第85話 クオリアの宿場村
人攫いたちを引き渡してからすぐに案内の女性は現れた。
(女騎士きたあぁぁぁぁ!)
甲冑を身に纏い、綺麗な亜麻色の髪を揺らす美人。リアのテンションは爆上がりだ。
「お待たせいたしました。皆さまをお連れする、アザリ・クオリアと申します」
アザリと名乗った女性は恭しくこちらに頭を下げた。
今まで出会ってきた人間の中では珍しい苗字的なものを持った人だ。
というか、『クオリア』? この宿場村の名前と同じということは……。
「ふぅん。まさかお貴族様が出て来るとはね」
「事の大きさを判断した結果です。地方の木っ端貴族で申し訳ありませんが……」
女騎士の正体はまさかの貴族様。
ネイブルが共和制を敷いていたこともあり、実際にやんごとなき身分の人間を目の前にするのは初めてだ。
ちなみに、あそこでの苗字はそこまでカッチリした使われ方ではなく、例えば「○○商店の××です」みたいに雑なニュアンスで用いられることが多かった。
距離的に近いこの国でもその考えがあるならば、恐らく相手は貴族であることをアピールしたがっているということだ。
「それは良いけど、あたしたち平民に上質な礼節を求められても困るわよ」
「勿論、構いませんわ。誠意を示すべきはこちらなのですから。【剣戟の協奏曲】のフォニさま」
「……っ! ちょっとやめてよ!? その二つ名嫌いなの! 恥ずかしい!」
フォニは一気に顔を真っ赤に染めた。
【剣戟の協奏曲】ね。かっけぇ……。
「ふっ……フォニって有名なんだ」
「笑わないでミナト!」
「笑ってないよぉ。カッコいいじゃん」
「カッコ良くないわよ! いい? あたしが考えたんじゃないからね! 夫と冒険者やってた頃に出会ったバカが悪ふざけで広めただけなんだから!」
「いえ、旦那さまとの巧みな連携によって繰り出される容赦のない攻撃。その強さと美しさを上手く言葉に落とし込んだ素晴らしい二つ名だと思います」
「だからやめろつってんでしょ!」
とりあえず、アザリ様がフォニに対して憧憬の念を抱いていることは分かる。その証拠に村の中へ案内される道中も、彼女はフォニに対してキラキラした眼差しを向けていた。
ただフォニは少し厭わしそうだ。流石に彼女も疲れていた。
「皆さま、詳しいお話は明日にして、本日は宿を手配しているのでごゆっくりお休みください」
アザリ様の言葉に女性たちは皆一様にほっとした表情を見せる。
案内された宿へ到着すると、まだ日が高い時間にもかかわらず、ほとんどの人は部屋にこもってしまった。
リアもそうしようと思ったのだが。
「ミナトさまはまずギルドへの報告をお願いします」
「あ、はい」
まだ人攫いたちの取り調べが済んではいないので確定ではないが、リアの場合、被害者ではなく功労者という扱いになる。今回事後ではあるが領主からの依頼として、ギルドでの処理が行われるらしい。
つまり依頼達成のスコアとなるのだ。
被害に遭った彼女等には悪いが、旨味を感じてしまった。
「──というわけです」
冒険者ギルドにて、女性たちを助けた経緯を説明する。
「なるほど、わかりました。それはご苦労さまでしたね。迅速な行動をとったあなたの勇気と、救出を成功させた実力の高さを当ギルドは評価します」
「ありがとうございます。えへへ……」
ギルド職員の美人なお姉さんに褒められてリアは嬉しそう。
「ですが、魔石をばら撒いて疑似的な『狂乱』を作り出したのは危険極まりないことです。場合によっては罪に問われることもあるので、今後は絶対にやらないでください」
「あ、はい」
上げてから落とされた。
そうか、魔石撒くのダメなのか。……そりゃあそうか。街の近くでやれば、多くの人を危険に晒すことになる。
知らずにやって逮捕されるのは困る。今回は注意で済んでよかった、そう思うことにしよう。
「もうしません」
「よろしいです。では、明日の段取りを──」
明日、正式に人攫いの調査結果がギルドへ知らされる。その後にリアの功績が認められ、冒険者としての実績となる。
前回からの間隔が短すぎるということもあり、流石に今回のランクアップは期待できない。だが、認められれば、確実に次のランクアップにつながる実績となるだろうと言われた。
ランクアップはリアの現在の階級である『藍』から上がる所が一番大変だという。
ランクの概念を聞いた当初はもっと簡単にランクが上がればいいのにと思っていたが、今回元翠級の動きを見てからというもの、その思いは何処かへ吹っ飛んだ。
『藍』の次が『青』ときて、それから『翠』となる。実はフォニのランクは次の次。そう考えると、ランク自体はそう遠いものでもない。
ただ実力としてはどうだろう。おそらく魔法を作り出す力に関してはリアに軍配があがるだろうが、身体強化を始めとする魔法の運用や冒険者としての経験に関してはフォニの足元にも及ばないだろう。
しかし今回、そんな彼女ですら捕まってしまう事態に陥ったわけで。
「うう……」
そら恐ろしい現実を思い、リアは思わず身震いした。
そういえば最近の俺たち、雑魚狩りしかしていないよな?
とんでもない事実に気づいてしまった今、実力以上のランクに上がってしまうことが少し怖く感じた。
「あら、今帰り?」
「あ、フォニ。うん、そうだよ」
ちょうどフォニの事を考えている時に、宿の前を歩いていた彼女に出会う。
「フォニは休んでなくていいの?」
「もう充分休ませてもらったわ。今はなんだかやることが無くてね」
「それで散歩?」
「そうそう。ミナトも一緒に行く?」
「うん。じゃあお供します」
なんだかフォニが寂しそうな顔をしていたので、リアは来た道を再び彼女と歩き出す。
そのまましばらくクオリアの村を見て回った。
クオリアの村はネイブルとの交易の為に作られた宿場村だ。その為か、基本的に建物の並びは宿か食事処が占めていた。
そんな、あまり変わり映えのしない風景が続く。
正直なところ、あまり見て楽しい場所ではないな。
「それでね。マシュロ村はね──」
だから、フォニから出てくるのも彼女が生活を営むマシュロ村の話ばかり。
マシュロ村はここより南東にある村。フォニが生まれ育った村だそうだ。
彼女は小さい頃から運動神経がよく、冒険者になる前から村を襲う魔物を退治してきたという。成人するとすぐに冒険者になって村を出た。
そして、気が付けば翠級まで上がっていたという。
だが、冒険者としてまだまだこれからというところで結婚。冒険者を辞して生まれ育った村へ戻ったそうだ。
「子供が欲しかったから」
一番の理由がそれらしい。そう言われると、「勿体ない」とは思えなくなった。
まあ、今でもたまに、村に出る魔物を駆除しているらしいし、実力が大きく衰えているわけではない。
そう考えると、実際は翠級以上の実力が彼女にはあるのかもしれない。
「ミナトは何処から来たの?」
フォニの話を聞いた後は当然こちらの事を話すのだが、リアが話せる真実というのはそう多くない。
「ふーん。ガイリンから冒険者になるためにねぇ……」
嘘はついてないけれど、話せない部分を削り過ぎてかなり薄っぺらいバックストーリーになってしまう。
フォニはあからさまに物足りなそうな反応を返してきた。
「ごめんなさいね。馬鹿にする訳じゃないけれど、あなたのその容姿と魔法位からして、何処かのお姫さまがお忍びで冒険者でもやってるのかと思ってたの」
「いや、もしそうだとしてもそれを言う訳ないじゃん」
「あはは、そりゃあそうか」
楽し気に微笑むフォニ。今更だが、笑ったところを見たのはこれが初めてだった。
「あっ、そう言えば、あなたに助けてもらったお礼をしなきゃって思っていたのよ」
フォニはそう言って、思い出したように手を叩く。
「いや、別にいいよ。ギルドから報奨金出るし」
「そういうわけにはいかないわよ。あたしたち、奴隷としてガイリンへ連れていかれる一歩手前だったんだから。お金は……そんなには出せないけれど、今まで溜めた魔石とか、珍しい魔物の素材とかそういうのならマシュロ村にあるから」
「うーん……」
リアは返事に窮する。
お金、魔石に素材も、必要ではあるが彼女の村を訪ねてまで欲する物ではない。というか、被害者である彼女から金品を貰うことに対して非常に強い抵抗感があった。
(ミナト、何かない?)
(何か……うーん。金が絡まず、フォニにしか出来ないお礼か。──あっ、そうだ! あの事を相談してみたらどうだ?)
(ああ、なるほど。そうする)
俺が提案したのは、ギルドから帰る道すがら、ずっと悩んでいた冒険者としての実力の件について。
元高ランク冒険者がルーキー冒険者の相談に乗るというのは充分良い礼に当たるのではないだろうか。
「あのね。物じゃないんだけど、ちょっと相談に乗って欲しくて」
「ほう、相談ね。なるほど。恋愛相談以外ならなんでも答えるわよ」
「いやそれは元からいらない。えっとね、私今冒険者としてもっと強くならなきゃって思っていて──」
リアは今藍級冒険者として抱えている実力不足からくる漠然とした不安を彼女に訴える。
すると──
「向上心があるのね! 素晴らしいわ、ミナト!」
「わわっ」
目をキラキラ輝かせたフォニに手を取られる。
「そういうことなら、このフォニ姉さんに任せなさい! さあ、善は急げね。今から始めましょう!」
「なにを!?」
取られた手をそのままに、リアは何処かへ連れていかれるのであった。
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