第88話 フォニの事情
リアたちは更なる旅路に向けて準備を進める。
出発は明日と少し急かもしれないが、早く家に帰りたいという女性たちの精神状態を優先した形だ。
そしてフォニは数年ぶりに冒険者として活動するということで、武器屋に立ち寄り慎重に装備品を吟味していた。
「うーん、あの剣を使ってしまうとやっぱりここらへんじゃ見劣りしちゃうわね」
「そうなんだ」
店に飾られた長剣を見比べながら、苦い顔を見せるフォニ。
リアがフォニへ渡した剣は
そんな凄いものを俺たちは価値もわからず、長い間マジックバッグに死蔵していたのか。
里にいた時から剣を使った訓練を多少は行ってきたが、リアの武器はやはり魔法だということで、実践で剣を使うことはあまりない。だから良しあしもそこまでわからないのだ。
「なんならアレ、あげよっか?」
だったら、あの紅い剣、別に私が持つ必要なくない? と思い、そんな提案をするリアであった。
「えっ、いや、そんな……悪いわよ」
一旦遠慮を言葉にするものの、めちゃくちゃ動揺している。剣士として、抗いがたい誘惑なのだろう。
「貰い物だったのでしょう? そんなものを、ねぇ?」
「あー貰い物というか……うーん」
悩んだ挙句、リアは入手経路について話すことにした。
「実はこれ、戦利品なの」
「戦利品?」
「そう。山の中にいた野盗? みたいなのを倒して頂戴したやつ。だから思い入れとかは特になし」
「なるほど……」
「アリ」の方に気持ちが傾いたようで、フォニの目の色が変わる。
「あの紅い剣も普段ロクに振ってやれない私よりフォニみたいな強い剣士に使われた方が嬉しいと思うな」
「うぅ……そうね……じゃあ、貰えるかしら」
というわけで、あの剣はフォニへと渡ることに。
代わりにリアはこの武器屋で一番良い剣を買ってもらった。
ただリア的には始末したオッサンのおさがり剣よりもフォニからもらったものの方が嬉しい。
(ミナト、アレ勝手にあげちゃってゴメンね)
(いや、俺もそれでいいと思うぞ)
どうせ俺たちじゃああの剣の持つスペックを生かしきれなかっただろうしな。
一番悩ましかった武器が決まると、トントン拍子に装備品の調達は進んだ。
皮鎧を纏い、リアから受け取った長剣を腰から下げたフォニは20代の女性とは思えない威圧感を醸し出していた。
「つよそう」
「剣のおかげで見た目だけはね。実際は現役の頃より確実に弱くなっているでしょ」
自分の力を確かめるようにフォニは手のひらに力を籠める。
「あのさ、今更なんだけど、よく冒険者を復帰する気になったね」
フォニの姿があまりに冒険者然としていたので、逆にそんな疑問が湧いてきてしまう。
そもそもなぜフォニが冒険者を辞める必要があったのか。それは「子供欲しい」という彼女の想いと共に、冒険者ギルドの制度上の都合が関係していた。
冒険者という身分にある者は、一定期間内にギルドから決められた分の仕事をこなす義務がある。
それを果たさない冒険者は除名扱いとなるのだが、冒険者ギルドに産休制度なんてものはなく、フォニが妊娠しようとその義務は発生してしまう。だからフォニはいっそのこと、とギルドを辞したのだ。
一度翠級まで昇りつめた彼女としては、自分の地位を捨てることに相当の決心があっただろう。それほどまでに彼女が抱く「子供欲しい」という希望は強かったはずだ。
だけど、またフォニは冒険者としての道を歩み始めた。
「うん、まあ、色々思うところがあってね」
フォニの表情に影が差す。
「実はね、元々また冒険者をやろうかなって思ってたの」
「そうなの?」
「うん。結婚して村に帰ってもう数年になるけど、子供がね、なかなか出来なくて」
「あ……」
単純な疑問に思って尋ねたが、フォニには言いづらいことだったと後悔。
「夫とも話し合っていてね。それなら、まだ身体がよく動く内にやりたかった冒険者活動を再開してはどうかって」
「子供は諦めたの?」
「まあ、出来ないものは仕方ないからね。夫には側室でも作ってもらうわ」
「えっ」
不妊には男側に原因があることも多いわけだが、まだまだ文明レベル的にそういう理解がないらしい。まあ、だからと言って、男側を変えてみてはとも言えない。
というか、この国では平民でも複数配偶者の存在は珍しくないのか。彼女の口から自然に『側室』という概念が出てきたことにリアも驚いている。
「そうだ、ミナト。マシュロ村へついたら夫に会ってみない? あたし、あなたなら夫と子供を作っても──って、冗談じゃないの。そんな睨まないでよ」
フォニなりに重い方向へ向かってしまった話を修正したかったようだ。
翌朝、クオリアを出発する時間になった。
荷物をアザリ様から提供された馬車に乗せ、後は出発を待つだけ。
「皆さま、道中お気をつけて」
「アザリ様、色々ありがとう。助かったわ」
「いえ、こちらの不手際もありますので」
「それを言うなら、この村だけじゃなくて他所もだけどね」
多々存在する村や街が揃って商人に扮した人身売買組織を見抜けなかった。だからこの村だけがフォニ達被害女性に対して補償をするべきではないのだが……。
「ええ、ですので、これは我々が保護をしたという喧伝も兼ねて、の支援です。嫌らしい話で申し訳ないのですが」
アザリ様はむしろ、これを機に他所に対して優位性を取りに行くような強かさを見せた。
こんなに綺麗で優しそうな人でもやはり貴族ということか。
「ん、じゃあそろそろ出るわ。次はギルドの依頼としてくると思うから、またね」
「はい。お待ちしておりますわ」
アザリ様は平民100パーセントのリアたちに対しても礼節を欠かさない人だった。次に会う貴族もこんな人だったらいいのにな。
そんな思いが、フラグにならないといいが。
「出してくれる?」
「承知いたしましたー。よっと」
御者が手綱を打ち付けると、馬は鳴き声を上げて走り出した。
この御者もアザリ様が手配してくれた。彼女は被害女性に考慮したのか、当然のように女性である。
「イアナでーす。よろしくー」
のんびりした印象を受ける、赤髪で藍色の瞳を持ったお姉さんだ。
彼女もれっきとしたアザリ様配下の者らしい。だから御者としての腕前は期待できるだろう。
「長い付き合いになる方もいるでしょう。気軽にイアナと呼び捨ててくださいねー」
これから順々に女性たちを家まで送っていくわけだが、その護衛であるフォニは恐らく数か月、彼女との生活が続く。他人事ではあるが、人当たりの良さそうでよかった。
で、リアなのだが。
「ミナト、本当に着いてきてくれないの?」
「うん。ごめんね」
フォニからは何度も同行して欲しいと言われていたのだが、流石にそれは難しい。
この馬車がリアの目的地である王都パレタナへ行かなかったりと都合が噛み合わないところもあるし、何より彼女等と一緒では奴隷商へ行けない。
他にも彼女たちには話せない秘密は多い。それを隠したまま旅を続けるのは正直窮屈だ。
それらの理由があって、リアは涙を飲んで旅への同行を拝辞した。女の子たちの残念そうな反応に後ろ髪を引かれたのは言うまでもない。
「ごめん。しつこかったわね……あたしってば、今回アイツらに一度負けて、怯え癖がついちゃったのかな。ミナトがいてくれたら心強いんだけど……」
「うっぎぎぎぎ……何で絶対断らなきゃいけない時にそんなギャップ見せてくるのぉ……!」
まあ、頑張って断わってくれ……。
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