第95話 混じりもの

 商会へ足を運んだ翌日。またリアに身体を返し、早速仕事を探しに冒険者ギルドへ向かうことに。


 王都パレタナは大きく、ギルドが南北に存在する。その中でもソフマ山脈の方角にある北支部が一番大きいらしい。なので、まずはそちらへ行ってみる。


 滞在している宿がある中央地区から北支部へは、結構な距離があったので道中は乗合馬車を利用する。


 中央地区は王家を象徴する色だという白をメインにした家屋で揃えられた非常に美しい街並みだったのだが、途中雑多な建物群が立ち並ぶ景色に変わった。


 よく観察してみるとその区域からは浮浪者や物乞いの数が異様に増えていたのだ。俺はそこでようやく北地区へ入ったことに気づく。


 そしてまたしばらく馬車は進む。結局、冒険者ギルドの北支部は中央地区から変化した街の雰囲気を引きずったような街角に存在した。ボロボロで年季の入った建物。だが、規模の大きさで言うと、これまで訪れたギルドでも一番という大きさだ。


 中へ入ってみるとこれがまた凄い。ワイワイガヤガヤ。教師にキレられる寸前の教室みたいに、いたる所で話し声が飛び交っていた。


 そして、なんというかみすぼらしい人が多かった。皮鎧すら身に着けていないボロボロの服を着た人が明らかに前線を担う人が持つような長剣を背中に担いでいたり。そんな装備で大丈夫……ではないだろとツッコみたい。


「女だ……女がいるぞ」

「しかもかなりの上玉だぞ。おら、お前いけよ!」


 彼らは限界を迎えた男子高校生並に、脂っこい視線を向けてきた。実際に、リアの尻に向けて手のひらを出したヤツもいたがそいつは電気ショックの自動防御魔法に阻まれ尻もちをついている。


「ギルド内での戦闘は勘弁してくれよ」

「私に言われても。コイツらが手を出してきたんだから」

「まあ、そうだな」


 リアに面倒そうな視線を向けるのは受付に立っていた髭面の男。女性職員じゃないのは初めてかもしれない。


「ん? 俺がどうかしたか?」

「いや、ここはお姉さんじゃないんだと思って」

「まあな。こんな空間にうら若い女性を放り込んでみろ、5秒でひん剥かれるぜ」

「確かに……」


 リアのように魔法で撃退出来るならともかく戦闘力のない女性には厳しいか。


「失礼だけど、ここは随分柄が悪いんだね」

「本当に失礼だな。まあその通りだが。ところで、アンタは他所から来たのか?」

「まあね。登録はネイブル」


 そう言ってリアは目の前の髭面に冒険者証を渡した。この人、見た目はファンキーだけど、職員だけあって随分理性的だ。それ故に話しやすい。


「じゃあ知らないか。この街の北側には『混じりもの』のスラムがあるんだ。コイツらみんなそこのヤツらだよ」

「『混じりもの』?」

「おいおいそれも知らないのかよ……」

「聞いた事もない」

「ああそうか。お前ネイブルから来たんだったな。それならまあ、知らなくても不思議はない。いいか? 『混じりもの』ってのは、亜人との間に生まれた子供、またはその子孫のことだ」

「えっ」


 思わずリアは後ろを振り向く。視線の先には、先ほどと変わらずガヤガヤ騒ぎ立てる冒険者たちの姿がある。


「でも、みんな純人じゃん」

「アンタ何も知らないのな。純人が亜人とガキを作っても、純人しか生まれないぞ」

「えええっ!」


 驚愕の事実に開いた口が塞がらない。そんな法則がこの世界にあったのか。


 ああ、でも思い返せば、隠れ里にいた純人と獣人の間に生まれた子供も皆純人だった気がする。当時はてっきりランダムに生まれるもんだと思い込んでいたのだ。


「でも純人しか生まれないなら、どうやって見分けをつけるの?」

「見た目からは無理だな。差がつくのは教養だ。『混じりもの』はロクに教育もされずスラムに放り出されるパターンが多いから」

「……そう」


 驚きから世知辛い話に変わり、リアは思わずため息が出た。


「あと『混じりもの』の間で、ごくたまーに獣人の子が生まれることがあるんだ。まあ速攻で商人へ売られるけどな。まあ、そういうところでも見分けはつく」

「はぁ……」


 なんか嫌な見分け方だな。


「奴隷にこそされないものの、『混じりもの』は純人であり純人扱いされない存在だ。特に中央のヤツらはコイツらに対して差別意識が強くてな。『混じりもの』には彫り物を強制する動きなんかもあったくらいだ」

「なにその理不尽。もういっそのこと、ネイブルみたいに亜人禁止にすればいいのに……」

「あれはあれで極端な気もするが……まあ理不尽なのはそうだな」


 日本でも差別があるように、異世界の都市でも差別の問題はあった。本当の意味での人種というものが存在するこの世界ですら、同じ純人同士で纏まれていない。なんとも無情な話だ。


「まあそんな奴らがこのギルドで身体を張ってくれているおかげで、中央のヤツらは安全に暮らしていけるんだがな。皮肉な話だ」


 差別を受ける彼らはきっとロクな仕事につけていないのだろう。そのセーフティネット的な役割を、ギルドは持っているという事か。


 特にこの北地区はソフマ山脈から降りてくる強力な魔物の討伐が盛んな場所だという。危険だからこそ、差別している人たちに押し付けているのか。しかしそれなら、この人たちがいなくなったらこの街の守りは相当薄くなってしまうわけで。彼の言う通り中央に暮らす純人たちは、忌み嫌う『混じりもの』が作った安全の中で過ごしていると言っても過言ではない。


 そう思うと、ちょっとはこの人たちに優しくしなくては。


「女~乳揉ませろ──あ゛っ!!」


 と思うかどうかは少しの間、保留させてもろて……。


「で、『藍』級冒険者のミナトさんは仕事を探しているんだよな?」

「うん。出来れば魔物の討伐が良いけど」

「なら丁度いい。ここでは殆どが討伐系の依頼だ」


 言いながら、髭面は書類をペラペラ見比べている。藍級に見合う仕事を選別してくれているのだろう。


「お、これなんて丁度いいんじゃないか? これだ。確認してみろ」


 そう言って渡された書類には、依頼の概要が書き連ねてあった。


「えっと、農村の近くに巣を作った『賤飛竜せんひりゅう』の駆除、および7日間の防衛……ねぇ」

「討伐の指揮は翠級冒険者が取る予定だ。アンタは指示に従っていればいいだけだから楽だろう?」

「うーん、まあ、報酬もいいし。7日拘束されるのはちょっとやだけど」

「これでも短い方だぜ? 魔物が多い時期なんかは月の丸々をひとつの村に付きっきりなんてざらにあるしな」


 まだ里から下りてきて1年経っていないので実感はしていなかったのだが、統計的に魔物が多い時期というものがある。ハツキさんによると、魔物は人の魔力から生まれるわけなので、その生命活動がある程度、人間集落の規則的な営みに影響されてしまうそうな。


「ところで『賤飛竜』とは?」

「ああ、それも知らないか。えっと、『賤飛竜』ってのは、スケールアップした蜥蜴に翼を生やして獰猛にしたような魔物だ。特徴は知能の高さと素早さ。肉食で家畜や人間を狙う。『賤』とつくのは単純に、でかい『飛竜』と呼び分ける為であって、決して弱い魔物ではないから気をつけるんだぞ」

「なるほど」


 言ってしまえば、ちっさいドラゴン? それともワイバーンというやつか。


 いよいよファンタジー染みた存在との邂逅であったが、いざソイツと戦うことになると興味よりも不安が上に来る。


(ミナト、どうしよう? この依頼受けた方がいいかな?)

(まあ、受けるしかないんじゃないかな。丁度いいって言ってるんだし、それに拘束される日数も比較的少ないみたいだし)

(そうだね。あと『賤飛竜』とかいうやつとの戦闘経験は積んでおきたい)


 不意に出会った時、慌てないように、だな。


「わかった。その依頼受けます」


 そう言ってリアは依頼書を髭面に手渡した。

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