第81話 闇に溶ける声

 久しぶりに熊みたいに眠った翌朝。


 俺はバチバチとリアの魔法が発動する感覚で目を覚ます。


 起き上がり地面に手を付いたところ、手のひらに妙な感触を覚えたので光魔法で穴の中を照らしてみる。


「ひえぇぇぇぇ……」


 なんと、リアの身体の周りにはおびただしい数の吸魔が死んでいた。


 眠っている間に、リアの防御魔法によって防がれたのだろう。


 吸魔は所謂ヒルのような魔物なのだが、血を吸うヒルとは違い、コイツは魔力を吸い取る。


 正直数匹程度なら多少魔力を吸われたところで問題ないが、このおびただしい数の吸魔に一晩中吸われていたら流石に≪黄昏≫といえども魔力的に危ないかもしれない。


 後、単純に見た目がきしょいので、魔法で駆除出来て本当に良かった。


 驚いていると、リアが起き出してくる。


 相変わらず、人格が覚醒するタイミングの違いがよくわからないな。


(はよ~……うわっ!? なんこれ!?)

(起きたらこんなんなってた)

(自動防衛魔法、ちゃんと効いてるじゃん! やった!)


 リアとしてはこの惨状に対する驚きよりも、魔法が上手く発動していた喜びの方が大きいようだ。


 まあ起きている時ならともかく、寝ている間に発動していたかの確認なんて出来なかったからな。


 そういう意味では、この死んでいった吸魔くんたちは確実に俺たちの役に立ったと言える。せめて魔石は丁寧に取っておこう。


 黒ばっかじゃん……ショボ。


 朝飯前にいきなり実りの少ない仕事を終えた俺たちは、朝の準備を終えると、再び山道沿いにあると思われる宿場村へ向けて進行を始める。


 今日こそはたどり着きたい所だ。野生児だった2年前とは違い、今更連日の野宿は流石に嫌なのだ。


 最悪、ハツキさんとやったみたいに山道を爆走することも視野に入る。


 2日目にもなると魔物を斃しながらの強行軍は更に洗練さを増し、予想以上の進度で昼を迎える。


(ん?)

(ミナト? どうしたの?)


 そしてそろそろご飯にしようかな、なんて思っていたところに、ふと何かの声が聞えてきた。


(何か聞こえないか?)

(んー? ちょっと待ってね)


 一度立ち止まって、その声に集中する。人の声にも聞こえるが……。


「──────」


 ご自慢のエルフ地獄耳でギリギリ人の声かどうかが判別できるというレベルで密やかな音である。相当な距離があると考えていい。


(何人かいる?)

(わかるのか?)

(たぶんね。すごく高い声と低い声が両方聞こえるし)


 なるほど。なら高い声の主はおそらく女性。そして所々混じる低いのが男か。


 今までも俺たちは山道を走る馬車の音を遠くから捉えていたので、今度もその類だろうと特に気にしていなかった。


 しかし段々とその声へ近づくにつれ、誰がどんな会話をしているか大雑把にでも分かるようになると、そちらを気にせざるを得なくなっていた。


 というのも……。


『もう──て──いよぉ──りたいよぉ──ら──い』

『オラァ──としろ!』


 それは啜り泣くような女の声と男の怒鳴り声だったからだ。


 誰か犯されとる! と分かった瞬間、身体の操縦権はリアに切り替わる。


(助けにいくのか!?)

(当たり前!)


 リアは山の中を身体強化を全開にして走りだした。


 声の方向は山道から遥かに逸れた、山の深い位置に向いている。


 リアはとにかくその方向へと急ぐ。


 着実にその現場に近づいていく。その間にもリアの耳はその会話を捕らえ、段々と状況も判明してきた。


 どうやら男女共に、結構な数がいるようだ。


(あっちの辺りだよ!)


 遂にリアは声の発生源を特定する。


 それは山奥に隠されるように存在している家? いや音の響き方から洞窟か何かの中のようだ。


 その前には男が数人見張りをしているようで迂闊には近づけない。仕方がないので木の陰に忍びつつ現場まで向かう。


 近づいてみると、やはり洞窟があった。その周りを皮鎧を身に着けた数人の男たちが魔物の駆除や見張りにあたっている。


 リアは洞窟のすぐ側の木に隠れながら、洞窟内の様子を窺うことに。


 もうこの辺りになると、会話の内容は鮮明に聞こえるようになっていた。


『お前らも今日の内に楽しんでおけよ。明日からはソフマ山脈に入る。そうなれば、しばらくは楽しんでる余裕はねえ』

『そうしやす。まったくこんなルートを使わないとガイリンまで行けないなんて不便すね』

『俺たちが今運んでるのは純人奴隷、バレたら死罪は確定だ。だからリスク的な意味でも、こういう危険なルートが逆に一番安全だったりすんだよ』

『それでもソフマ山脈を抜けるのは大変すよ』

『安心しろ。俺の知り合いのクソ強い悪党が山奥に人身売買の拠点を作っていて、定期的に魔物どもを間引いている区域がある。そこを通れば比較的安全に北側へ抜けられるらしい。多少通行費は取られるだろうがな』

『女っすか? コイツらを持ってかれるのは嫌っすよ』

『持ってかれたら、手ぇ付けてないヤツを新しく下ろせばいいだろ』


 盗み聞きという情報収集をする中で、男たちはご丁寧に自分たちがどういう存在か語っていた。


 相手は人身売買組織であり、現在捕らえた人間をガイリンへ移送する途中らしい。


『ぃ……ひぃ……』


 駄弁る男たちにいたぶられている女性は皆、揃って苦しげな吐息を洩らしていた。


 リアの拳を握る力が増していく。


 聞こえてきた声から凌辱の雰囲気を悟った辺りから、リアはジワジワと怒りの感情をため込んできた。


 そして、それもそろそろ限界らしい。


(コイツら全員ぶち殺す……ぐっちゃぐっちゃの滅茶苦茶のバラバラにして……)


 そして敵のアジトを前に、もはや憤りを越えた何かに到達しようとしている。


 このままでは怒りに任せて、馬鹿正直にアジトへ突っ込んでしまいそうだ。それは少し拙い。


(リア、ステイ! 落ち着け!)

(何っ!?)

(こわっ! ……じゃなくて! 無策で突っ込んだりするなよ。向こうには女性たちという人質がいるんだ。まずは魔法で洞窟内の状況を探ろう)

(あ、ああ……うん)


 やっぱり怒りで我を忘れていたな。


 俺の指摘で少し冷静さを取り戻したリアは早速魔力を使って、洞窟内の分析を始めた。


 小鬼の巣の出入り口を探すように綿密に。確実に駆除できるよう、材料をそろえる。


 小鬼と同じくらい害悪なヤツらだが、やっていることはむしろ小鬼よりも酷い。カイドさんも言っていた。盗賊の類は魔物と思えと。


 だから駆除するのに、遠慮はいらない。


 いらない、のだが……。


 魔法によって洞窟内の情報が割れる。


 男たちは20人ほどの構成で、内4人が洞窟の外に出て見張りと魔物退治をしている。残りは洞窟内でくつろいでいたり、女性たちを回していたり。


 一方で人質の女性は暴行を受けている3人を含めて10人。残りの7人は縛られた状態で柵のようなものの中に放り込まれていた。


 状況が判明し、どう攻めるか思案する。


 最優先は人質の確保だ。その為には如何にしてヤツらを攻めるべきか。


(魔法をバンバンぶっ放そう! バーストか電撃で一網打尽にするの!)


 地頭の良さに反して、スイッチが入るとこの脳筋ぶり。だが今、豪快さはいらない。


(リア、ちょっと待て)


 当然俺は待ったをかけた。


 俺たちの一番の目的は人質の確保である。正面からかちこめば、当然女性たちが盾にされる危険がある。


 ならば、今洞窟内で行われている行為をやめさせ、女性たちから男共を引きはがさなければ。


 ただ、20人もいる男たちが明日の出発まで彼女たちに触れないでいる時間がどれだけあるだろうか。なんかヤリ納め、みたいなこと言ってたしな。


 そう考えると、タイミングが非常に難しい。


 食事時すらも誰かしらヤってそうだし、風呂は……入っているわけないし、就寝時も恐らくは誰かが見張っているだろう。


 そうなれば、女性たちがフリーになる時間は緊急時くらいしかない。例えば、全員でかからないと対処しきれないほど大量の魔物が襲ってきたとか。


 大量の魔物……いけるか。


 俺は少し思いついたことをリアに話してみる。

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