第83話 久しぶりの……
「なあ痛ぇよ……これ外してくれ」
「うるさい死ね!」
「うぐっ……」
人攫いの男が赤髪の女性にけりを入れられる。
男の腕には魔法封じの枷が嵌められており、今までとは形勢が逆転していた。
リアが電撃を放った結果、生き残った男は20人中16人。フォニが殺した男を除くと3人がリアの魔法で死んだことになる。
勿論、殺すつもりで放ったので、想定外のことではなかった。
「うっ……くっ……げぇぇぇ……」
だが、リアは自分の意志で人を殺したという事実が頭の中を巡り、ふと内臓がひっくり返えるような激情に駆られる。
「大丈夫ですか?」
見かねて、フォニからノーサと呼ばれていた水色の髪の少女が背中をさすってくれた。
「人を殺したのは初めてですか?」
「……初めてじゃない。でもひさしぶりで」
「そうですか……。でも、その、下手な慰めかもしれませんが……相手は罪のない人を沢山殺してきた悪人です。どうか気に病まないでください。それに、あなたは私たちを救ってくれたのですから」
別にリアは殺した男たちに悪いと思っているわけではない。
それは自己の中だけで発生した違和感だ。
(大丈夫だよ……私は今までで2人も殺してる)
自分に言い聞かせるようにリアは2年前の出来事を想起する。
奴隷のリアを護送していた冒険者と、山奥の湖畔にいた怪しい男。
確かに俺たちは過去にそれだけの人間を殺したが、そのどちらもが今回のように殺すことを決意してやったことではない。
それに、それから過ごした2年間で俺たちはあまりに平和な時を過ごしてきた。加えて、
その結果、リアは人の血が苦手になったりと、ある意味弱くなったしまった現実は否めない。
だからこれは有るべくして出来上がった、乗り越えるべき感情なのだ。
(冒険者をやっていれば、いずれ殺しも出来るようになる必要はある。今日その時が来たと思うことにしよう)
(うん……)
(それより周りの魔物は大丈夫か? 男たちがかなり減らしたとはいえ、かなり強いのも混じっていたが……)
俺はリアの気を紛らわせるように、別の方向へと視線を誘導する。
結論から言うと、『狂乱』は着実に鎮圧へと向かっていた。役者は勿論フォニである。
彼女は捕らえられていた鬱憤を発散するように魔物を切り伏せていく。凄まじいことに、通った跡には死体の山が出来上がっていた。
「うわつっよ……」
「うふふ、そうでしょう? フォニ姉さんは村……いや国内で一番強い人ですから」
「そんな人がなんで捕まってたの?」
当然の疑問を口にすると、ノーサの表情から笑みが消える。
「私たちが悪いのです。私たちさえ足を引っ張らなければ……」
その一言に多々察するものがあって、リアは失敗を悟る。
「ご、ごめんね。無理して言わなくていいから……」
今は辛いことを思いださせない方がいいな。
魔物の駆除を終えたフォニが洞窟前まで戻ってきた。
手には大量の魔石が入った袋を抱えている。
「はいこれ」
リアに手渡される。
「え、なんで私に?」
「あなた、魔物をおびき寄せる為に沢山撒いてくれたんでしょ? 足りないとは思うけど、その補填。結構な値段で売れるんじゃない?」
「そ、そう……」
そう言われると素直に受け取る以外の答えはない。
パレッタ王国内でもネイブルへの輸出品として魔石の相場は上がっているらしい。
「これからどうするの?」
「とにかく食事にしましょう。あたしたち捕まってからロクなもの食べてないのよ。ちょうどいい感じの魔獣も狩れたしね」
そう言う彼女は後ろに巨大な鹿魔獣の死体があった。
リアに食欲はないものの、ゲッソリとした女性たちを見ていると何か食べさせなくてはと思ってしまう。ツリロで買い込んだ塩や香辛料が早速役に立ちそうだ。
早速皆を集めて、食事の準備にかかった。
献立はシンプルに肉に塩と胡椒を振って焼いたもの。にもかかわらず、女性たちの中には口にした途端泣き出してしまうものが多数いた。よほど辛い思いをしたのだろう。
フォニから話を聞くと、彼女たちが男たちから受けた扱いは本当に酷いものだった。
食事が貧相なのは勿論、暴行も受けた。閉じ込められていた環境は悪く、ロクに眠れもしない日々。
「亜人になった気分だわ」
その言葉に引っ掛かったものの、大変だったことは同情に値する。
女性たちの扱いは2通りに別れる。容姿が良い処女は奴隷として、山脈の向こうで高く売れるため手を付けられなかった。一方で、容姿が優れない、または経験のあった女性は遠慮なく虐め抜かれたという。
またリアが男を嫌う理由が増えてしまった。本当いい加減にしろと言いたい。
ちなみに既婚者だというフォニも酷い性的暴行を受けていたようだが、見ている分にはそれを感じさせない。
リアが洞窟内を調べた時に犯されていた3人なんて、食事中もずっと泣いていたというのに。
さて、食事を終えたら今後のことを話し合う。
こちらとしては一刻も早くどこかの集落へ行きたいところだが。
「一番近い宿場村へ向かうにしても、今からなら夜通しになるわ。出発は明日の朝にしましょう」
とのことで、まさかの2日連続野宿となる。
流石に彼女たちは穴の中では眠らないようで、止む無しと捕らえられていた洞窟を使う。
大丈夫なのか、と思ったけど、解放された安心感から皆はすぐに眠りについた。
「ほら、口開けろ」
「おいガキてめ、これ外せ……んぐっ」
彼女たちの大半が眠りについたのを見届けて、捕まえた人攫いたちに餌をやる。
彼らの処遇について、女性たちの間で揉めに揉めた。
今すぐ殺して、と叫ぶ者。国に突き出してしかるべき罪に服すべきだという者。
だが、パレッタ王国を含む南諸国では、純人奴隷の取引は死罪にあたるということで、結局コイツらが死ぬことには変わりない。彼女たちの鬱憤を今晴らすべきか、という問題である。
ただフォニが言うには、彼らの裏を暴く必要はあるので出来るだけ生きたまま国に引き渡した方がいいのだそうだ。
というわけで、ここで処断する選択肢は掻き消える。
そして、生かすからには食事やら何やらの世話をしなければならない。当然ついさっきまで暴行を受けていた女性たちにそれをやらせるわけにはいかないのでリアが行うしかなかった。
結局見張りやら何やらで、あまり眠れず朝を迎える。
「ごめんなさい。すっかり眠りこけてしまったわ」
やってしまった、と言わんばかりにフォニは頭を下げてくる。
「いや、フォニも皆と一緒でずっと捕まってたんだから、休んでいていいんだよ」
「うん。ありがとう。その代わりと言ってはなんだけど、宿場村までの移動はあたしに任せて!」
「え?」
移動は任せてとは、どういうことだ?
疑問に感じていたら、数人の女性が洞窟の側に隠してあった人攫いたちの馬車、その大きな荷台部分を引いてくる。
これに数頭の馬を繋ぎ、商隊に扮することで人攫いたちはここまでやって来たらしい。荷台には保存食やカモフラージュとして工芸品が置かれ、そこに紛れて女性たちは押し込められていたそうな。
ただ馬車自体これから向かうソフマ山脈の険しい山道には適さないので、出発前に廃棄される予定だったらしい。むしろこんなに大きな車体をここまで持ってこられたのが凄い。
で、そんなものを持ち出して、「任せて」と言うってことは。いや、まさかな……。
現在荷車部分は残っているが、残念ながら引いていた馬がいない。もう男たちによって食材となってしまったらしい。じゃあどうするんだろう。
リアたち一行は軽く朝食を済ませると、荷車に男たちや荷物を積み、すぐに洞窟を出発した。
全員で車体を押しながら何とか舗装された山道まで出ると、フォニは皆に荷台へ乗り込むように言う。
言われた通りにすると、彼女は馬用の手綱を使って自分の身体と車体を繋ぎ出す。
「いやいや、ちょっと待って!? まさかフォニが馬の代わりになる気!?」
「任せて、って言ったでしょ?」
「そんなん無理だって! タイヤ引きじゃないんだから!」
「え、たいや?」
「ああ、いや……えっと」
「まあ大丈夫だから、安心して乗っててよ」
フォニはそう言うとゆっくり前へ足を進める。それに連動して荷車の方も発進を始めた。
はえー、すっごい安定した動き出し……じゃなくて!
「ミナトさん、大丈夫ですよ。これ、フォニ姉さんは昔からよくやっているので、今更事故を起こしたりなんてしません」
「いや、そうじゃなくてね!?」
こうやってフォニが荷車を引くことはノーサにとって当たり前のことらしく、同様した様子は一切ない。
次第に荷車は馬にも劣らない速度に到達していく。
身体強化魔法を使えば確かにこんなことは容易に出来るのだろうが、それでも疲れるし、人を乗せる以上繊細な力の使い方が求められるはずだ。
だが思えば、馬や牽牛獣なんてものではないほど強力な魔獣や魔物、それらを腕一本で仕留められる翠級冒険者がこんなことくらい出来ないはずがないわけで……。
(まあ大丈夫って言ってるんだから、いいか……)
魔獣の引く馬車と何ら変わらない乗り心地に、リアは色んなことがどうでもよくなった。
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