第96話 賤飛竜

 依頼を受けた翌日、ギルドに行ってみると、目的の農村まで送り迎えをするという馬車が止まっていた。その周りには今回同行するであろう冒険者たちがその出発を待っている。


(え、待って。女がいないんだけど?)


 男だらけの状況にリアは絶望する。


 昨日のギルドの状況を見て予想はしていたが、確かにこれはむさ苦しい。


 農村は王都パレタナから馬の引く車で数日の場所に存在するらしい。フォニ達可愛い女の子と囲まれるのとは違い、浮浪者一歩手前のような男たちの横でその時間を耐えるのは精神的にかなりキツそうだ。


「俺は翠級のカルケだ。よろしく」


 参加する冒険者の中では比較的装備の整った男がリアに握手を求めてくる。


「っ……」


 差し出された手を見て一瞬固まるリアであったが、カルケと名乗る男の視線に下心が無いのを確認すると仕方なしに魔法を解除してその手を取った。


「わ、私は藍級のミナト。翠級ということは、あなたが討伐の指揮を執る冒険者で合ってる?」

「そうだ。『賤飛竜』の討伐経験はそれなりにあるから、安心してくれ」

「わかった」


 挨拶もそこそこに、カルケという男はまた別の冒険者の元へ挨拶に向かう。


 歳は20代中盤くらいの淡い青髪の男で、魔法位は『青』とそれなりにやるようだ。そしておそらく参加者の中で一番ランクの高い立場にいながら、他の参加者へ挨拶回りをするなど好青年ぶりも見て取れる。


 今まで出会ってきた人間でいうなら、カイドさんタイプだ。信頼するかはともかく、警戒のランクは下げて良さそうに思えた。


 カルケとの挨拶が終わると、リアは車内皆が馬車に乗り込む。リアは四方に人がいると落ち着かないので、颯爽と一番後ろの席を確保した。


 そしてしばし出発を待つ。


「よしそろそろ出すぞ」


 いよいよ出発という時間になって、御者のおじさんが合図を出す。ちょうどその時、ソイツは現れた。


「おいちょっと待ってくれ~」


 軽薄な声と共に現れたのは、赤みがかった茶髪を肩まで伸ばした男。無精ひげも相まってまるで海賊のようなビジュアルだ。


「ヤレン! 遅いぞ!」

「るせぇ。テメェらが早すぎんだよ。まだお日さんも昇り切ってねぇじゃねーか」


 遅刻ギリギリでやって来た男を諫めるのは青髪の好青年カルケだった。名前を知っていることから彼らが知り合いであることがわかる。


 そして自分が遅れて来たのにもかかわらず、逆ギレするヤレンという男。コイツはダメだ。警戒マックスでいいな。


 冷めた目でヤレンという男を見るリアだったが、タイミングが悪くそのヤレンと目が合ってしまった。


 しまった、と思って目を逸らすがもう遅い。


「おっ、おっ? 女がいるじゃねーか珍しい」


 ズカズカと馬車の奥まで入ってくる。


「うわ、しかも滅茶苦茶キレイどころ! ちょっとガキくせぇけど、ぜんぜんイケる。ラッキー。おらどけ」


 そう言って、彼はリアの隣に座っていた初老のおじさんをどかせた。


「ああっ、ちょっと君! やめといたほうが……」

「んだオッサン。邪魔だよ」


 おじさんを強引に追い払ったヤレンはドカッと、リアの隣に腰掛けた。


「いいね、いいね。北の依頼は男ばっかりでうんざりしてたんだが、たまーにこういうラッキーがあるから──ギャッ!!」


 まあ、無断で触ってくるようなアホには当然電気ショックが発動するわけで。


「ああ、だからやめといたほうがいいって……」


 実は追い払われた初老のおじさんもリアの洗礼を受けたアホなのであった。


 そんな感じで、性欲モンスターに囲まれての移動が始まる。


 男だらけで居心地は当然悪かったけれど、リアの魔法のおかげで危険はなかった。


 カイドさんが言っていた「冒険者は舐められたら終わり」という言葉は真理だ。二度も電気ショックを披露した後、リアにちょっかいを掛けようとする冒険者は誰一人おらず、安心安全な馬車旅が続いた。





 パレタナを出発してからほぼ2日後の朝、馬車は目的の農村へ到着した。


「いやあ皆さま遠い所をわざわざ……」


 順々に馬車を降りていく。すると、すぐに村人らしき中年の男が揉み手をしながら近寄ってきた。


「いえ、お待たせいたしました。我々が到着したからにはご安心ください。一休みして、準備を整えたらすぐに作戦会議を始めます」

「おおっ、なんと頼もしい!」


 冒険者代表としてカルケが話をつけていた。彼はこっちとしても頼もしい存在であった。


 それから俺たちは村が用意してくれた家で、移動の疲れをとる。


 リアが案内された家は女性用として用意されたものだが、女はリアだけなので実質個室だ。他のヤツらは雑魚寝状態らしい。すまんね、おかげでゆっくり休めそう。


 そんなラッキーもあって、しっかり移動の疲れを取ったリアは早速作戦会議に臨む。


「皆、しっかり休めたか? それじゃあ作戦会議を始めるぞ」


 進行はやはりこの男、カルケである。


「賤飛竜を集団で討伐する際には定石の陣形というものがある。今から説明するから皆にはその通りに位置取りをお願いしたい」


 彼はこの中で一番冒険者ランクの高い『翠』であるにもかかわらず、偉そうな命令をすることはなかった。そして全員に挨拶して回る根回しが効いたのか、第一声で異議を唱える者も出てこない。


「よし、では説明するぞ。いいか?」


 皆が真剣な表情になったところで、カルケは手元の布を広げてみせる。そこには何度も説明に使われてきたであろう、陣形の図解が描かれていた。


「ふむ」


 リアはそれを興味深そうに見つめる。


 どうやら話によると、この陣形を採用するか否かで、効率や負傷率が大きく変わってくるという。何度も賤飛竜を討伐してきた彼の経験がそれを裏付けていた。


 その陣形の特徴とは、賤飛竜が人間を襲う際のパターンを逆に利用していること。


 奴等は獲物である人の魔法位を読み取り、敢えて高い魔法位の人間を避けることで少しでも生存率を上げようとするようなズル賢さがある。


 その習性を利用し、攻撃の方法を工夫するのだ。具体的には、魔法位の高い人間を集団の先端に据え、その他の人員を三角形になるように配置、所謂魚鱗の陣を作る。先端の人間が攻撃すると同時に後ろに控えていた人員を左右に展開し、先頭を避ける賎飛竜を囲むのだ。


 なんとなく話だけ聞いていると小難しい気もするが、過去の成功例があることから机上の空論というわけではないのだろう。


「それで配置についてなんだが」

「先頭は勿論、この俺だよなぁ!」


 作戦の大枠が伝えられ、次に何処に誰を配置するか、という話し合いが始まる。すると、早速ヤレンが我を出してきた。この作戦における先頭はやはり美味しい位置なんだろうか。


「いや、今回の先頭はヤレン、キミじゃない。ミナトだ」


 カルケはそう言ってこちらを指さしてきた。


「はぁ!? アイツはまだ藍級だろ?」

「ヤレン、作戦の内容を理解しているのか? 戦闘力じゃない、重要なのは魔法位なんだ。それで言うと、あの子は最高位。むしろ彼女じゃなければ作戦が崩壊してしまう」

「ちっ、そうかよ。なら、俺は鱗の端っこの方にしてくれ。逃げて来たヤツを一網打尽にしてやる」

「一応、全員の魔法位を確認してからな」


 陣形は魔法位を元に緻密に組み上げるらしい。三角形の頂点に一番強い魔法位を置いて、左右の頂点にそれぞれ二番と三番を置く。この集団で言うなら、真ん中が≪黄昏≫のリアで右が≪翠≫のヤレン、左が≪青≫のカルケだ。その他の人員は先に決まった3点を埋めるように配置されるのだが、彼らも慣れているようでいちいち文句を言うやつはいなかった。


「はぁ~いつもなら俺がど真ん中で暴れられるのによ」


 この男以外は……。


 こちらに聞こえるように言って来るのが鬱陶しくて、敢えてリアは無視を決め込んだ。


 はあ、こんなんで大丈夫なのか?


 そんな心配を抱えつつも、俺たちは村人の案内で賤飛竜が巣を作っているという森の入り口へ向かう。


 意外だったのだが、ヤツらは木の上に巣を作っていた。ドラゴン的な生き物を想像していたので、正直拍子抜けした。まるで自分たちがスズメバチの巣を駆除しにきた業者みたいだ。


 実際目立つ木の上を見てみると、枝葉を使って作られた大きな巣が見える。そこには、体長1メートルほどの生き物がニョロニョロ蠢いていた。ドラゴンというよりも、翼の生えた蛇だなあれは。


「木の上にいるヤツらはどうするの?」

「投石や魔法で攻撃して、逃げたら放っておく。奴等はすばしっこいから、全滅させるのは不可能だ。しかし、目的は巣を潰すことだから、それで問題ない」


 巣が無くなれば、何処か別の場所へ逃げるか、こちらに襲い掛かってくるかの二択らしい。


「ミナト、適当な魔法で巣を攻撃してくれるか? 俺がやってもいいが、≪黄昏≫のキミの方なら余裕だろう?」

「ああ、わかった」


 先頭にいるし丁度いいな。


「じゃあ、撃つよっ!」


 リアはここから確認できる全ての巣に向けて、順々に爆破魔法を使っていく。殺傷力よりも破壊力を優先したのだ。


 全ての巣を攻撃し終わると、賤飛竜たちがギャーギャーと声を上げながらそこら中を飛び回る姿が見えた。見たところ、まだ逃げているやつはあまりいない。


 爆破の煙が収まる頃には賤飛竜たちは一斉にこちらを睨んでいた。どうやら始まるようだ。


 とにかく、作戦通りにリアが前へ出て攻撃しなければ。


 今度は確実に殺すことを考えて、個々に光魔法を使っていく。だが、どうにも命中率が悪い。話の通り、明らかに賤飛竜はリアを避けるように動いていた。


 すると横から雄たけびのような声が聞こえてくる。


「オラァ足引っ張んてじゃねぇぞ女ぁ!」


 ヤレンはリアの獲物を横取りするような勢いで、リアを避けるように浮遊する賤飛竜へ向けて青く光る剣を振っている。勢いはあるけれど、速さも力も現在同じランクであるフォニの足元にも及んでいなかった。


 一方でカルケは冷静に、賤飛竜の攻撃に対処していた。ヤレンとは逆に、勢いはないけれど1匹2匹と確実に獲物を仕留めていっている。


(負けてられない!)


 リアはそう思って、光魔法を撃ちだす速度を上げた。


 グミ撃ちは負けフラグとはいうが、実際やられた方はたまったものでないだろう。凄い勢いでリアの近くにいる賤飛竜は落ちていく。


 それからは早かった。ものの数分の間に残った賤飛竜も駆除し終え、いつの間にか鳴き声も聞こえなくなっていた。

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