第101話 不合理な選択
私が宿で引きこもっている間に、この国では大変なことが起きているらしい。
王都パレタナ北地区冒険者ギルドでは、慌ただしく人々が走り回っていた。
「髭面……じゃなかった、おじさん。今大丈夫?」
適当に髭面を捕まえて話を聞いてみる。
「お、おお、その声はミナトか! って、なんで顔を隠してる?」
「ああこれね。どうやら私は超絶美少女らしいから、トラブル防止のために顔を隠すことにしたの」
「何だお前急に自意識過剰になりやがって──と、そんな事を話している場合じゃない! 大変なんだ!」
「ああ、うん。なんか『狂乱』がどうとかって」
私はここまでやってくる間に、この街を騒がせる不得意多数の声を聞いていた。
魔物、狂乱、ソフマ山脈、北門……エトセトラ。
北地区に入って、特に登場回数の多かった単語を繋ぎ合わせる。その結果、ソフマ山脈側から大量の魔物がこの街に向かってくるかもしれないという事がなんとなくわかった。
いや、ヤバいじゃん。どうして街の人はもっと騒がないの?
私が泊まっていた中央地区の宿周辺では、誰も魔物がどうとかなんて口にしていなかった。
宿のおばちゃんは通常通り仕事をしていたし、住民は街の雰囲気が違うことには気づけても、実際起こっていることまでは認識できていない。
北ギルドはこんなにもてんやわんやしているというのに……。SNSが発達した現代日本なら、まずありえない情報格差だ。
そこでふと気づく。噂話にあった、中央の貴族たちが一日中馬車を動かしているという情報。もしかして、貴族たちはすでに魔物の脅威を認識しているのではないだろうか。
気づいたうえで、自分たちがスムーズにこの街を脱出できるよう、庶民への情報の開示を敢えて行っていない……とか。うーん、どうだろう。
まあ、今は貴族の事なんてどうでもいいか。
「魔物たちの対処は可能なの?」
「今やってるが、正確なことはわからん。何かがあったのか、ソフマ山脈からは絶えず魔物が下りてきている。この王都にはまだ到達していないが、北方の村では今も戦闘が続いている状況だ」
「予兆はあったの?」
「それが全くなかったんだ。むしろここ数年は魔物の数は減少傾向にあるくらいだったのに……今では、すでに飲み込まれてしまった農村もいくつかある」
「えっ、じゃあ、私が前依頼で行ったあの村は?」
「まだ、とは聞いているが、時間の問題だろうな……」
その言葉を聞いて、一瞬頭が真っ白になった。
どうしてだろう。あまりいい思い出もないのに、もう二度と行きたくないとすら思っていたのに、折角守ったあの村が魔物に襲われるのを想像すると、胸が苦しくなる。
「今、北地区の冒険者たちが総出でソフマ山脈近くにある農村まで向かっている。出来れば『藍』以上の冒険者には参加して欲しいが、強制は出来ない。ギルドの人間としてこんなことを言うのは間違っているかもしれないが、お前はまだ若いし、この街の人間じゃない。死にたくないなら行くんじゃねぇぞ」
そう言って、髭面は走って何処かへ消えた。
そして、私はひとり騒がしいギルド内にポツンと取り残されてしまった。
村を守りに行く。
恐らくミナトがいたなら、私は気楽な偽善の気持ちでこれに加わっていただろう。でも、今の私に使えるリソースは限られている。
果たして、ミナトが置いて行った膨大な魔力をここで使ってしまっていいのだろうか?
冷静に判断するなら、答えはノーだ。私の目的は家族を助け出す事であって、誰かのヒーローになることではない。ならば温存がベター。今すぐノインと婆さんを連れて、国外へ逃げるべきだ。
そうだ、髭面も言っていた。強制ではない。私はまだ若いしそれに女だし、この国に居場所があるわけでもない。貴族すらこの街を去るこんな状況で、そんな私が取る選択を誰が非難するだろうか。
…………。
なのに、私の足が扉へ向かわないのはなぜだろう。
私は理に適わない正義感が心の中に湧き出てくるのを、必死に抑え込もうとした。
それでも私は──
その時、扉がひどく乱暴にこじ開けられる音が室内に響いた。
「お前ら、待たせた! アホ商人から牽牛獣パクって来たぜ!」
唐突に現れたのは、あの海賊みたいな容姿をした不良冒険者ヤレンだった。
彼の登場によって、ギルド内は爆発するように湧く……が、途中から来た私には状況が飲み込めない。
「なあっ! お前はっ!」
取り残されるように茫然としていた私を、不意にヤレンの視線が捉えた。
「ちょっ!」
ズカズカとこちらへ向かってくるヤレンに私は最大限の警戒を強いられる。
これから魔力の節約をしないといけないって時に……!
恐らくこの世界でもタッパのある方だと思われるヤレンの影が私に迫ってくる。
──が、突然それは視界から消えた。
「アンタ、この間依頼で一緒になったミナトだろ!? 頼む! アンタも狂乱の鎮圧に参加してくれ!」
「へっ?」
ヤレンはこれでもかというくらい深く頭を下げ、私に懇願してきたのだ。
「ど、どうして?」
「どうして!? そんなもん、アンタがつえーからに決まってんだろ!」
「いや、そういう事じゃなく!」
「ああ!?」
何言ってんだ、とでも言いたげに怒鳴られる。
でもわからないのは、どうしてコイツが私にそれを乞うのか、ということ。
だってお前そんな熱いキャラじゃないじゃんって、そう思ったから。
「どうして危険を冒してまで、狂乱を鎮めようと思うの? そこまでこの国はあなたにとって大切なの?」
「な、なんだよ突然……そんなのわかんねぇよ。国なんて『混じりもの』の俺にはなんもしてくれねぇし……でもよ、ムカつくだろ!? 俺らが体張って守った場所が魔物どもにメチャクチャされるなんてよ! アンタは思わねぇのか?」
「……思う」
ヤレンと話して、やっと自分の気持ちがわかった気がした。
どうして私はあんな村を思って、胸が痛くなってしまったのか。
私はあの村に関わってしまったのだ。そこで見た光景、出会った人、知ってしまった事、それが良いものだろうと悪いものだろうと、私は私の時間をあの村へ捧げたという事実は変わらない。そして、ここが賤飛竜に蹂躙されないようにと行動した。
そんな場所が私の知らないところで壊される。それはやっぱり胸糞が悪いじゃないか。
「行く。私もこの国を守る」
だから私は、こんな非合理な選択をしたのであった。
「本当か!? ありがとう! 助かる!」
「うわっ! さわんな!」
「おっと、すまん。それより、早速出発の準備をしてくれや。商人から牽牛獣を借りてきたんだ。村まで半日で行けるぜ!」
こうして、私はたったひとりで大きな壁に立ち向かう事となった。
今後の事を考えるとちょっと恐ろしいが、まあ大丈夫、なんとかなるさ。時には理に適わない選択肢がトゥルールートに繋がることもあるからね。
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