第89話 女だらけの道中
「すっごく快適。馬もいいなあ」
ゆっくりと流れる風景の中、リアが呟く。
思い返せば、俺はこの世界で馬の引く馬車に乗った経験があまりない。
馬車とは……という感じだが、魔獣である牽牛獣の方が圧倒的に速いし、その割に揺れも少ない上に悪路にも強い。
だからイアナの操る馬車に乗った当初はどこか物足りない感触だった。しかしまあ、慣れると馬は馬でいいものだ。トコトコのんびりと進む感じ。
「そう? あたしは牽牛獣の方が速くて好きだけど」
「利便性はそりゃああっちに軍配が上がるけどさ。遅い分こっちはゆったり乗れるし、心なしか揺れも少ない気がする」
「それは路面がしっかりしているのと車両自体の性能のおかげですねー。でもまあ、操縦する側としても、確かにゆったりなのはいいですね。牽牛獣くらい速いと御するのに大変な集中力が必要ですから」
いくら牽牛獣が賢い魔獣とはいえ、大型国道を走る自動車のような速度を平気で出す魔獣を制御するのは本当に大変だそうだ。
……本当、事故だけは起こすのも、巻き込まれるのも、二度とごめんだぞ。
牽牛獣が事故する瞬間なんて、想像するのも恐ろしい。それと比べると馬は余りに平和だ。
「イアナは牽牛獣の操縦もできるの?」
「できますよー。クオリア家も何頭か飼っていますしね」
「へぇ、クオリアの村って裕福なのね」
「それもありますけど、ネイブルとの国境ですから」
聞けば、牽牛獣の運用は大陸南部諸国の、ネイブル周辺でしか行われていないらしい。
流石ネイブルは大陸一進んだ国と言われるだけある。おそらくこれもルーナさんのおかげなのだろう。
「逆にパレッタより東の国ではほぼ牽牛獣が用いられることはありません。飼育と調教のノウハウがありませんし、何より速度を出せる道がありません。というわけで、アーガストにも入る今回の旅は馬を使っているんですねー」
あまり意識していなかったが、一番発展したネイブルから出発した以上、これからどんどん過ごす環境の生活水準は落ちていくことになる。
まあ、地中で寝ることのできるリアには特に気になる事でもなさそうだが、未だに現代日本の感覚を捨てきれない俺としては辛いものがあった。
ツリロでいい匂いのする石鹸とかもっと色々買い込んでおけばよかった、と早速後悔した。
そう、石鹸。
生前のシャンプーやボディソープが恋しくて、俺はツリロで出来るだけいいものをいくつか買った。
だが先日、捕らえられていた彼女たちの身体を洗うのに1つ渡した。果実のいい匂いがすると凄く喜んで貰えたのは嬉しいのだが、相当汚れが溜まっていたようでまさかの1日で使い切ってしまった。
それからクオリアの村でも1つ、そして道中の宿場村でもう1つ。
石鹸なんてリアひとりだけだとそう早くなくなるモノでもないので、あまり数を仕入れていない。なのにリアが気軽にポンポン渡してしまうのだ。
(あれ、俺のなのに……)
(ミナトさあ、相手は女の子だよ? いい匂いでいて欲しいじゃん)
(お前、自分も女の子だって忘れんなよ。1国目でなくなっちゃったら今後どうすんのさ?)
(また買えばいいじゃん)
この良くも悪くもモノに頓着しない性格はエルフ特有のものなのだろうか。いや、そうでもないような。
リアの古い記憶を漁りつつ、俺は考えるのであった。
フォニによるリアの特訓は、旅が始まっても続いていた。
いやむしろ別れという明確な期限を意識してか、マシュロ村へと近づくにつれ激しくなっていると言ってもいい。
「はぁっ!」
「おわぁ!」
「今のよく避けられたわね! でも、これはどう!?」
「え──」
フォニは構えた木剣をまっすぐに振り下ろす。
速さはいつもと変わらない。そう高を括った刹那、突然目の前に木製の刀身が現れ、こん、と軽くおでこを叩かれた。
「流石に今のは見えなかったかしら?」
「ムリムリムリ!」
「まあ、そりゃあそうよね。あれが今のあたしの全力だから」
作画枚数の少ないアニメーションのように、フォニの木剣が突然瞬間移動をかました。
「何、今の魔法……?」
「ただの身体強化魔法よ。その様子じゃあ、まだまだあたしの全力にはついてこれていないわね」
幻術でも使ったのかという動きだが、実際は速さのみで成立した技だったらしい。
一体、身体強化をどう使えばそんな速度で剣を振ることが出来るというのか。そして、この動きを見切ることのできる人間はいるのか。
「ミナトには、マシュロ村へ着くまでにこれを見切れるようになってもらうから」
「ええ……出来るかな……」
「出来るようになるまで身体に叩き込むのよっ!」
「わっ!」
それからはフォニによる怒涛の攻撃を受け続ける時間となる。
いくら木剣が身体に当たる直前で力を弱めてくれると言っても、あの瞬間移動じみた速さを誇る斬撃が迫っていると考えると恐ろしい。
しかし、これほど安全が確保された状態で、対人戦闘の経験を積むことが出来る機会はそうない。
「こいっ!」
だからリアも必死に彼女の扱きに食らいつこうと頑張った。
その結果、リアは特訓が行われる馬休みの度、ボロボロにされていた。
「うへぇ……」
「お疲れさまです、ミナトさん」
「ノーサぁ……膝枕して」
「はいっ、どうぞ」
「うへへ……」
ただ、しっかり役得タイムは忘れない。
ノーサとリィーヤは「お礼」を意識してか、喜んでリアに膝を差し出してくれた。
なんだか弱みに付け込んでいるようで申し訳ない。
「だらしない顔。扱きが足りなかったのかしら」
「いや、あれで充分だから。これ以上特訓がキツくなったら本当に動けなくなっちゃう」
「あなた的にはそっちの方がいいんじゃないの?」
ジトーという擬音がそのまま聞こえてきそうな視線をフォニから受ける。
「なんとなく最近、ミナトの本性が分かってきた気がするわ」
「本性?」
「そう。あなた、どことなく女の子を見る目がイヤらしいのよね」
「ぎっくぅ! そ、そんな風には見てないけど!?」
いやそこであからさまな反応を返しちゃダメだろ……。
「図星ね」
「いや、でも、その、えっと、これでも一応自重してるからセーフというかなんというか」
「ふぅん」
呆れたような言葉を吐きながら、フォニはノーサの膝からリアを抱え上げる。
「そんな感情をノーサやリィーヤに向けるくらいなら、あたしにしなさい」
「ええ……」
抱えられたリアはそのままフォニの硬い膝へと収められる。
「どう?」
膝の上から見上げたフォニの頬にはどことなく赤みがさしていて非常にかわいい……いやあんた人妻でしょうが。
「どうって、かたいんだけど」
「はぁ……この弾力がいいって夫には評判なのに」
「あの、既婚者アピール萎えるからやめて欲しい」
「萎えなさい。そして馬鹿な欲望なんて捨て去るのよ」
「酷い」
といいつつも、膝からはフォニの膨らみが特殊なアングルで覗き込めて、本当は萎えるどころではない。
「あのーフォニさん? 索敵はちゃんとしておいてくださいねー」
数日を共にして、確実にフォニ達との仲は深まりつつある。
マシュロ村まであと1週間といったところだろうか。先は長いが、為になる日々が続きそうだ。
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