第90話 修羅場と化すマシュロ村

 マシュロ村はクオリアを馬車で2週間ほど南東へ進んだ方向にある小さな村だ。


 深い森の入り口に位置し、クオリアと違って外壁が無いことから生息する魔獣や魔物は少なく平和な村であることが分かる。


 平和すぎて、リアたちの馬車が村に侵入しただけで大騒ぎになったほどだ。


「皆、安心して。あたしだから」


 騒ぎを治める為にフォニが出てくる。


「おおっ! フォニ! お前もう帰って来たのか?」

「もうって、早い方だと思うけど」

「あん? で、ノーサとリィーヤは?」

「ふたり共馬車に乗ってるわよ。というか、話は聞いていないの?」


 先触れは来なかったのか、出迎えたマシュロの村人はフォニの身に起こった事を何も知らないようだった。


 だとしても、平和ボケがすぎるな。行方をくらましていた人物が現れたんだぞ。


 聞けばこの村は出現する魔物や魔獣が少ないうえに、特別旨味も無い立地から歴史的に争いごとの少なかった土地らしい。


 そんな危機感の薄い村だから、人攫いが商人に扮して入って来ても、フォニくらいしか気づく者がいなかった。


 収穫物のごとく袋に詰められ、今にも拉致されそうになっていたノーサとリィーヤを助けようとするフォニであったが、例の中隊長が手ごわく、囲まれたこともあって敢え無く捕まってしまったらしい。


 フォニがそんな事情を伝えると、村の男たちの顔が一気に真っ青になった。


「そんなのがこの村に来てたのか……俺たちてっきりお前がこの村を捨てて、都会へ冒険者になりに行ったものだと……」

「んなわけないでしょ! ノーサとリィーヤもいなくなってるのよ!?」

「いやあの子ら、お前に憧れていたし……」

「馬鹿! だとしても、相談もなしに連れて行くわけないでしょ!」

「だって、ユーリュがそう言ってたもんでよ」

「はぁ!?」


 フォニの表情が驚愕と怒りに染まっていく。


 それを見ながら、ノーサとリィーヤが口をパクパクしていた。


「ユーリュってだれ?」

「……フォニ姉さんの旦那です」

「あっ……」


 その言葉で察してしまった。これアカンやつでは?


 そして、このタイミングで一番現れてはいけないヤツが登場する。


「おーい、なんか村中が騒がしいけど何があった──」


 黒髪のヒョロっちい男がこちらを見て固まる。


 気だるそうな顔と外見でピンとこなかった。だがノーサとリィーヤが頭を抱えている事から、彼がユーリュだとわかる。


 お前なんでここで出てくるんだ。


 いや、彼だけならまだいい。彼の腕に自分の腕を絡めながら歩く付属品がなければ……。


「ユーリュ、その女は何?」

「えっ!? フォニ!? えっと、いや、この子は、たまたま村へ遊びに来てる商人の娘さんで……」


 彼の目は動線で迷路でも攻略しているかのように、泳ぎまくっていた。


「まさかあたしが捕まっている間に、心配もせず、女を作ってるなんて……」

「捕まった……? え、いや、そのだな。お前が冒険者として優秀なのは俺が一番知っているから、えっと……そういうことではなく?」

「……剣を取りなさい。木剣ではなく、真剣よ」

「へっ!? ちょっと待て! 落ち着け!」

「うるさい!」


 決闘が起こりそうになっているのを見て、リアはうんざりした様子で他の女性たちに言った。


「はあ……とりあえず村の中にいこっか」

「そ、そうしましょう! イアナさん、村長の奥様が女衆をまとめているので、そちらへ」

「わ、わかりましたー」


 フォニの怒り狂う姿は出来るだけ見ないようして、俺たちは村の内部へ向かう。


 移動中、皆が静まり返る中、リィーヤがぼそりと呟く。


「男ってほんっとクズばっかり……」


 皆その言葉に無言で頷いていた。


 男がというかさ……。いや、男が悪いのか……。


 少なくとも俺はそれを否定するだけの清廉さを持ち合わせていなかった。







「3人を助けていただき、本当にありがとうざいました」


 村長とその奥さんを紹介され、リアは挨拶をかわす。


 村長夫婦というものだから皴の入った老夫婦かと思いきや、実際出てきたのは30代中盤くらいの若い夫婦だった。


 リアは2人に事の次第を伝えると、深々と頭を下げられた。


「いえ、当然の事をしたまでです」

「そんな。フォニですら一度破れるような相手です。さぞ大変な戦いがあったのでしょう。本当にありがとうざいました」


 一番強いのはそのフォニが瞬殺しました。


 ということで、挨拶も程々にして、リアたちはこの村での宿へ案内される。といっても、この小さな村に宿屋なんてないので、いつも徴税官や商人が来た時に泊めている家だった。


「ほんっとあったまくるわ! もう離婚よ離婚!」


 そして、何故かそこには、さっきまで夫を叩きのめしていたフォニがいた。


 先ほどからずっと彼女の愚痴を聞かされている。


 他の女性たちに聞かせるのも少し可哀想なので、彼女たちにはお風呂を用意してそっちへ逃げてもらった。


「アイツってば、あたしがした側室の話を浮気の免罪符かなにかと勘違いしてるのよ」

「フォニの旦那って、浮気性なの?」

「そうなの! 昔からアイツは妙にモテてて、あたしと冒険者をしてた時なんて凄かったんだから」

「へぇー、ムカつく(すごい)なぁ」


 リアさん、言ってることと思ってることが逆になってますよ。


「そう! アイツは昔からムカつくヤツだったの!」

「じゃあ、なんで結婚したの」

「だってカッコ良かったんだもん……」

「はぁ」

「それに結局はあたしの事選んでくれたし、子供出来なくて悩んでた時も笑顔で『焦らなくても大丈夫だよ』って言ってくれたし」


 もしかしてそれって、「(子供が出来たら遊べなくなるから)大丈夫だよ」って意味なのでは? ……いや流石に穿った見方か。


「でも今回の事は本当に効いた……。あたし何も言わずにいなくなったことなんてないのよ? それなのにあんな事……本当にあたしの事どうでもいいんだ。あたしだってとても辛かったのに……」

「ああ、泣かないで……」


 フォニはそのまま頭を落としてさめざめと泣いてしまった。


 旦那のことだけではなく、色々積み重なったものが一気に決壊してしまったのだろう。


 リアは子供をあやすように、彼女が泣き疲れて寝てしまうまでその頭を撫で続けた。


 そして、日が暮れる時間になる。


 フォニを宛がわれたベッドに寝かし、炊事場で夕食の準備を手伝っていると、玄関あたりから女性の叫び声が聞こえてきた。


 慌てて向かうとそこにいたのはフォニの夫、ユーリュだった。


「大丈夫?」

「ご、ごめんなさい。わたし、驚いちゃって……」

「ここは私に任せて、夕食の準備を手伝ってくれる?」


 声の主は被害女性の一人だった。特にユーリュが何をしたというわけではなく、突然の男の来訪に身体が勝手に叫び声をあげてしまったようだ。


「な、なんだ突然……俺何かした?」

「ここには男性から酷い仕打ちを受けた人がいる。来るならちゃんとアポを取って欲しい」

「ああ、すまない。配慮が足りなかった」


 素直に頭を下げられるあたり、ユーリュの人となりはそれなりというべきか。


「で、何の用?」

「えっと、フォニたちを助けてくれたあなたにお礼が言いたくて」

「え、あ、そう」


 てっきりフォニを迎えに来たと思ったが違ったようだ。


 でもまあ、彼女に関する要件だったので少し安心する。


「本当にありがとう」

「村長にも言ったけど、当然の事をしただけだから。結局、敵もフォニが倒したし」

「それでも、ありがとう」

「……うん、わかったから頭を上げて」


 リアがそう言うと、ユーリュはゆっくりと頭を上げ、照れくさそうに微笑んだ。


 愛する妻を思って他人に頭をさげる。……うん、普通にいいヤツじゃん。


 これなら夫婦ふたり、胸襟を開いて語り合えば元の鞘に収まるのではないだろうか。


 一瞬、そう思えたんだけどなあ。


「聞けば、あなたは妻と大変仲が良いようではないか」

「え? まあ、そうだけど、それが何か?」

「いや、アイツは昔から女性と仲良くするのが苦手でな」

「え、そう?」


 被害女性たちのまとめ役をやっていてそれはないだろう、と疑問に思う。


「そうさ。昔、一緒に冒険者をやっていた頃は、近づいてくる女性たちを誰構わず跳ねのけるようなヤツだったんだ」

「え、それって……」


 好きな人に悪い虫がつかないようにしていただけでは?


「さっきだってアイツ、俺が仲良くしてる商人の娘さんにキツくあたってな。おかげで喧嘩になっちまった」

「いや、腕組んでたし怒るのも当然では?」

「ん? そのくらい普通だろう?」


 話の雲行きが怪しくなってくる。


「とにかく、だ。アイツが仲良くなれる子ってのは凄く貴重なんだ。出来ればこれからも仲良くしてやって欲しい」

「ああ、まあそれは勿論」

「それと、俺もあなたのことは気になっていてな」

「……は?」


 何を言い出すんだコイツは。


 リアが一気に警戒モードに入る。


「白く透き通るような肌にパッチリとした黄昏色の瞳、紫色の髪も美しい。正直、初めて見た時、あなたに見惚れてしまった」


 ゾゾゾ~と、リアの全身に鳥肌が立つ。


 コイツが初めて現れた時、フォニを見て固まっていたんじゃなくて、リアに見惚れていただけだったのか。……それはマジでありえないぞ。


「俺と同じ家に入って欲しい」

「……意味わかって言ってる?」

「当然だ」

「ならフォニのことは」

「うん? フォニは側室を認めているぞ? あなたならアイツと仲が良いし、ちょうどいいと思って──」


 それ以上はリアの精神が持たなかった。


 気が付けば、目の前の男はリアの魔法にやられて伸びていた。


 殺さなかっただけでも、リアは自制した方だと思う。男の俺ですら殺したくなったからな。

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