなかったのだが、砦の周りには魔物の死体が山のように積まれていた。魔物たちはそれを乗り越えようと突撃を繰り返している。
「んなもん、決まってんだろ! アイツだよ! 砦を作ったもの、全部カルケだ!」
ヤレンがその名前を口にした瞬間、上空を一体の小鬼が飛翔した。
どうやらそれは砦の中から飛んできたようで、グロテスクな音を発しながら砦の外の地面に落ちる。当然ながら、その小鬼はもう息絶えていた。
「ヤレンか!? 助けに来てくれたのか!」
砦の中から張り上げるような声が聞こえてくる。
「カルケ! おうよ、無事なんだな!」
「ああ、だが死体を乗り越えて、何体かこっちに入り込んできた! 今そっちの対応に追われている!」
「なら外は任せろ!」
「頼んだ!」
意思の疎通もそこそこにヤレンはまた、魔物への攻撃の手を強めた。
目にも留まらぬ速さで数の多い小鬼たちを切り伏せ、防御力の高く厄介な森樹鬼に対しては的確に唯一の急所と言ってもいい魔石の辺りを狙う器用さも見せる。
コイツ、こんなに強かったのか。前に賤飛竜を相手にしていた時は、フォニの足元にも及ばないという印象だったけれど、今は膝上くらいまではある。
「おいボケッとすんな!」
「っ! 今行く!」
っと、今は人を評価している場合ではない。このままでは魔力が無くなるとか、エルフがバレるとかそれ以前に、生命の危機すらすぐ側にあるような状態だ。
私も気張らなきゃ!
ひたすら魔物と戦った。殺しても殺しても、魔物はソフマ山脈の方角から現れる。
もはや私たちは魔物の死体の上で交代に休憩をとるような状況にまでなっていた。
とはいえ、砦に近づく魔物の対処は済み、村民たちの解放という意味では目的を達している。
砦内が安全になったことから、カルケも外に出ての戦いを始めていた。
改めて感じた彼の強さは相当なもので、ヤレンがフォニの膝上なら、カルケは胸の辺り。両者ともにフォニを越えられていないのは、単純にフォニが強すぎるだけだ。
まあ、フォニはともかく、カルケのおかげで戦いにもそれなりの余裕が生まれ始めた。
またしばらく戦いが続く。
その内順番が来て、私の休憩の時間となった。
まず初めに、私は今の自分の魔力量を確認した。体感的にはそこまでの消費はしていないはず。そして、鏡を見たところ、瞳はまだ紫色に輝いていた。ミナトが残していった魔力はまだ健在だった。
「はぁ……」
思わず安堵の溜息が出る。瞳の色が黒に戻った時、私はミナトの置き土産を使い果たしたということになる。いつかその時は来るんだろうけれど、やっぱり怖い。
「あの、どうぞ」
森樹鬼の身体の上で休んでいたら、村の女の子がヨロヨロと危なげに水と干した芋を渡しにきた。
男じゃない。村もようやく私という人間がわかったのかな。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ助けに来てくれてありがとう。あなたも私とそんなに年が変わらないように見えるのに……」
「言っておくけど、これでも成人済みだからね?」
「ええっ!?」
驚く顔が可愛らしかった。うん、やっぱり可愛い女の子と話すと元気が出るね。
「あの、それ食べづらくないですか?」
「……これでいいの」
被って紐で取れないようにまでしたフードを指摘される。今、エルフだとバレたらどうなるだろうか。まさか魔物との戦いを放ってまで私を捕まえるなんてことはしないだろうけど、やっぱりこれを解放する勇気はない。
「それより周辺の魔物は出来るだけやっつけたけど、新手がいなくなった訳じゃないから。まだ隠れていて」
「あ、はい。ありがとうございます」
女の子が砦の中に戻るのを見送って、私は休憩を終えた。
もう少し頑張ってくるか。
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