第82話 救出作戦

(うん。試してみてもいいかも)


 俺の提案はリアの賛同を得られた。


 まず俺たちがやることは、洞窟の周りに魔石をばら撒くことである。


 魔物や魔獣は魔力を得る為に人を襲う。そして、同様に他の魔物を襲うこともある。その場合ヤツらが欲するのは魔石だ。まあ、魔石には魔力が貯蔵されているわけだから、結局人を襲う理由と変わらない。


 そして魔石の魔法位が高ければ高いほど、沢山の魔物が魔石に群がってくる。特に剥き出しの魔石は魔物たちをよく引き寄せるそうだ。


 その習性を利用してやろうという寸法である。


 しかし、この作戦には運もある。上手く釣れてくれることを願おう。


 イメトレもそこそこに作戦を決行。


 リアは一度見張りの目の届く範囲を離れ、洞窟の位置を中心として魔石をばら撒いて行った。ここら近辺で採れたショボいのじゃなくて、ソフマ山脈で得た格の高い『青』や『翠』の魔石である。いざという時じゃないとこんなに勿体ないことは出来ない。


 そして、その効果はテキ面で、魔石を撒いて数分も経たない内にワラワラと小鬼が集まってきた。


 他にも熊の魔獣や森樹鬼の姿を見かける。


 いいぞ、現れる魔物は強ければ強いほどいい。


 魔物たちは魔石を貪ると更なる糧を求めて、辺りを徘徊し初めた。


 勿論絶対ではないが、ヤツらの行動には優先順位というものがある。まず手早く魔力を補充できる剥き出しの魔石、これを取り合う。


 次に生きた人間だ。特に魔法位の高い人間は狙われやすいと言われているが、魔物の知能によっては魔法位の高い人間を敢えて避けたりするので一概にそうとは言えない。


 とにかくリアは魔石を広範囲にばら撒き、周囲から魔物たちを集めていった。


 そして、貪る魔石の無くなった魔物たちが取る行動は……。


『うおっ!? 急に魔物の数が!?』

『こんな時に『狂乱』か!? おい、誰か人を呼んで来い!』


 集まってきた魔物たちの狙いは洞窟へと向き始めた。


 『狂乱』


 ハツキさんから聞いたことがある。簡単に言えば、大量発生した魔物が一気に移動することである。


 どれほどの魔物が一度に現れたら『狂乱』と言えるのか定義こそされてはいないが、今みたいに辺りのどこを見ても魔物がいる状態は『狂乱』といってもいいだろう。


『大丈夫か!? 手伝うぜ!』

『おおっ! 助かる!』


 表で見張りをしていた人数だけでは対処できないと悟ったのか、中から数人が追加される。


 もっとだ。全員出て来い。


 ただコイツら実力があるのか、人数が増えた途端に魔物を順調に駆除するようになった。


 このままでは魔物が足りない。


 リアはストックが切れないように、木に登ってから追加の魔石をどんどん撒いていった。


 しばらくすると……。


『うあああっ!! なんでこんなところに!』

『や、やべぇ……おい! もう全員連れて来い!』


 おお。凄い量の魔物が集まってきた。中にはあの懐かしの猪ゴリラの魔物、猪剛鬼もいる。あの時はただ恐ろしいやつだったが、今となっては頼もしい。


 案の定、男たちは魔物の数に対処しきれず、怪我を負う者が出てくる。


 そして数分後には男全員が外へ出てくる事態となった。

 

 よし、そろそろ頃合いか。リアはガラ空きとなった洞窟へと侵入する。


 男たちは戦いに夢中で気づいていないようだ。まあ、女性たちからコイツらを引き離すことが目的だったので、気づかれても一向に問題は無いが。


「うえぇぇぇぇっ!」


 洞窟の中に入って早々、淀んでいた臭気に吐き気を催す。


 人間のあらゆる体液が混ざり合って熟成したような、地獄のような臭いに嗅覚が焼かれた。


(おえっ……うえっ……くしゃいよぉ……)

(が、頑張れ)


 中で捕まっている女性たちはずっとこんなのを耐えているわけで。


 身体に悪いとすら思える臭いと戦いながら、リアは洞窟の奥へ進んでいく。洞窟の奥はそこまで広いスペースはない。せいぜいコンビニくらいだろうか。


 だから、リアはすぐに捕らわれた女性たちの元へたどり着いた。


「ひっ……ひっ……」


 つい先程まで性的暴行を受けていた女性3人は裸のまま地面に捨てられ、そのまま蹲り泣いていた。


 当たり前だけど、こんな状態の裸体を見たところで魔力が増えたりはしない。そこまで俺は場をわきまえない男ではない。


「誰っ!?」


 どこから手を付けるべきか、と考えていたリアに気が付いたのは檻の中にいた女性のひとりだった。


 木製の檻は小さく、彼女たちは身を寄せ合いながら皆一様にこちらの様子を訝し気に見ている。


「あ、安心して。助けに来た」

「助け!? アイツらはどこ!?」

「全員外で魔物と戦ってるよ。私が誘い出した」

「本当なのね!?」


 こちらが女だったからだろうか、彼女たちの中にリアの『助け』という言葉に疑いを向ける者はいないようだ。


 「よかった」「助かった」「ようやく終わる」


 そんな安堵の声が檻の中を満たしていた。


「とりあえず、拘束を解くから」


 檻の一部を破壊して、1人ずつ嵌められていた枷を魔力を流すことで強制的に外していく。


 これはあれだ。魔法を使えないようにする懐かしの魔道具。ご丁寧に全員に嵌められていた。


 ≪翠≫≪青≫に≪藍≫。よく見れば皆魔法位が並以上だ。


 そういう人を奴隷として売るのか。


 裸の3人分も含めて全員分の枷を外すと、皆一様に身体が自由に動く解放感を味わっている。


「皆、喜ぶのは早いわ。アイツらが魔物を斃して戻ってくるまでにここを出る準備をしないと!」


 捕まっていた女性の中のひとり、一番にリアの姿に気づいた茶髪の女性は皆を鼓舞するように声を掛ける。


 他の女性たちも異論はないようで、皆すぐさま返答を返す。


 20代中盤くらいの年齢に見える彼女は、この中では一番大人に見えた。おそらく彼女が中心となって、捕まった者同士でまとまってきたのだろう。


「あなた、申し訳ないけどお礼は後にさせてもらうわ。それよりこれからどう動くつもりなの?」

「ああ、えっと、人質を確保した後はヤツらを魔法で一掃しようかと」

「……大味な作戦ね」

「いや、魔物と戦ってるし、いけるかなって……」


 リアの魔法なら俺も出来ると思っていたが。一方で彼女の反応はあまりよろしくない。


「アイツら、結構やるわよ。複数で囲まれたとはいえ、元翠級冒険者だったこのあたしがこうやって捕まってしまったくらいには」

「翠級!?」


 『翠』といえば、【暁の御者】の面々より2つ下のランク。それってかなり凄いのでは?


 つまりあの男たちって結構強い……? でもリアの侵入に気づかなかったしなぁ。いや、侮るのはやめておこう。


「あなた魔法士のようだけど、武器は何か持ってない?」

「長剣と解体用の短剣が……って、お姉さんも戦うの?」

「当然。この子たちを守りながら戦うのよ? 戦力は多い方がいいでしょ。あと、あたしはフォニよ」


 よく考えなくとも、『翠』級ならリアよりも断然強い。ここでお姉さんこと『フォニ』を戦力として補強しない理由はないな。


 リアはバレないようにマジックバッグから、赤く輝く一振りの剣を取り出す。


「私はミナト。これ使って」

「ありがとうミナト。ってこれ紅剛鉄こうごうてつじゃない! こんなの金級でも使ってないわ!」

「貰いものなんで。一応手入れはしてるけど未使用に近いよ」


 本当はパクったものだけどな。


 フォニは渡した剣を握ると、リアから距離を空け、軽く剣の素振りを始めた。


 初めて使う剣だからか、それとも先ほどまで縛られていたせいか、動き出しは少し鈍いように見えた。しかし、剣を振るにつれて段々と動きが洗練されていく。


「ふっ! ふっ! この剣いいわ! あたしの腕によく馴染む!」


 笑みを浮かべながら剣を振るう姿を見て思った。この人つえーわ。だってケンゴウやマトサン、カイドさんがやっていた素振りと同じ音がしてるんだもん。


 型のような動きを試し、フォニはチューニングを終える。


「リィーヤ、ノーサ。あなたたちはここで皆を守るのよ」

「承知しております」

「余裕です! 魔法も使えるようになりましたしね!」


 一緒に捕まっていた魔法位の高い女の子2人に女性たちの守りを任せ、リアたちはいよいよ攻撃を仕掛ける。


 流れは単純で、リアが魔法をぶっ放して取りこぼした相手をフォニが切るというものだ。


 一応フォニは安全マージン的立ち位置なので、出来るだけ初撃で倒しきりたい。


「じゃあいくよ!」


 というわけでリアが選んだ魔法は電撃。周りの魔物もついでに巻き込む、くらいの出力で放つ。


 バチバチを音を立てながらリアの作った光の鞭は魔物と男たちを飲み込んでいく。


「あ゛っ」


 ひとり、またひとりと倒れていく。


 このまま全員いけるか、と思ったのだが。


「っぶねぇ!」


 最後に残った男は身体強化魔法を使って、紙一重で電撃を回避していた。


「おい、なんだよこ──」


 だが、それがソイツの最後の一言となった。


 首と胴体がお別れしたのだ。やったのはフォニ……らしい。正直、目で動きを追えなかった。


 動き出してからはあっという間だったが、後ろから聞こえてくる悲鳴にも似た歓喜の声にリアはようやく作戦の成功を悟ったのであった。

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