第100話 ひとりぼっちのパレタナ
晩御飯を食べている時、ちょっと目を惹く給仕のお姉さんが前を通った。
(ミナト、ここの給仕服、ちょっとメイド服っぽさがあって可愛くない?)
私はいつも通り、ミナトに同意を求めた。
でも、返事はない。
(はぁ……)
ミナトが私の中にいない。
こんなことは彼が私の中に来て、初めての事だった。
原因はハッキリしている。ノインを抱いた……というよりノインに襲われた事だ。
強すぎる刺激に耐えかねて私はそのまま気絶したのだけど、ミナトはその前に身体の感覚とのリンクを完全に絶ってしまったようだ。それは、どうなるかわからないからと、私たちが避け続けてきた事だ。
……こうなってしまうのか。
ノインの店にいた時は未だこの状況を楽観視する自分がいた。でも今、そんな余裕はない。
実感してしまったのだ。私はこんなバカみたいなことで、人生最大とも言える窮地に立たされているということに。
身体の感覚とのリンクが微かにでも残っていれば、外からの刺激をトリガーにミナトはまた戻ってこられる。でも、完全に繋がりが絶たれてしまった今、ミナトがどうなってしまったのかすら分からない。
今でも私の中で眠っているのかもしれないし、繋がりが切れたことで私の中からどこか別の場所へ飛んで行ってしまったのかもしれない。もしかしたら成仏……いや、やめよう。
とにかく私としては出来れば、前者であって欲しい。ただどちらにせよ、私は何をすればいいのかわからない。
「キミ、一人? こっちのテーブルで一緒に食べない?」
「……っ」
「うわ! ちょっとそんなに急いで食べなくても」
「はは、フラれてやんの」
ミナトがいた時なら、こんなに動揺しなかっただろう。
男なんて自慢の魔法でやっつけてやればいい。今まではそんな感じで調子に乗っていた。でも、ミナトから魔力が生れなくなってしまった今、残された魔力を無計画には使えない。私の元々の≪黒≫の魔力だけでは、偽装魔法すら満足に使えないのだから。
私は急いで食事を済ませ、逃げるように宿へと戻った。
雑踏の中、私は身体の震えを抑え込むのに必死だった。今の私は自分でも引くぐらい臆病になっている。
魔力もそうだけど、自分の中にもうひとりの誰かがいてくれる状況が、どうしようもなく私を支えてくれていたんだ、と自覚した。
翌朝、私は宿で目を覚ます。
(ミナトー! いるー!?)
起きがけにミナトを呼んだけど、彼は戻って来ていなかった。
さて、今日はどうしようかな……。
計画通りなら、もう次の街へ行く予定だった。でも、こんな状態で旅立つのは不安だ。
そうだ、しばらく宿に引きこもって暮らそう。偽装魔法に使う魔力も勿体ないし、もしかしたらひょっこりミナトが戻ってくるかもしれないから。
問題の先延ばしにしかならないとは分かっていても、他にできることが見つからなかった。
とりあえず、1週間ほど部屋で引き籠もった。それでもミナトは戻ってこない。
どうにかヤツを引き寄せるトリガーはないものか……。ミナトの好きなものに触れればひょっこり戻ってきたりしないかな。
私は考察に考察を重ねて、行動した。
本当は良くないことだけれど、魔法を使って宿にいる他の女性の着替えをのぞいてみたり。ミナトが好きだったいい匂いのする石鹸を使って体を洗ってみたり。
でも、だめだった。彼は戻ってこない。
諦めるわけにはいかない。もう少し延長して粘ってみよう。
「すいません、同じ部屋をあと7日延長してください」
「……延長は別にいいんだけど、あなたここの所ずっと部屋に篭って、一体何をしているの?」
宿のおばちゃんが心配するほど、私は徹底してこの宿を離れなかった。
今は魔力の節約の為、偽装魔法を使わずフードを深めに被ることで外見を誤魔化している。未だ気づかれてはいなけれど、厳しい検問なんかはパスできないだろうな。
宿の部屋で過ごすようになって、3週間。今だに状況は変わらず。
私は宿屋併設のあまり美味しくない食堂で朝食をとっている。
耳を隠すため、食事中も深くフードを被っていた。もしミナトがいたら、行儀が悪いからやめろ、と怒るだろう。彼女の母親は行儀にうるさい人だったから。
「なんか最近街の様子がおかしいよな」
「そうか?」
「そうだよ。大通り見てみな、貴族の馬車が一日中行き来してるぜ」
噂話を盗み聞きした。
(へー、何があったんだろうね)
…………。
返事がない。わかっていたけれど、何かの間違いでミナトの意識が釣れないかと思って、私は何度も問いかけている。
(ミナト、お願いだから戻ってきてよ……)
そして、それはいつの間にか懇願に変わっていた。
(ミナトがいないと)
私はミナトがいないと何もできない人間だった。
ベッドの上で目を瞑り膝を抱えていると、ミナトと出会う前に思っていたことが鮮明に思い出される。
私はどうしてこんなにも無力なんだろう。家族も居場所も奪われ、それでも何もできずに何処かへ売られていくのをただ待っている。
もしあの時、私の中にミナトが現れなければ、あのゲームの通りに世界が進むのであれば、私は多分何もできないまま、誰かに虐げられてその生涯を終えていただろう。
頭に冷たいものが上っていく。
なら今はどうなんだろう?
確かに今、ミナトはいない。なら私は箱の中で馬車に揺られていたあの頃に戻ってしまったの? あの頃から何も変わっていないの?
自分に問いかける。
それは違うと、誰かが言った気がした。
今私の中には人の顔が沢山浮かんでいた。
クラナねーちゃん、ラーヤねーちゃん、ルーナさん、フォニ、ノイン。
ミナトと出会って、彼の生前の記憶を得て、ふたりで新しい記憶をその上に重ねていった。皆と出会って、私が得たものはミナトと一緒に消えてしまったのか。
そんなはずはない!
その時、私の背後で突風が起きた。
「あら、ようやく出かけるの?」
「あ、はい。ちょっとギルドまで。あと、その、宿の予約を明日までに変更できますか?」
「明日までね。わかったわ。いい加減あの部屋の掃除もしたいし、ちょうど良かった」
宿屋のおばさんが台の上に置いた過払い分のお金を懐にしまって、私は宿の外へ向かった。
いい加減私は前に進む。
ミナトが、魔力の配給が無くなっても何とかやっていくしかない。皆からもらった知識や技、気持ちがまだ私にはある。
「うっ……」
扉を開け放ち、久々に吸った外の空気は嫌に埃っぽかった。
今から私はギルドへと向かう。それはこの街からの出発を知らせるためだ。『青』ランクとなった私には出発と到着をギルドへ報告する義務がある。面倒だけど、まあ最後にあのやる気のない髭面の顔でも見ていくか。
私はフードを深く被り直し、乗合馬車が出る駅に身体を向けるが──。
ドドドド。
嘶きを伴って、馬車が私の前を通り過ぎた。
……出鼻を挫きやがって。
まあ私の感情はともかく、今日はやけに街が慌ただしい。他の客がしていた噂話でも街の様子がおかしいという事だったが、本当に何かがあったんだろうか。一応、情報収集をしながらギルドまで向かおう。
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