第87話 人さらいたちの裏

 食卓の皿もだいぶ片付いてきた頃に、アザリ様がやって来た。


「あら、何かあったの?」

「はい。人攫いたちの取り調べがひと段落しましたので、ご報告に──と、ここでは拙かったですね……」


 アザリ様が視線を送る先には、思い出したように引き攣った表情を張り付けた女性の姿があった。人攫いに捕らわれていた中でも特に酷い仕打ちを受けていた人だ。


 そんな彼女もいい宿で休み美味しい食事を摂ったことで、多少の落ち着きを見せていたのだが……。


「申し訳ございません……」

「とりあえず場所を変えましょう。ノーサ、彼女たちへのフォローをよろしく」

「承知しました!」

「ほら、ミナトも行くわよ」

「うぷぷ……」


 リアはフォニに抱えられ、食事処の外へ出る。


 外にはアザリ様の護衛と思われる男性兵士たちが待機をしており、リアたちは彼らに守りを固められながら話し始めた。


「まず捕縛した彼らですが、精神掌握系の魔法を使用した結果、人身売買組織の一員であることが正式に認められました」

「そう」


 実際捕らわれていた彼女にとっては今更な話だが、公的に認められたという事実は大きい。


 リア以外の人間は金に身分証明も何もない状態で放り出された状態だ。だが国に被害者として認定されると、元の居場所へ帰るための支援を受けられる可能性が高い。


 そして少なくとも今回の場合、それは確実だという。なぜならば、フォニが検問官へ訴えていた通り、これは人攫いたちを素通りさせた国側の手落ちでもあるから。そこを誤魔化す為にも、まずは責任をもって無事に送り届けますよ、という姿勢を国は見せたいらしい。


 生活費や移動にかかる費用を考えると、非常に良い話である。


 後は金銭的な最低限の補償がされるくらいだが、これは本当に気持ち程度だろうな。


「まあしょうがないわね。他国の子もいるし」


 そう、捕まっていた女性の中にはパレッタ王国外の人間もいる。というか、そっちの方が比率的には多かった。


 それには理由があって、人攫いたちがそもそも外国から入ってきた集団だからだ。


「ふーん。で、アイツらがどこから来たのかは割れているの?」

「はい。どうやらアリア公国から流れてきた者たちだそうで……」

「ア、アリア公国ぅ!?」


 驚愕の声を上げるフォニ。


 アリア公国。


 ルーナさんに見せてもらった大雑把な地図で大体位置は知っている。


 かの国はここパレッタ王国よりはるか東に位置する国だ。


 パレッタの東にはケイロン王国という小国が、そのまた東にはリアが売られる筈だったアーガスト王国という大国がある。その分国というのだろうか、アーガストの超デカい貴族家が君主を勤める領地がアリア公国と呼ばれる国だ。


 ちなみにハツキさんによると、アリア公国には貴族の子女などの上流階級が通う、魔法学園なる場所が存在するらしい。


 と、名前を聞いただけで多々の情報が思い出される国であるが、今ここで言いたいのは1つ。アリア公国はここから滅茶苦茶遠い場所にある、ということだけ。


 地図を見ただけの俺たちが持つ感覚はともかく、フォニの驚き方からしてその遠さは相当なものだ。


「それはまた遠くから来たものね。ああ、そういえば、あたしたちの中にはアーガストの子もいたっけ。それだけの大移動でよく検問に引っ掛からず、ここまでこれたものだわ」

「それだけ人身売買に対する警戒が薄まっているということでしょう。その、今まではこの辺りではあまりなかったことですから。油断が蔓延しているようです」


 辺境にガイリンとの国境線があるネイブルとは違い、この辺りの国々とガイリンとの間にはソフマ山脈という世界を隔てた壁がある。そのソフマ山脈へ入るには相当な覚悟と実力がいるのだ。


 そんな大変な思いをしてまで、別世界とも言える国へ奴隷を密輸しようと企むヤツらがいるとは思わないのだろう。


「ですが、情報を引き出せば引き出すほど、それが甘い考えだという事がわかりました。なんと、ソフマ山脈には奴隷の密輸を支援するための拠点があるようで……」


 それは男たちの会話を盗み聞きした中でも語られていた。確か、人攫いのめちゃつよい知り合いがソフマ山脈の中に潜んでいて、今でも安全なルートを構築しているとか。


「それってもう何人もの人がその拠点を使ってガイリンまで連れて行かれてたってことよね?」

「そうなります。今回の彼らは初犯のようですが」

「……これ、結構大事じゃない?」

「大事ですよ! 国王陛下に上奏するレベルで! 今、お父様が走り回っております」

「ふぅん。なんか凄い事になりそうだけど、もうあたしたちに出来ることは無さそうね」


 彼女の言う通り、ここからは国を跨ぎ、多くの王や領主が力を出し合って解決すべき問題である。


「それなのですが、出来ればフォニさまにお願いしたいことが……」

「へ、お願い?」

「冒険者として、フォニさまに女性たちの護送を依頼したいのです」







 朝、リアとフォニはアザリ様を伴って冒険者ギルドを訪れていた。


 リアは昨日確定した報酬の件で手続きをしに、そしてフォニの方はというと。


「はい、アザリ様から承っております。冒険者証の復帰ですね」

「ええ。お願いできるかしら」


 冒険者証の復帰。つまり冒険者を辞した時点のランク……の一段階下の階級から冒険者証を作り直すことである。


「承りました。再発行処理を行いますので、しばらくお待ちいただけますか」

「あら? 審査とかは無いの?」

「フォニさま、必要な手続きは私が事前に済ませておきましたわ」

「へぇ、楽でいいわね」


 気楽そうに言うフォニへ受付のお姉さんは苦笑いを浮かべながら「このような対応は稀ですけどね」と言う。


 お姉さんの言う通り、特に審査もなく冒険者証の復帰が認められることはあまりないという。でないと、辞めたり復帰したりをポンポン繰り返すやつが出てくるからだ。


 一度辞めたら、次は『灰』ランクという真っ新な状態から始めるのが原則である。


 しかし特例として、権力者からの要請があったりなど、無審査で冒険者証の復帰を認められる場合もある。


 絶対ではないところがミソなのだ。つまり結局のところギルド側が承認して初めて冒険者証の復帰が叶う。必要なのは、その冒険者がある程度のランクを引き継いで冒険者活動を続けられるか否かという材料だ。


 フォニの場合、その材料があったためギルド側も拒否しなかった。


「あの賞金首を始末できる人材ですから、むしろ一階級ダウンが申し訳ないくらいです」


 フォニが殺したあの人攫いの男、実は途轍もない強者だったらしい。


 確かにあの男が不意打ちに近いリアの魔法攻撃を避けた事は驚嘆に値する。


「元アーガスト王国騎士団、中隊長ね。わたしってば、とんでもないのに捕まっちゃってたわけだ」

「それは強いの?」

「強いわよ。アーガストの王国騎士団といえば、大陸最強の武装組織やつらよ?」

「だった? 今は違うの?」

「ええ、あたしが子供の頃に内乱を起こして全員消えたらしいわ。反逆罪で処断されたり、アイツみたいに他国へ逃れたりね」

「うへぇ。じゃあ、あのレベルのがまだそこらに隠れてるってこと?」

「可能性はあるわ。当時世界最強と謳われた騎士団長はまだ捕まっていないしね」


 マジかよ怖すぎるだろ南国家群。ぶっちゃけ危険度で言えば、悪名高きガイリンを馬鹿にできない。


「私もよく一人で外に出ると騎士団長に攫われるなんて、母やメイドに言われたものです」

「あーそれあたしも言われたわ」


 貴族から平民まで……。


 まさに恐怖の象徴って感じかな。そんなのに不意に出会ってしまう危険があるのは恐ろしい。


 今度から一人で山奥に入るのはよそう。なあリア。


「となると、あの男を殺してしまったのは手落ちと言わざるを得ないわねぇ……。情報を引き出せれば、その騎士団長の行方が分かったかもしれないのに」

「いえ命がかかっていますし、誰も責められませんよ」


 残念なことに、殺してしまった元中隊長以外は全員騎士団と関わりのない連中だったらしい。そして、慎重なことに元中隊長は部下たちには情報を何ひとつ落とさなかったという。


 とはいえ、中隊長というビッグネームを仕留めたフォニの功績は大きく、首を持っていけばアーガスト王国から謝礼があるという。


 まあ、そういう諸々の理由があって、アザリ様はフォニへ女性の護衛を依頼したというわけだ。女の子の中には、ちょうどアーガストから攫われてきた子もいる。捕らわれていた中で精神的柱であったフォニが護衛として側にいるのは彼女らにとっても都合がいいだろう。

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