第99話 ピロートーク

「この灰色の瞳を持つ種族……魔族って言うんですけど、私たちは自分から魔力を作ることが出来ません」


 ノインは自分の涙袋あたりを抑えながら、魔族について説明してくれた。


 魔法位は一般的に『灰』『黒』『褐』『藍』『青』『翠』『金』『紅』『黄昏』という並びで語られる。


 『灰』が最弱で、『黄昏』が最強だ。


 だが、実際世間では『黒』が一番下という認識が人々の中にある。それはなぜかというと『灰』の魔法位の人間など、ほぼ存在しないからだ。


 どれだけ魔法位が低くても『黒』はある。それはつまり、全ての人間は少なくとも魔力を作ることができるということ。


 ならば自分で魔力を作ることができない『灰』の魔法位を持つ魔族とは何なのか。


「純人の皆さまの中には、魔族を魔物の一種だと言う人がいます。ちゃんと人の心がある私としては勿論違うと言いたい所ですが、実際私たちは魔力を作れず、人から魔力を盗み取ることを得意とします。だからその主張を否定できないのです」

「そんな……」


 確かに似ている特徴だけをあげつらうと、『淫魔』はその別名の通り人の形をした魔物だ。


 だが勿論、そんなことはないと言える根拠もある。


「でも、ノインは魔物みたいに私を襲ってこないし、身体に魔石だってないでしょ?」

「ふふふ、そうですね」


 そもそも魔物はこんなに可憐に笑ったりできない。


「私は魔族を差別したりなんてしないから!」

「わかっていますよ。でもありがとうございます」


 リアはなんだか居たたまれなくなって、ノインの身体に抱き着いた。


「私の魔力ならいくらでも吸っていいからね!」

「ありがとうございます。純人の皆さまの中にはあなたさまや、シュトラさまのように優しい人もいます。そんな方々のおかげで私は生きていけるのです」

「……シュトラさまってだれ?」

「あ、すいません……先ほどあなたさまを案内していた者です。私の奴隷としての主ですね」

「あー、あの婆さんか」


 あのクソ怪しい婆さんは優しいのか。気味の悪い笑い顔からは想像できんな。


「先ほども言いました魔族を魔物として狩ろうとする人たちから私を守ってくれますし、ひもじさでおかしくなりそうな時には、そっと抱きしめて魔力をくれます。あの方もそんなに魔法位が高くないので、吸わせて頂くのは気が引けるのですが……」

「そっか……。いい婆なんだ」


 今思えばノインは最初現れた時、ちゃんとした服を着ていた。あの婆さんが寒くないように、と渡したのだろう。


 非純人に厳しすぎるこの世界で、こういう関係が存在するのは少し救われる気持ちになるな……。


 リアの頬も自然と緩んだ。


「ところで、あの……」


 抱きしめたノインの身体がピクリと動く。


「そろそろ……しませんか?」


 ノインは上目遣いでこちらを見ていた。それを認識した瞬間、色気やら可憐さやらの多量摂取で、リアは爆発しそうになる。


「するっ!」

「はい。ではまずどういう形で……」

「私がノインをいっぱいさわったりしたい!」

「うふふ、わかりました」


 欲望を解放したリアは、思うままノインの身体を貪るのであった。






「ノインすき。もっと匂い嗅がせてぇ」

「はい、私も好きですよ。はいどうぞ」


 生まれたままの姿になったノインを抱き締めながら、リアはゴロリとベッドに寝転んだ。


「こんなに魔力で満たされたのはいつ振りでしょうか。本当にありがとうございました」

「私こそ、ありがとう。こんなに柔らかいおっぱいに埋もれたのは、クラナねーちゃん以来だった……」


 ノインは本当に凄い。可愛いし柔らかいしいい匂いもするし、気遣いだって上手だ。


 後、黒髪が良い。日本人の女の子を思い出すからだろうか。


 この世界にも彼女のような黒髪の女性はいるけれど、生前の世界ほどメジャーな色ではない。恐らく瞳の色と同じで、魔力が何らかの影響を与えているんだと思う。


(ノイン好き好き好き好き!)


 リアもこの通り、この短時間で目にハートマークを浮かべるようになっていた。


「とてもよかったです。また抱いてください」

「勿論! あっ……でも、私もうすぐこの街を出ていくんだ」

「そう、なんですか……」


 ノインは寂しげに肩を落とした。


「旅をしててね。別れてしまった、家族を探しているんだ」

「そうなんですか。私に家族はいないので、よくわかりませんが……会えるといいですね」

「ありがとう」


 ちょっと不用意な発言だったかなと後悔しつつ、それでもノインがあまり気にしていない様子なので素直に礼を言う。


「でも、これっきりなのは寂しいですね」

「また来るよ。この国へ来たら真っ先に!」

「お待ちしています」


 言いながらノインはリアの腕から逃れ、四つん這いの状態でこちらを覗き込んできた。


 いや、その姿勢ヤバ……。


「あの、最後にもう一度していいですか?」

「え、また?」

「最後だと思うと、寂しくて」

「……っ! 勿論いいよ!」


 ふと、ライオンはメスから誘う云々という話を思い出してしまった。


 何故なら、ノインの目が獲物を狙う時のそれだったから。


「あの、先ほどあなたさまが言ってくれたこと、覚えていますか?」

「え、どれだっけ」

「私が魔物とは違うと言ってくれたことです。魔物のように襲ったりしないと」

「ああ、うん。言ったね」

「実はあれはちょっと違いますね」

「え? どういうこと?」

「私、今あなたさまのこと、食べちゃいたいなーって思ってます」


 ガバリ。


 四つん這いのままのノインが突然リアに覆い被ってきた。


 彼女は蠱惑的に笑っていた。


「へ? 何をするの?」

「先ほどはあまり私の方から触れなかったので」

「いやでも、私触られるのが苦手で……」

「それは経験がないからでしょう? 試してみましょうよ」

「ええ……うーん」


 リアは当然乗り気でない。


 実は俺たち、今まで一度も自分の身体でそういうことをしたことがなかった。今までの交わりでも、徹底的にそこを避けてきたのだ。


 だって、怖いじゃん。男の精神で女の快楽を知ると、頭がおかしくなるって言うし!


「いや、やめとこ? 魔力も十分吸ったでしょ?」

「優しくしますから」


 これが男相手なら魔法をぶっ放して終わりなんだが、女の子相手だとどう対処していいかわからない。


 リアはノインの成すがままに、股間に手を入れられた。


「いきますよ」

「え、ほんと、ちょっとマジで!?」


 そして──


「いぎっ!?」


 なにこれ!? 痛い!? じゃない? かといって、気持ち良いわけでもなくて、ただただ刺激が強い。


 え、無理無理無理!


 不快とか、そういうレベルを超えた嫌な感覚が精神を蝕んで来る。


 あ、ダメだこれは……。


 俺は咄嗟に、この刺激から逃げ出す為の最終手段をとってしまうのであった。








「はっ……」


 目覚めると真っ暗な天井が目に入った。


「ああっ、ミナトさま。よかった……目を覚まされたのですね」


 ノインが私の顔を覗き込んでいる。


「あれ、私どうしたんだっけ?」

「えっと、その、行為中に突然眠ってしまわれて」

「ああ、そうなんだ──って思いだした! ノイン、私触られるのダメだって言ったよね!?」

「ごめんなさい。あれはやはり気を失われていた、ということなのですね」

「そうみたい。次からはしないようにね」

「はい……」


 シュン、と肩を落とすノイン。


 確かに強引なのは嫌だったけれど、勿論彼女を嫌いになったわけではない。


 私は彼女を抱き締めて背中を撫でた。


 …………。


 ところでなんか違和感が凄い。


 心にぽっかり穴が空いたような。


「ところで、あの……」

「ん? どうしたの?」


 ノインの身体を離すと彼女の視線は、私の顔……をちょっとズレたところに向かった。


「その耳……」

「耳? ……耳!」


 ハッとして、耳に手を当てる。


 ヤバい! 偽装の魔法が解けている。


 私は慌てて魔法をかけ直した。だが、もう彼女に隠す意味はない。


「見た?」

「……見ました。ですが、誰にも言いませんよ」

「お願いね。じゃないと私はあなたも、あのお婆さんも始末しなきゃいけなくなる」


 厳しい言葉を告げるが、ノインは分かっていたように頷く。


「あの、先ほどおっしゃっていた家族というのは……」

「想像のとおり、奴隷として売られてしまった家族。勿論エルフだよ」

「そう、だったんですか。なんというか、凄いですね。言ってしまえばたった一人で敵国に乗り込むようなことを……」

「偶然だけど、私には魔法という力があったから」


 家族を探す旅について、アイサねーちゃんたちも凄いと言ってくれていたけれど、私自身はそう思わない。


 私のように、ミナトという力が与えられたなら誰だってこの選択を取るはずだ。


 何故なら、彼の世界を知るという何よりも強い力を手に入れられるから。


 あの世界は愛と知識に溢れていた。ミナトの知識は選択肢を選んでいった物語が必ずハッピーな方向へ向かうことを教えてくれた。だから不可能なことも出来るって思えてしまう。


 まあそれをノインに伝えてもわけが分からないってなるから言わないけど。


「とにかく、もうそろそろいくよ。寝ちゃったし、時間もそろそろでしょ」

「あ、はい。そうですね……」

「また会いに来るよ」

「絶対ですよ? ──むぅ」


 あまりにノインが可愛かったから、思わずチューしてしまった。


 名残惜しいけど、そろそろ行かなきゃ。本当に彼女に溺れてしまう前に。


 ノインと過ごした部屋を後にする。出口のあたりにはお婆さんが待っていた。


「クヒヒ。どうだい楽しめたかい?」

「うん。来て良かった」

「そうかい。なら、あの子を連れて行くかい?」

「え……?」


 思いもよらない言葉に私は固まってしまった。


「それはどういう」

「そのままの通りさ。アンタにあの子の所有権を移すんだよ」

「お婆さんはそれでいいの?」

「いいよ。あの子が幸せなら。アンタなら魔力には苦労しないだろうしね」


 その提案はノインを心から好きになりかけていた私にとってあまりに魅力的だった。


 だからこそ心苦しい。


「……私は旅の途中なんだ。危険だっていっぱいあるだろうし、ノインを連れてはいけないよ」

「そうかい」

「でも、あの、連れて行くことは出来なくても、今ここで私に出来る事ってないかな……」

「そうだねぇ」


 お婆さんは気味の悪い笑みを引っ込めて、何やら真剣に考え始める。


「効率は悪いのだが、魔石があれば多少はあの子にひもじい思いをさせずに済むかもしれんな。だが、今は魔石の値が上がって──」

「魔石!?」

「うぉっ!?」


 色々と都合がよすぎて私は飛び上がりそうになった。


 そうなんだ。魔石の魔力でもノインの足しになるんだ。魔石といば、ちょうどフォニから大量に渡されたものがあるじゃん。


「これでどれくらい持つかな?」

「アンタ今その大量の魔石をどこから……まあいいか。これだけあれば、数年はあの子の魔力補給が賄えるはずだよ。でも、いいのかい?」

「いいよ。その代わり私が迎えに来るまで男には近づけないでね」

「クヒヒ。この店も終いだね……」


 家族を見つけて、ノインを迎えに行って、それでクラナねーちゃんの所へ行く。


 今私の中では、ありえるかもしれない未来のシミュレート(妄想ともいう)が行われていた。


 ノインとねーちゃんの2人をお嫁さんにして、また家族と一緒に暮らす。


 そんな素敵な未来。


 そこには当然、ミナトもいるはずなのに。


 ──いつになったら、彼は起きてくるんだろうか。

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