第92話 王都パレタナ

 マシュロ村を出発して3日とちょっとが経過した。


 今身体を動かしているのは俺だ。ここしばらくは自分が出ずっぱりだったから、と彼女なりに気を使ってきたのが理由。ただ、俺としては思うように身体が動かせないとしても別に鬱憤が溜まったりはしないのだが、その辺りは本来の身体の持ち主であるリアと感覚が違うのかもしれない。


 また野宿で、移動自体も足がないため道中はかなり大変だと思っていた。しかしこの辺りは魔物が少ないこともあって、イアナに教えてもらった国道までは意外と早くたどり着くことができた。


 国道沿いにはだいたい同じくらいの間隔で、簡素な宿場村があるらしい。とりあえず一番近くの村まで辿りついたら、屋根のある場所で体を休める。そして今度こそちゃんとした馬車に乗るのだ。


 決心を固めて、野草生い茂る道を進む。こう心に強く思ったことは大抵ダメな方向に向かうフラグだったりするのだが、今回ばかりは上手く事が運んでくれた。


 田舎のショッピングモールほどの広さを誇る宿場村に着いた俺たちは1泊した後、王都パレタナまで向かうという乗合馬車に同乗できないか交渉することになった。


 いくつかの業者に掛け合った結果、空きがあるというパレタナ便にお邪魔させていただくことに。


 通常は乗せないらしいのだが、倍の運賃を払う事でOKが貰えた。一瞬ボッタくられたかと思うだろう。しかし、金を払うならば、それ以外の見返りが求められることはない。やはり安心は金で買うものだ。


 多々トラブルに巻き込まれてきたリアは妙にダメな人間を引き寄せる悪運を持っている。用心に越したことはなかった。


 とにかく、王都までの足は手に入れられた。ようやく本来の目的である奴隷商巡りが出来そうだ。


 それから丸5日ほど馬車に揺られ、ようやく目的地へ到着した。


 パレッタ王国の王都パレタナは王国内の北部に位置する大都市だ。


 アブテロと同じく街の周りには巨大な外壁が聳え立っている。魔物という分かりやすい脅威が付き物なこの世界の大都市といえばこれがデフォルトだそうな。


 ただアブテロと違うところも勿論あって、検問がやけに雑だった事が気になった。


 ネイブルの都市だと冒険者であっても多少時間をとられるものだが、この街では流れ作業のように人が街に押し入っていた。


 そりゃあ、あの人攫いたちも素通り出来るはずだよ。


 リアが乗る馬車もそうだ。ネイブルならば信頼のある業者だけが許された予約便という形以外では問答無用で止められてもおかしくないところを、この街では途中で客を拾うような馬車が素通り出来てしまっている。


 俺たちからすると楽でいいのだが、治安を守る人にとっては大変だろうな。


 馬車が街の中を進んでいく。


 ちらほら物乞いが道に座り込んでいるのも、ネイブルでは見なかった光景だ。


 そして、極めつけには……。


「……っ!」


 馬車の木枠からとある光景が目に入ってきて、身体の操縦権が突然俺からリアに切り替わった。……はいいものの、リアは今自分に出来ることが何もないと悟って、ただ拳を強く握るだけに留まった。


(リア、大丈夫か?)

(……大丈夫。ちょっとショッキングだった。一応、こういうのはラプニツで経験しているはずなのにね)


 そう、俺たちが目にしたものは、頭に獣の特徴を持った人……が奴隷にされている場面。


 白い毛並みに三角形の耳をもった若い男獣人が首に鎖をぶら下げながら、主人と思われる中年女性に連れまわされたいた。


 その光景が想像以上に心へと刺さったのだ。


 いや、実を言うと彼らの扱い自体は思っていたよりもマシだった。別に鞭打たれながら歩いているわけでもなく、馬鹿みたいに重い荷物を持たされていることもなく、ただ首輪付きで歩かされているだけ。


 ただ、実感として思った。ああ、ここは敵地なんだと。自分が安心していられる場所なんかじゃないのだ、と。


 純人の国へ降りて、もう半年以上になる。今まで過ごしたネイブルでは人々は亜人に対して否定的だった。だけどこの国では良くも悪くも亜人に対する感覚が違う。


「乗り出すと危ないよ」


 気づかない内に木枠をはみ出していたリアを、隣に座っていた二十歳くらいの若い女性が制する。


「すみません」

「何を見てたの? ……って、ああ、アレか」

「あ……」


 視線の先を悟られてリアに僅かな焦りが生まれる。


 あれだけ複雑な表情を隠せずに獣人奴隷を見ていたのだ。しっかり自分の耳を隠しているとはいえ、不信感を周りに抱かせたのかもしれない。


「あなた、ネイブルから来たの?」

「えっ? あ、ああ……そうです」

「そう。ならアレには面喰うでしょうね」


 ネイブル人は亜人を不吉の象徴だと刷り込まれている。幸いなことに、リアの動揺はそっちと結びついてくれたようだ。


 今後こういうことがあったら、ネイブル人の振りをするか。


「でも、この国……というかネイブル以外の国ではこの光景が普通なんだから、慣れた方がいいよ」

「普通……」

「大体、あなたたちのそれってただの迷信よ? この国だって、1年に何人もの獣人が死んでいるけど、別に疫病が蔓延したりしていないし」


 この女性としては、こちらを安心させようと思って口にしたのだろう。しかし、実際はリアに更なるショックを与えるだけだった。


 乗合馬車を降りたリアは王都の中心街に宿をとると、すぐに身体を明け渡してきた。


(今マジックバッグ派生の魔法を開発したいから、ちょっとお願いね)


 なんて理由を付けてはいるが、街へ出かけると嫌でも目に入る獣人奴隷が気になって仕方がないのだと思う。


(ああ、ここは俺に任せて裏にいろ)


 今は外の事は気にせず好きな魔法の開発に集中してくれ。


(よろしくね)


 その反応を最後にリアは奥に引っ込んでしまった。


 ちなみに、俺たちは裏にいる時だけ、身体から伝わってくる感覚を”ある程度”鈍くすることが出来る。この”ある程度”というところにも理由があったりする。


 完全な遮断もやろうと思えば、出来る。……のだが、現状試してはいない。なぜなら、あまり完全な遮断に近づけすぎると、人格が身体に戻ってこられなくなるような不安感に襲われるからだ。


 だから外界に対して『不干渉』を貫きたい時は、身体に対する意識の剥離を一方の強い呼びかけに応じられるギリギリまでに留めているのだ。


 これまでリアの技術と俺の魔力があってなんとかやってこられた。出来るならば、どちらかが突然いなくなるリスクは避けたい。


(じゃあ、とりあえず適当に街を見て回るかぁ……)


 リアから返事がないことを確認しつつ、宿屋のおばちゃんに部屋の鍵を預けて宿の外へ出る。


 時間はもう夕方が近い。ルーナさんから教えてもらったリストに名前のあった奴隷商へ行くのは明日にして、今日は街歩きに慣れよう。


 大通りから一本筋へ入った所にある宿を選んだので、すぐに中心街へと繰り出すことが出来た。


 首都ということもあって中々に活気のある喧騒の中を小さい身体ですり抜けながら歩く。


 目的地は特になく、何か気になるものを見つけ次第という心積もりだった。ただ、この街を歩いているとどうしても目が行ってしまうものがあり、今も足が自然とそちらへと向かっている。


 大した前情報を持たない俺が感じた王都パレタナの特徴と言えば、その立派な外壁もあるが、一番は街のど真ん中に鎮座する一面真っ白の巨大な王城であろう。


 周りに高い建物がない事もあって、ド迫力の光景が目の前にあった。正直、滅茶苦茶カッコいい。初めて麓の街で富士山を見た日の感動を思い出す。


 俺はもっと近くで城を見ようと、大通りを進む。


 しばらく歩いていると、城を見上げる首の角度が大きくなってくる。城へ近づくにつれて、心なしか人通りが減り始める。しかし、逆に妙な視線を感じるようになってきた。


 ハッとして周りを見渡すと、鎧に身を包んだ兵士たちが数人、ジロリと警戒の視線を向けているのが分かる。


 ……国家元首の居住地がすぐ傍にあるんだ。そりゃあ警戒もするか。


 ネイブルには権威としての城がなかったので、こういうのはこの世界では初めてだった。


 この国には王がいて、貴族がいる。


 生前も含めて、実質的な身分の差というものに触れたことがない俺には、やんごとなき人々に対する本質的理解がない。それが心配だ。


「お城綺麗だなー! さあ、帰ろっと」


 だったらもう、出来るだけ関わらないようにしよう。そう考えて、俺は白々しいセリフを口にしながら王城に背を向けた。


 アザリ様は低姿勢で物腰柔らかな人だったけれど、他の貴族がそうとは限らないしな。

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