第84話 検問での口論

 フォニが荷車を引き始めて半日。何度目かの休憩を挟んでようやく宿場村クオリアの外壁が見えてきた。


 一応ここがパレッタ王国最西端の集落らしい。


「結構国境から離れているんだね」

「ええ、この辺りは平な土地が少ないですから」


 日本というか地球では高低差のある土地に集落があることは珍しくないけれど、この世界ではまず聞いたことがない。それには魔物の存在が大きく、防衛が大変な土地は維持するメリットがあまりないと考えられているからなのだそうだ。


 それよりは交易の為の山道を整備し、スピードを以て拠点と拠点を繋ぐ方に力が注がれている。その産物がここ数日走ってきたこの山道である。


 聞けば、この道はネイブルとパレッタの両国がお互いの交易をより円滑に行う為にお金を出し合って作ったものらしい。どうりでしっかりとした舗装路が敷かれているわけだ。


 隣国同士は嫌い合うとはよく言うが、この2国間に関しては戦争などの心配は当面無さそうだな。


「速度落とすわよー!」


 フォニから合図が出る。その言葉の通り、皆は慣性に備える姿勢を取った。


 荷車は徐々に速度を落としていき、外壁の検問へたどり着くまでには徐行の速度になっていた。


 そしてそんな様子を周りの商人や冒険者たちが奇異な視線を寄越してくる。


「なんだお前ら? 女ばかりで」


 ただそれは人が馬車を引いていたことではなかった。


 検問官は女性たちに不躾な視線をむける。


 今回のことで女性の多くは男性に対して恐怖感を覚えるようになってしまったらしく、反射的に目を背けてしまう人もちらほら。


「事情があるのよ。説明させて」

「まあ聞くが……その前に、お前ら身元を証明するものは?」

「身分証……あたしは今持ち合わせてないわ」

「なら持っている人間が話せ」


 退けられたフォニは悔しそうに下唇を噛む。


 人攫いに捕まっていたんだ。手荷物なんかはどこかへ破棄されたのだろう。


 仕方がないので、この中で唯一ギルド証を持っているリアが身分を証明しつつこの状況を説明することに。


 差し出したギルドカードを確認すると、検問官の男性は険しい視線をこちらに向けた。


「……お前がミナトか」


 初めて訪れた土地にもかかわらず、こちらを知っているかのような口ぶりなのはどうしてだろう。


「連絡は聞いているぞ。お前、乗合馬車から勝手に抜け出したんだってな。御者のおっさん、めちゃくちゃ怒ってたぞ」

「えっ!?」


 ああ、それか……。


 リアは「なんで!?」と続けるが、おっちゃんがキレるのは至極当然だと思うぞ。


「あなた、何をしてんのよ……」


 フォニも呆れている。だがまあそのおかげで人攫いからフォニたちを助けることが出来たと思えば……。


 その件はともかくとして、今はこの状況を検問官へ伝えねばならない。


 リアは苦手ながらも懸命に説明の言葉を紡ぐ。


「えっと、私はふとそんな雰囲気を感じて、その、だから──」


 彼女等の発見はこのエルフ耳のおかげという面があるわけだが、まさかそれを説明するわけにもいかずにリアは説明に窮した。


「ふむ。じゃあ何か? お前は馬車を勝手に降りて、その足で人攫いの拠点を山の中に見つけたから攻略しにいったと? 人攫いのいる気配がしたからと?」

「いや、あれ? お腹が空いたから狩りをしようとしたんだけっけ? そういうことに──」


 検問官の圧力に思わず、言動が一転してしまう。


(バカバカ! なんで途中で言うこと変えるんだよ!)

(だってコイツめっちゃ怖い顔で質問してくるんだもん!)


 馬車を勝手に降りた事が彼の中でリアを相当胡散臭い存在にしているらしく、まるでリアが犯罪者のような扱いだった。


「とにかく! これだけ被害者がいるんだから、信じてくれてもよくない!? それに人攫いもちゃんと生きたまま捕まえてるんだよ!?」

「ふむ。それなぁ……」


 検問官は面倒くさそうに、縛った男たちに視線を送る。


「精神鑑定の魔法士をギルドから借りてこないといかん。はぁ……ったく噂通り≪黄昏≫ってのはどうしてこう面倒なことばかり──」


 検問官が半分愚痴るようにつぶやく。


「ちょっと待ちなさい」


 すると今まで大人しく黙っていたフォニが突然低い声を出した。


「あ?」

「アンタね、どういうつもりよ。この子は危険を冒してまで捕まっていたあたしたちを助けてくれたのよ? 感謝はされても、そんな怪しいものを見る目を向けられる謂れはないわ」

「いや、別に俺はそこの黄昏女が嘘つきだって言ってるわけじゃない。言い分が正しいかどうかは、そこの男たちを調べればわかることだから」

「あたしはアンタのその態度が気に入らないって言ってるの! もっと申し訳なさそうにしなさいよ! あたしたちが今にもガイリンへ売られそうになっていたのはアンタたちのせいでもあるんだからね!」

「俺たちっ!?」


 気だるげな様子だった検問官の表情が一変する。


「コイツらは商人に扮して南東にあるマシュロの村から、唯一のルートであるを通って、それからソフマ山脈まで向かおうとしていたのよ? 荷台にはあたしたちが詰め込まれた状態でね!」

「なっ……!」

「つまり、アンタたちがもっとちゃんと仕事をしていれば、あたしたちはここで発見されて、それで済んでいたのよ!」


 ため込んでいたものを吐き出すようにフォニは叫ぶ。


「でもそうじゃなかった。アンタらのテキトーな仕事のせいで、こっちには処女を奪われた娘だっているの! その娘の前でもアンタは同じようにものぐさな態度をとるの!? もしそうならあたしがぶん殴って矯正してやる! ねえ、どうなの!?」

「わ、わかった! あなたも、先ほどの態度を詫びる! すまなかった! この男たちは今すぐ取り調べをするから、あなたたちは村へ入ってくれ! 女性の案内人を付ける!」


 フォニに活を入れられ、顔面蒼白になった検問官は逃げるように壁の中へ消えていく。


 しばらくして、数人の兵士が現れ、そそくさと人攫いたちを何処かへ連れて行った。


「お、お疲れ様」

「ふぅ。ちょっとすっきりした。やつあたりしちゃって彼には申し訳ないわね」

「いや、やつあたりってわけでもないと思うけど」


 フォニの話を聞いた限り、確かに彼らの仕事ぶりによっては早期解決ができた事件だ。


 それよりも思ったことは、平気そうに見えるフォニもやはり精神的に追い詰められているんだということ。だからこそ、それを感じさせないところに彼女の成熟した大人の精神が見える。


 彼女、見た感じ元の俺とそうかわらない年齢なんだよな。そう考えると少女の中に入ってオロオロしているだけの自分が情けない。


 リアが馬車を降りた事もそうだが、もう少し俺はリアに対して指針を示せるような存在にならなければ。そうでないと本当に俺はリアにとって、ただの名作エロゲ紹介お兄さんになりかねない。

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