第94話 ミナトの交渉

「さて、早速ですが、当商会に何をお求めですかな?」


 ソファへ腰かけると、早速話が始まった。


 盗み聞きしていた限り、ムラッサはいかにも面倒そうにしていたはずだが、今はそれを思わせない態度だ。流石は営業のプロと言った感じ。


「先ほど表でも言いましたが、この商会は亜人を扱っていると聞いています」

「なるほど、確かに私どもは亜人の売買事業手掛けておりますな」


 『も』というからには、他にも事業を広げているのだろう。


「それで、ミナト様はどのような亜人を御所望でしょうか」

「そうですね……もう言ってしまいますが、私はエルフを探しているのです」

「なるほど、エルフですか。それはそれは……」


 ムラッサは怪しく笑った。


 その表情からは一切の感情が読み取れない。こういうヤツを前にすると、自分がエルフであることを悟られないかが不安だ。


「私はエルフという生き物が『好き』なのです。麗しく悠久の時を生きても衰えない容姿、高い知能に魔法位。まるで理想の人類ではないですか。そんな存在を自分の『モノ』にすることが私の夢でした」


 エルフを物扱いするセリフを口にするのは業腹であるが、こういうちょっと変態チックな気質をチラリと見せてやった方がエルフを求める少女像として自然と受け入れられるはず。


「それは同感ですな。あなたの言う通り、エルフは美しく、頭がいい。しかし、あなたもエルフには引けを取らないほど美しく、聡明な顔つきをされていると私は思いますよ。はっは」

「お、おほほ。お上手ですねぇ」


 そういうのいらんねん……。キャラがブレそうになる。


 ただゴマをすったムラッサ本人は、すぐに申し訳なさそうな表情に変わった。


「しかし、申し訳ない。今エルフは取り扱っていないのですよ。あなたも好きだというなら存じていらっしゃると思いますが、彼らは本当に稀少で、数が限られている」

「ああ、やはりそうですか……」


 と、まあここまでは分かっていた。一発目から当たりを引くほどこの世界はうまく出来ていないのだから。


「ならば、情報を売ってくださいませんか? どんな些細なことでもいいのです。私はどうしてもエルフが欲しい」


 俺は別の切り口から食い下がる。

 

「そうですね。大した情報は出せませんが、それでよろしいのなら……」

「お願いします!」


 幸いなことにムラッサは情報の出し惜しみをしなかった。


 ただ、彼の言う通り具体的な情報があるわけではなかった。そうして、彼から得られたエルフに関する情報は2つ。


 1つ目は、数年前にガイリンから数人のエルフが奴隷として大陸の南へ流入したという事実。その殆どが売りさばかれ、それから新しいエルフの入荷はない。


 これは言わずもがな、リアの住むエルフの里が襲われ、そこから連れられた数だろう。


 そして意外な事にエルフ以外の亜人奴隷もガイリンの治安悪化が原因で商品としての数が減りつつある現状が続いているらしい。そっちも、もはや在庫は期待できないという。


 2つ目の情報は、エルフを危険視する商人が一定数いること。これは数年前の入荷の際に、大金はたいて競り落としたエルフが運送を担っていた冒険者を殺害して逃亡するという事件が起こったことに起因する思想だ。……もう何も言及する必要ないな。


 ここで俺たちが気にするべきは、大陸の南へ流入したエルフだろう。そう、確かにエルフは南へと流れているのだ。このまま、南諸国を回っていればいつか家族の手掛かりを掴めるのではないか。その考えに信憑性が増しただけ、今日はここへ来て良かったと言える。


「ありがとうございます。えっとこれはいかほどの……」

「いえいえ、これは別に商材に出来るほどの情報でもないので、お代は頂きませんよ」

「あ、そうなんですか。ありがたいです」

「代わりと言ってはなんですが、ウチの商品を見ていきませんか?」

「えっ?」


 そうして始まったのは、フラット商会の主力商品の営業。その殆どが装飾品だった。


 一応フラット商会は亜人奴隷を扱う商会ではあるが、年々増えるネイブルでの商売機会と亜人奴隷不足により、もはやメインは装飾品になっているそうな。


 結局俺は情報の代価にと、暖房機能の付いたブレスレットを買わされた。これはいわゆる魔道具で、魔力を流すと周りの空気を暖めてくれるという代物なのだが、正直リアの魔法で何とでもなる機能だ。なので、まあいらない。


 でも俺は買ってしまった……。


(なんでこんなの買うの!? 100万ガルドだよ!? 100万!)


 裏でキレるリアだった。だが、情報をタダで頂いた以上、買わないというのはどうしても押しに弱い俺には無理だった。いやー、商売人って怖いわ。


「毎度ありがとうございました。今後もフラット商会をよろしくお願いします」

「ど、どうも……」


 無駄に100万ガルドを使い込んでしまった虚脱感で今にも丸まってしまいそうな背中を必死に伸ばしながら、俺は商会を後にした。


 だが、まだ用事は終わっていない。


 商会を出た後、すぐ近くの植え込みに隠れる。


『帰ったな。ふぅ……なんというか、飲み込まれそうになるくらい綺麗な少女だった。それこそ、エルフみたいな』

『ですね。案外、自身もエルフだったりして』

『バカいえ。耳が丸かっただろ。俺はアーガストの貴族が飼う本物のエルフを見たことがあるが、こうもっと尖っているんだ』


 屋敷の中から聞こえてくる雑談をエルフ耳が捉えた。当事者がいないところだと、やはり本音が飛び交う。


『アーガストですか。未だあそこにエルフを飼う余裕のある貴族がいるとは』

『内乱より前の話だよ。今はもう手放しているかもしれん』

『そうですか。でも、それを教えてやればよかったのでは?』

『教えても良かったが、あれ以上金が出そうになかったのでな。アレは見目麗しく、着飾ってはいるが、中身はガイリンの田舎者だよ。少年のようなガサツさが話をしていて伝わってきた』


 いや、バレてんじゃん。やはりやり手の商人というべきか、それとも俺の行動と言動がダメダメだったか。


 ただ流石に彼もこうやって話を盗み聞かれているとは思わないだろう。


 結果、アーガストにはエルフを飼う貴族がいるということが新たにわかった。そちらへ行った際にはぜひ確認したいところだが、フォニが子供の頃あった内乱より前の話だとするとそれが家族だという線は消える。


 総合して、100万ガルド払った価値はなかったかな。


「だっはー! 疲れた!」


 俺は宿に戻ると、早速高価な服を脱いだ。


 鏡を見ればいつでも可愛いリアが見られるのはいいけれど、ドレスは少々動きづらかった。そこの感覚はゲームのアバターではありえない感覚だ。


(やっぱりああいう空間は気疲れするね。今日は身体を担当してくれてありがとう)

(おう。つっても成果は微妙だが……)

(こんなのに100万を使ったのは残念だけど、最初にしては情報が手に入った方じゃない?)

(こんなのって……)


 リア的には金額への執着というよりも、この単調な魔道具に金を払ったのが気に食わないみたいで先ほどからチクチクと突いてくる。


 でもこのブレスレット、現代日本人感覚で見ても作りは結構いいと思うぞ。まあ、乙女成分が精神に欠片も存在しないリアには必要ないだろうけど。


(結局、地道に各国の商人を回っていくしかないってことだな)

(そうだね。お金も溜めないといけないし)

(悪かったって……)


 100万、また頑張って貯めよう……。

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