第93話 パレタナの奴隷商へ
パレタナへ到着した翌日の昼過ぎ、俺たちはいよいよ奴隷商へ向かう。
場所は既に調べがついている。意外かもしれないが、この街の奴隷商はパレタナの王城からそう遠くない場所にあった。貴族や大商人など、所謂上流階級の人間が出入りするような地区だ。
まあ、奴隷なんて金持ちが持つものだ。そう考えると当然と言えば当然な気もする。さらに、エルフを扱っているような商人となると、雰囲気的には宝石店と変わらないだろう。
昨日貴族と関わらないようにしようと決意したばかりだが、早速フラグを回収しそうで怖い。何もない事を願おう。
そして、そんな格式の高い場所へ赴くのだから、当然準備は必要になってくる。奴隷商にしても今のままの冒険者然とした格好で向かえば、その敷居を跨がせてもらえない可能性すらあるのだ。
しかし、そんなことは事前に予想済み。リアはラーヤさんから良い物を買ってもらっていた。
今回早速それが活躍しそうだ。
(うおぉぉぉぉぉぉぉ! 滅茶苦茶かわえええー!)
光魔法で作った姿見に、ネイビーのドレスで着飾ったリアの全身が映る。
ラーヤさん曰く、大陸で一番服飾のセンスが洗練されているというアブテロの街。その中でもラーヤさんの紹介で訪れた、ルーシュさんのブティックで買ったこのドレス。
大人っぽく、それでいて黒よりもマイルドな印象を受けるネイビーカラーが、同系色であるリアの淡い紫色の髪によく合っている。
サイズも丁度よく、既製品とは思えないフィット感。この国の上流階級がどんな格好をしているか知らないが、このリアの可憐で気品に溢れた姿を見て場違いだと騒ぎ立てるようなヤツはいないだろう。
こんなリアが見られて、ラーヤさんには本当感謝しかない。
(ミナト、テンション高すぎない?)
(だってこんなクソ可愛いんだぜ。逆に、お前鏡見て興奮しないの? ビジュでユノ越えもあるって)
(お姉ちゃん越えは流石にのぼせすぎでしょ。ってか、なんか女装してるみたいで私的にはあがらないかな……)
(いや、お前、女装って……)
言い方はともかく、女が女の装いをして何で下がる……?
思えば、リアはスカートすら穿いたことがなかった。着飾ってどうこうという機会が無かったのはあるけれど、少しドライ過ぎやしないか?
(むしろどうしてミナトはそんなに意欲的なのさ?)
(俺はなあ……なんというか、この身体をアバター的な感じで捉えているから)
(あー……)
俺は主人公の性別を選択できるゲームなら、必ずと言っていいほど女を選ぶ。だってキャラクリや着せ替えで、こだわりの可愛い女の子を作ることが出来るから。
(で、丹精込めて作ったキャラが、ストーリーで男とイチャつきだしてコントローラー投げるんだよね)
(やめろよ……)
俺自身しか知りえない黒歴史を掘り返すな。こればかりは俺とリアの特性上で一番といってもいいデメリットだ。
(でも気持ちはわかるよ。安心して、私が男とイチャつくことは一生ないから)
(お、おう……)
安心なんだけど、それはそれで申し訳ない気持ちになる。
(私はそれでいいの。ほら、いつまでも鏡ばっかり見てないで早く行ってよ)
(はいよ)
最後に髪の毛や服装の乱れが無いか確認して、俺たちは奴隷商へと向かう。
着飾ったリアの姿は赤の他人が見ても破壊力抜群らしく、すれ違う人々は老若男女問わずリアに目を惹かれていた。
そして、その美しさからにじみ出る高貴さが触れてはいけない存在であることを周囲に認知させたのか、道中のリアに対する声かけは一切なかった。もしかしたら、貴族令嬢かなにかだと思われたのかもしれない。
上流階級の蔓延る地区に入ってもそれは変わらず、すれ違う人は皆リアに目を奪われ、その可憐さに思わず溜息を吐くのだった。
ようやく奴隷商が構える店の前までやって来た。
『フラット商会』と彫られた金属板がかけられた、一見豪華なお屋敷に見える佇まい。
ここら格式の高い地区一帯にある店は、庶民向けのそれとは違いデカデカと看板を掲げていたりしない。恐らく、商店の方から客の方へ出向くスタイルなんだろう。なら、ここは営業所というべきか。
でも、まあ、とりあえずドアノッカーを叩いてみる。
コンコン音を鳴らした後、しばらく待っていると、シルバーの髭を揃えたナイスミドルの男性が現れた。
「はい。フラット商会で──」
男は言葉の途中でリアの顔を見て固まる。
「し、失礼。フラット商会でございます。失礼ですが、当商会にどのようなご用向きしょうか。お嬢様」
彼はすぐに我を取り戻し、決まりきった文句を述べる。
「はい。私はここで亜人を扱っていると聞いて、やってきました」
「ふむ。確かに。では、商談のアポはございますかな?」
「ありません……。実は昨日、この街に入ったばかりなので。もしかして、アポが無いとダメですか?」
「それはとう──あ、いえ、少々お待ちください」
男の視線がこちらの全身を一周すると、彼は何かに気が付いたような様子で屋敷の中へと戻っていった。
『旦那様、たった今アポの無い女性が商談にと現れたのですが』
そして、中で誰かと相談を始めたようなのだが、エルフ地獄耳を持つ俺たちには全て筒抜けであった。
『アポなしだと? そんなもん追い返せ』
『ですが、その女性……というより少女ですね。どこかの高貴なお方のお忍びではないかと。私個人の見立てですが……』
『高貴なお方ぁ?』
『そうです。というのも、あの『レルーシュ』ブランドのドレスを着ているのです』
『な、なるほど。『レルーシュ』といえば、よく話題になっているネイブルの……。確かに、ただの冷やかしが着るにしては上等すぎるな。うぅむ……面倒だが、一応相手をしておくか。中へ通してくれ』
旦那様と呼ばれた、恐らくこの商会の主であろう男の声はこちらを拒まないようだ。決めてはこのドレスということで、早速これが役に立ってしまう結果に。
「お待たせいたしました。お嬢様。さあ、どうぞ中へ」
「ありがとう」
受け入れるかどうかの会話を聞かれたいたとも知らず、さも当然のように中へと案内される。
奴隷を売っているくらいだから鉄格子とか拷問部屋とかそういう物々しい想像をしていたのだが、実際は普通の小綺麗なお屋敷だった。奴隷は何処にいるんだ?
「さあ、こちらに会頭がおります。中へどうぞ」
執事っぽい男がある部屋の扉を開けると、中には小太りの中年がドッシリとソファに腰掛けていた。
「お待ちしておりました」
満面の笑顔を顔へと張り付けながら男は言った。
その体型から一見だらしない印象を受けるが、彼は実に精悍な目つきをしていた。伊達に商会の長をやっているわけではない。
「フラット商会の会頭、ムラッサと申します」
「ミナトと申します」
丁寧に挨拶を交わす。
個室で中年の親父と挨拶するのは2度目だが、ルーナさんとは違い、ムラッサと名乗る会頭の声色や息遣いからは妙な気品を感じてしまう。
そんなエレガントな雰囲気に充てられ、「何でもいいから雅やかな行動をしなくては」という謎の強迫観念に駆られてしまう。俺は祈りを捧げるように手のひらを組み合わせ、その状態のままお辞儀をした。
これは里のウサミミお婆さんが里長に対してやっていた、なんかいい感じのお辞儀。ただのお辞儀では味気ないと思ってとりあえずやってみたのだが……。
「ほう、それはガイリンで行われる所作ですな。失礼ですが、ミナト様はそちらのご出身で?」
「え、ええ、そうです……」
早速いらん設定を追加するというミスをした。いや、嘘はついてないんだけど。
「こちらの礼儀にはあまり詳しくはないので、お手柔らかにお願いします」
「はっはっは。そういうことなら勿論構いませんとも」
特に怪しまれるような様子もなく、俺たちはソファへ座るよう促された。
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