第91話 最後の稽古

 結局マシュロ村には2日ほど滞在している。


 フォニは再び冒険者として村を出る為、準備に明け暮れていた。


 実のところ、ここで進路を別つリアには、彼女等の準備を待つ必要は無いのだ。それでもここに留まっているのは、フォニが何かと理由をつけて引き留めようとしてくるから。どうやら彼女には相当気に入られているみたいだ。


 リアの方も一緒に過ごしている内に彼女に対して愛着が湧き始め、段々と別れが惜しくなってきている。


 ……まずいな、このままなあなあで付き合っていると、一緒に旅をすることになってしまう。


「あの、フォニ……私そろそろ本当に旅に出ないと」

「まだこの村特産のビワを食べていないでしょ。もうちょっとゆっくりしていきなさいよ」

「フォニ、今秋だから。ビワのシーズンは初夏でしょ」

「……そうね」


 彼女はしゅん、と背中を丸めた。


「フォニは意外と寂しがり屋だよね」

「意外とって何よ。あたしは普通に寂しがり屋よ」

「強いからね。だからギャップに感じるというか」

「あたしは強くなんてないわよ……冒険者としても、人間としても」


 謙遜というには彼女の表情は優れない。ダメな自分を顧みるようだ。


「だけど、皆にとってはフォニが頼りなんだから」

「うん。わかってる。じゃなきゃ、依頼を受けたりしないもの」

「じゃあ私が居なくても大丈夫だよね」

「……あたしと一緒に旅をするのがそんなにヤなの?」

「そうじゃないってば……うーん」


 リアは困り果てていた。


(この人は私の彼女か何か?)


 近頃よく見せるフォニのこの一筋縄ではいかない感じに翻弄されて続けている。


 扱いに困る一方で、元翠級冒険者が見せる柔弱さというギャップに胸を打たれてしまった。


「フォニ姉さん、ミナトさんが困っていますよ」

「そうだよ、それに挨拶回りがまだ終わっていないでしょ」


 終いには、ノーサたちに諭されるという始末。あの、カッコいいお姉さん的立ち位置は何処へ。


 まあこうなった原因は決まり切っている。ユーリュとかいうアホ旦那のせいだ。ヤツのせいでフォニはちょっと変になってしまったのだ。


 まさか、嫁が帰ってきたその日に出会ったばかりの女を口説くようなヤツだとは……。


 浮気に関してはあまり人の事を悪く言えない俺だけど、今回ばかりはリアと一緒になって憤慨した。


 事の顛末を知ったフォニはまた泣きじゃくり、それ以来彼女はずっとリアの泊まる家で寝起きをしている。


 これから旅に出るというのに、旦那と一緒にいなくていいのだろうか? ……なんて、事実上、旦那と離縁状態に陥ったフォニへ聞けるはずもない。


 ここは一度離れて、お互い頭を冷やすべきなのだろうか。それとも無理にでもくっつけてしまうべきか。彼女のことを思って色々思案するけど、答えは出ない。


 ああ、生前の人生経験の無さが恨めしい。


「……わかったわ。あたしもミナトに頼ってばかりじゃなくて、自分の足で歩かないとね」


 そう言ってフォニは猫背気味だった背すじを伸ばした。


 彼女の中で整理がついたのか、ようやく彼女も動き出す決心をしたみたいだ。







 リアがマシュロ村を出発する朝、村の入り口にはここ数日を共にした女性たちが見送りにきていた。


 フォニたちは明日の朝、出発をするらしい。タイミングを合わせなかった理由は、「同時に出ちゃうと付いていきたくなる」だそうな。……いや、どんだけリアの事が好きなの。


「ミナトさん本当にありがとうございました~!」

「うあわぁぁぁぁん……さびじいよぉ……」


 ノーサとリィーヤが腰元に抱き着いてくる。本当、可愛いなコイツら。


 他の女性たちの中にも、涙を流す人がちらほらと。リアとの別れを寂しく思ってくれているみたいだ。


「この道をまっすぐ行くと、途中分かれ道があります。そこを左、方角で言うと北へ進むと王都パレタナへ続く国道に合流しますよー」

「わかった。ありがとう。皆をよろしくね」

「はいー、よろしくされました」


 イアナと握手を交わす。


 そして最後にリアはフォニへ視線を向けた。


「ミナト、最後に稽古をしましょう」


 それを待っていたかのように、フォニは答える。


「え、今から?」

「すぐ終わるから」


 そう言って、フォニは木剣を二振り取り出す。リアはその一本を受け取ると、一度身体にかけていた荷物を下ろした。


 そして、剣を構え、フォニと向き合う。


「最後の稽古、よろしく、師匠」

「師匠か。正直、弟子というには短すぎる関係だったわね」

「でも私おかげで多少は強くなったよ」

「じゃあおさらいといきますかっ!」


 言葉の途中でフォニが動き出す。


 彼女の構えた木剣は残像を作りながら、こちらへ向かってきた。


「ふっ……!」


 リアはこれをなんてことない動作で躱す。


「えらい余裕で避けるじゃないっ!」

「おかげさまで」


 フォニから特訓を受け始めた当初は手も足も出なかった斬撃が、今では見える、避けられる。


 何度も身体を痛めた賜物だ。


 フォニは斬撃を繰り返す。その動きは剣を振るう度に洗練され、速度を増しているように思えた。


 だがリアには当たらない。


 そして、その代わりと言っては何だが、こちらからの攻撃はできそうにない。


 もしここでリアが攻撃に転じてしまったら、その甘い動きが隙を生み、瞬く間に木剣の的となってしまうだろう。


 だからここは何もしない、でいいのだ。リアは剣士ではないのだから。


「いいわ! じゃあこれはどう!?」


 ふり被った剣が振り下ろされる。木剣は世界を左右真っ二つに分かつほどの勢いでリアに向かってきた。


 初めこれを見た時は剣が瞬間移動したのかと思う程であったが、何とか見える程度には目が慣れた。


 カンと音を立てて、木剣がリアの目の前で止まる。


「障壁の魔法。よく間に合ったわね」

「何とか対応できる速さだったから」

「そう、じゃあこれは……!」

「えっ」


 フォニは身体を正面から逸らし、真横に木剣を構えた。


 まだ上の技があるのか!


 最後の最後でお披露目。リアに対応できるのか。


「いくわよ!」


 掛け声と共に、再びフォニは動きだす。


 ぶわん!


 繰り出されるのは横薙ぎ。


 動きは速いけれど何とか目で捉えられた。リアは剣が来る方向へ向けて障壁を作る。


「えっ」


 だが、気が付けばリアは思い切り、縦方向に肩へ木剣を叩きつけられていた。


 え、肩? 剣は横薙ぎに繰り出されたはず。それなのに鎖骨を上から叩かれた。


 縦と横の斬撃が同時に来たとしか思えないほどに、フォニの動きが速かったということか。


「──っぎいい!!」


 状況が飲み込めたところで、リアは思い出したかのように痛みに叫んだ。


「ご、ごめん、ミナト! 寸止め出来なかった!」


 慌てて駆け寄ってくるフォニ。


「いたた……だ、大丈夫。私、回復魔法が使えるから……それよりそんなに強く抱きしめられると、いだだだだ!」

「あっ、ごめんなさい……」

「はひぃ……はひぃ……」


 情けない声を出しながらも、リアは全力で身体の回復する。


 これから村を出発するのだ。万全を期さないと。なら、直前に稽古なんてするなという話だが。


「もうやり過ぎだよ姉さん」

「本当にごめんね? あたし、ミナトが思った以上に動けたから楽しくなっちゃって」


 強者特有の戦いを楽しむやつ。


 俺もリアもその境地に至った事はない。ということは逆説的に俺たちはまだまだだということ。


「はぁ……最後のアレは何なの? 初めてみたけど」

「アレはあたしの全力……を越えた全力の技。どう? 見えなかったでしょ」

「見えないというか、一瞬空間縮小の魔法かと思った」

「あっはっは。そんな魔法あるわけないじゃない」


 いや、あるんだけどなあ、と肩掛け鞄に視線が行く。そっちは縮小ではなくて、拡張か。


 ともかく、彼女の新技は高度な魔法を思わせるレベルで速かった。


「あんなの出来たんだ」

「いえ、出来るようになったのよ。ミナトのおかげでね」

「え、私?」

「あなたに稽古をつけるようになってから、あたしも自分自身を見直してみようって思ってね」


 ああそういえば、稽古でリアがダウンした後に一人木剣を振ったりしていたっけ。


 だからって1週間そこらで、あんなことが出来るようになるものなのか?


「絶対今のフォニは現役時代より強いでしょ」

「どうだろう。でも、折角冒険者に戻ったんだから、翠級の上を目指したいわねぇ」

「……すーぐ到達しそう」

「どう? どっちが速く黄昏級になれるか、勝負でもする?」

「しません。……っと、ようやく痛みがひいた」


 肩をぐるぐる回してみる。


 うん、痛みはないし、動きに違和感もない。これならもう出発できる。


 一安心の溜息をつく。すると、フォニの方から全く同じタイミングで吐息が聞こえてきた。


「もうお別れなのね」

「そうだね。そろそろ本当に出ないと……」

「最後に抱きしめていい?」

「えっ……うん、いいけど」


 自分で言っていた通り、彼女は相当な寂しがり屋みたいだ。


 最後と言っているのだから、好きにさせてやろう。リアはそう思って、自分からフォニの身体に飛び込んでいった。


 冒険者としての装備を身に着けていないせいか、彼女の胸元は普段より柔らかい気がした。


「ミナト、ありがとう。あたし、あなたに出会えてよかったわ」

「うん。それは私も」

「実はね、あの子たちには悪いけど、あの時捕まって良かったとすら思ってるくらいよ」

「え、そこまで?」

「うん。ミナトに会えたおかげで、色々スッキリしたもの。自分の中に淀んでいたものが、綺麗さっぱり流れて行っちゃったようなさ」

「そう。それはよかった」


 リアはフォニのすべてを知っているわけではない。いや、むしろここでこうしている事以外は何も知らない。


 彼女がどうしてそう思ったのか。何が彼女を停滞に追い込んでいたのか。そもそも停滞とは何を指すのか。言わないのだから、敢えて人に言う事でもないのだろう。だからリアも聞かない。


 ただ、清々しいフォニの表情にリアも安心する。


「じゃあ、行くね」

「うん……」


 ハグを解いたリアは、半歩ほどフォニから離れる。


「皆、元気でね」


 知り合った人たちに向けて大きく手を振り、歩き出す。


「また会おうー!」


 フォニの大きな声は隣の村まで届くんじゃないかと思うくらい、静かな森の中を木霊した。

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