冒険者(パレッタ王国)

第80話 出鼻をくじかれる

「なーにが、『いよいよ、冒険の始まりだ』だよ……」


 俺は鬱蒼と生い茂る木々の中を歩きながら独り言ちる。


(何を言ってるの?)


 いや、独り言ではないか。


(ちょっと気が滅入っているんだよ。いきなり出鼻を挫かれたもんで)

(本当、ヤになるよね)

(いやお前が言うなよ)

(え、私のせい!?)


 今回に関してはコイツにも2割程度の責はあると思う。責……というか、もっと穏やかな解決方法があっただろというかね。


 そう、あれはパレッタ王国へ向かう定期馬車での事。


 馬車は予約制ということもあり、客席ではゆったりとした間隔が取れていた。それに自動車のシートまではいかないが座席もふかふかだった。しかも隣の席は普通のお婆さん。


 目的地まで3日という過酷な行程にしては、快適に過ごせるのでは。


 そう思っていたのに……。


 アブテロを出て3時間ほど過ぎたあたりで挟まれた休憩の後、いつの間にか隣の席が知らない男に代わっていた。


 相手は黒髪短髪のどこにでもいるような若い男。成人したてくらいだろうか、冒険者特有のオラついた感じもない。


 突然隣人が代わった違和感はあれど、特に危険として認識していなかったのだが。


『なあ、ちょっといいか?』


 男は恐る恐るといった様子で話しかけてくる。


『なに?』


 少し鬱陶しそうにリアが答える。


『君はネイブルの人間か? どうしてパレッタに?』

『違うけど……ってか答える必要ある?』

『乗ってるだけだから暇なんだよ。話でもしないか?』


 そう言う男の頬には薄っすらと赤みが差していた。


 はーん、これはアレだな。リアに一目惚れでもしたか。


 そんな彼だったが。


『無理』


 リアは気にもせずぶった切った。


 竹を割ったような返答に、呆気にとられる男。


『そ、そんなこと言わずに……』

『うるさい。話しかけないで』


 メッタメタにされる彼を哀れに思ったのか、周りの人間たちは口々にリアを諫めはじめた。


『ちょっとあなた、そんな言い方はないでしょ』

『断るにしても礼儀ってものがあるわよね』

『だなあ。というか、そもそも断らなくてもと思うがな。話くらいで何が減るわけでもなし』

『そうそう。女の子なんだからもっと愛想よくしないと』


 皆してリアを責めるこの連帯感。恐らく席を代わるにあたって、周り人間に「この女にアタックするぜ」的な意志を伝えていたのだろう。周りの年齢層が高い事もあって、男を応援する雰囲気が出来上がっていた。


 そんなに口々に責められたら、当然短気なリアは当然キレるわけで。


『ハァ!? そんなん知らんし! どうして私がそんな気を遣う必要があるの!? ふざけんな!』


 立ち上がり大声で叫ぶ。すると、騒ぎを聞いて馬車はゆっくりとスピードを落としていった。


 しばらくして、護衛のために同乗していた冒険者や御者のおっさんたちが集まってくる。周りを睨むリアを見て、皆すごく面倒くさそうな顔をしていた。


『まあまあ、話しかけただけですのでここは穏便に……』


 この状況の何がいけなかったかって、リアの味方をする人が誰一人いなかったことだろう。


 針の筵状態になったリアはついに我慢の限界を超える。


『もうアッタマきた! ここで降りる!』


 そう言って、リアは本当に馬車を降りてしまった。で、今に至るという。


 うん、まあ、乗客が悪いんだけど、リアももっと穏やかに対応出来なかったもんかな。別にあの青年とチューしろとか言われた訳でもなし。


 そして今更ながら、騒ぎの時点で俺が身体を代わってやればよかったと思う。気が付いたら車を降りていたもんだから気が付かなかった。


 馬車を降りたあたりはネイブルとパレッタの国境近くの山だった。


 パレッタの王都パレタナへはこれから東方面にいくつかの山を越えていかなくてはならない。徒歩なら2週間くらいか、いや魔物も出るだろうし、実際はもっとかかるな。いきなりの計画破綻である。


(気持ちもわかるけど、ちょっと言い方に気を付ければ丸く収まったんだ。反省しろよ)


 そんなこんながあって、今は俺が身体を操縦しているのだ。リアには少し内側で冷静さを取り戻してもらわねば。


(ごめんなさい)

(まあやっちまったもんは仕方ない。目の前にパレッタまでの道が続いてんだから何とかなるだろ)


 ネイブルとパレッタの国境付近は南北に小高い山々が連なる山岳地帯である。


 ただ深さで言えば、大陸を分断するソフマ山脈には及ばない。それゆえにしっかりした山道が敷かれ、それなりに人の往来もあった。


 パレッタ王国までの足がない今、行き交う馬車を適当に捕まえるのが一番楽なのだが……。


(単独でこんな所をぶらつく怪しい人間を誰が拾ってくれるかなあ?)

(それは……まあ、そういう酔狂な人が一人くらいはいるかもしれないだろ)

(何の下心も無しに? ミナト、ここは日本じゃないんだよ)


 この状況を作り出したヤツに冷静に諭される。


 ムカつくけど、正論だ。


 こんな超かわいい少女が知らない馬車に乗る。そんな状況、もはや日本ですら危険だろう。


 せめて宿場町まではなんとか自分の足で行くしかないか。そういう結論に至って、しばらく山道を歩いていたのだが。


『お嬢ちゃん、どうしたの? 乗っていく?』


 度々現れるスケベ心を隠そうともしない男たちが、こんな風にわざわざ馬車を止めて誘ってくる。


 見えている地雷だな。


『結構です』


 キッパリ断って諦めてくれるのならいいのだが、たまに滅茶苦茶しつこいヤツもいる。


 そういう時は思い切って整備された山道から離れる。


 ソフマ山脈より浅く人の手の入った山とはいえ、山道を逸れるとそこは魔物が跋扈する地帯と化す。そこまで逃げれば、しつこいヤツらも追っては来られないのだ。


 そして、撒いた後はまた山道へ戻る。それを繰り返していたのだが、次第に面倒になって危険エリアを堂々と進むようになっていた。


 危険エリアといっても、出現する敵は大体が小鬼か森樹鬼である。どいつもこいつも油断さえしなければ、ただ『破裂バースト』の魔法で魔石を吹き飛ばす作業となる。


 これが並以下の冒険者であれば、この狭い視界と傾斜のついた足場が厄介。だが、リアの高性能エルフ耳は周囲広範囲に渡って魔物が出す音を絶対に逃さないし、そもそもソフマ山脈を彷徨った経験があればこんな雑魚山大した脅威でもない。


 なんて、フラグじゃないぞ。


 陽が落ち始める頃、俺たちは無事に山をひとつ越えた。


 宿場村はどこだ? 山道を見失わないように進んできたが、それらしいものは見当たらなかった。


 まあ、道沿いに進めばその内見つかるだろう。


 仕方なく今日は野宿とする。


 マジックバッグに保管していた料理を食べた後は、魔法で地面に穴を掘って……っと。


(なんか、こういうのも久しぶりだね)

(ああそうだな……あの頃は暗中模索って感じだったな)


 木の根元に空いた大穴を眺めながら、2年前を思い返す。


 2年前と比べると俺はともかく、リアは着実に成長をしていると思う。


 身体が大きくなっただけではない。目標が出来た。大切だと思える人が出来た。新しい魔法を覚えた。冒険者としての知識や経験も多少は得た。


 そして常識も身に着けた。


 ……いや、それはもっと成長して欲しいところ。


 今日の惨状を思い返し、俺は大きく溜息をついた。

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