第86話 ご褒美
「ほらっ! また身体がついてきてないわよ!」
「ひっ、ひっ」
ガン!
構えた木剣に衝撃がくる。リアはその力を受け流しきれずに後方へ吹き飛ばされた。
「ひーぃ……ひーぃ」
「情けない声を出さない!」
「はひぃ……」
肺はキリキリと痛み、悲鳴を上げている。そのせいで正しい呼吸を封じられたような状態に陥った。
また、身体強化魔法では完全に疲労をカバーしきれない。四肢ももうすぐ限界を迎えようとしていた。
「はひっ、はひっ」
「身体強化は解いていないでしょうね」
「はひっ、といてまひぇん」
「じゃあ終わりにしましょうか」
「はひぃ……ありがとうございまひた」
頭に冷たいものが昇る感覚に襲われて、リアはゆっくりと膝を崩し地面に口づけをする。
まともな呼吸に戻るまで、結構な時間が掛かった。
「あなた魔法士にしてはなかなか頑張っていたじゃない。ズブの初心者とは思えないというか、どこかで基礎訓練でもしていた?」
「故郷でほんの少し」
「そうなの。でも、身体強化の使い方はまだまだね」
お礼に自分を鍛えてくれとフォニに頼んだリアだったが、しばらくの間ずっと彼女から木剣で打たれるだけの時間が続いた。
そして、あれだけボコられたのに、結局フォニの速度に慣れることはなかった。
見えはするのだが、身体が反応しないというか、単純に体力が持たない。
里でリアを鍛えてくれたスハラさん、本当に面目ない……。
「見た感じ基礎体力は充分にある。かといって使っている身体強化魔法自体に問題があるのかと言われれば、そういうわけではない。なら考えられるとすれば、その使い方でしょう。一度、自分の動き方を見直してみたら? 身体強化の方に身体の動きを合わせてみるの。そうすれば、自分が今までどれだけ無駄な動きをしていたかがわかるから」
「そんなことができるの?」
「練習すればね」
彼女曰く、身体強化魔法の使い方を最適化すれば、今のリアの身体能力でもフォニの速度に追いつけるらしい。
というわけで課題が見つかったわけだが。
「もう今日は動けないー」
「はいはい。もうだいぶ陽が落ちて来たから、皆でご飯にしましょう……んしょっと」
フォニは地に伏したままのリアを抱え上げる。
「うわ、軽っ! ちゃんと食べてる?」
「それなりに」
「絶対食べてないわよね。食べなきゃ大きくなれないわよ」
「手遅れじゃないかな。もう成人すぎてるし」
「え……」
リアを抱えて道を歩いていたフォニが驚きの余りその場で固まってしまう。
リアを年齢を考えるとき、見た目の印象からプラス5歳したくらいが大体正解である。これは別にエルフの成長が人よりなだらかとか、そういう事ではなく単純にリアが小さいだけだ。
虫とか好きだし、結構たんぱく質を取っているはずなんだけどなあ。
「それはそれとして、あなたは痩せすぎ。夕飯は覚悟しておきなさいよ」
トレーニングはこの後も続くようだ。
「はあ、それでミナトさんはそんなにボロボロなのですか」
「そうなの。偉いでしょう? この子。お礼に鍛えてくれだなんて。マシュロ村に着くまではあたしの弟子よ」
「弟子ですか。努力家だとは思いますが、お礼になるのですか、それ……」
美味しそうな食事が並ぶテーブルの席についたものの、リアは一切身体を動かせず机に突っ伏す。
ノーサはそれを困ったような顔で見ていた。
「というか、わたしたちも助けてもらったお礼をしなきゃだよね!?」
焦ったように言うのが、リィーヤ。肩まで伸びた薄緑色の髪をした可愛い女の子だ。
ノーサとリィーヤは共に、まだ幼さを残した少女であり、それを理由に人攫いから暴力を受けることはなかったらしい。
ただ、それは精神的なショックを受けていないという意味ではない。どちらも助かった後度々泣いていたし、特にリィーヤはずっと食事が喉を通らない状態らしい。
「ノーサはどう思う? ミナトちゃんへのお礼!」
「そうですね……どうしましょう。私たち、お金なんて持っていないし」
だが宿の部屋で半日休んだ今の様子を見てみれば、それを感じさせない程度には元気に見える。
「ミナトちゃんはわたしに何して欲しい?」
「え、して欲しい事……?」
可愛い女の子を前に「して欲しい事」といえば、そらもうアレなのだが、あんな体験をした彼女等を前にして言えることではない。
「あ、そうだ、リィーヤ。この子アンタより年上らしいわよ」
「え……」
フォニが口にした事実を受けて、顔面蒼白となるリィーヤ。
「ミナトちゃん」だなんて、傍から見れば完全に年下の子供をかわいがる感じだった。
「ご、ごごごごめんなさい! 調子に乗ってました!」
「ああ、いいのいいの。別に歳上だから偉いとも思ってないし」
リアがフォローすると、リィーヤはほっと胸を撫でおろした。
「あの、ところでミナトさんは食べないのですか? お肉、美味しいですよ?」
「うん、食べたいけどね。今腕があがらないから」
「……フォニ姉さん、どれだけ痛めつけたんですか」
「ちょ、ちょっと張り切り過ぎたのよ。……そうだ、あなたたちが食べさせてあげなさい」
「食べさせ……マジすか!?」
今ジワジワと全身に治療魔法を使っている最中なのだが、リアは突然それを中断した。
いやわかるよ。可愛い女の子にあーんしてもらいたいよな。
「それがお礼でいいから、ぜひお願いします」
「え、そんなことでいいのですか?」
「そんなことが、いいのです」
そう言ってリアは「あーん」と口を開けた。
それを受けてリィーヤは恐る恐るリアの口へフォークに指した鶏肉を近づける。
もぐもぐ……うむ、美味い……けど、リアは少し物足りなそう。
「ど、どうですか?」
「あのさ、リィーヤ。食べさせる時にこう手を添えてくれない? あ、そうそう。それと上目づかい。あともうちょっと不安気な感じがあればなおよし」
「え、なに、わかんない……」
引かれてますよ、リアさん。
「急に注文が多い子ね。ここはあたしが手本を見せてあげるわ」
「え、フォニできんの?」
「馬鹿にしないで。旦那相手に何回もやってるから。ほら、あ~ん」
「むぐっ」
フォニはリアの口に根菜をそのまま突っ込んできた。
確かにフォークに手を添えていたけれど、なんか雑だ。
「ほら、次行くわよ」
「んぐっ……んぐんぐ……ぷは。ちょっとペースがはや──むぐっ」
「はいどんどん食べましょうねー。食べないと、大きくなれないわよ」
「だから私は! んんーっ!」
それからはただ口に食事を放り込まれ続ける飯トレタイムが始まる。
「夕飯は覚悟しておけ」と言っていたのは本当だった。
いつの間にか、リアの口に食事を入れる役目がフォニからリィーヤに変わり、更にノーサに変わる。
リアもリアで馬鹿正直に突き出されたフォークを口に入れること無いのに、可愛い女の子が「あ~ん」してくれるという漫画やエロゲで10兆回は見た憧れのシチュエーションを体験していると思うと、身体が拒むことをしなかった。
「みんなでこれ、全部食べさせてね」
結局、フォニの計らいで、女性陣全員からご奉仕を受けることに。
「ミナトさん、助けてくれてありがとう。はい、あ~ん」
皆、フォークを差し出すついでにお礼を言ってくれる。
女の子に感謝されるって最高だなぁ……うっぷ。
「──これはどういった状況なのでしょうか」
連絡にやってきたアザリ様が困惑の視線を送ってくるまで、この宴は続いた。
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