第74話 ルーナとお出かけ
ルーナさんや【暁の御者】の面々と相談し、ついにリアの旅立ちの日が3日後に決定した。
休みのうち、どこか一日は旅の準備に充てる。大陸でも比較的豊かなネイブルで出来るだけの補給をしてしまおうという魂胆だ。まだ、マジックバッグを売ると決めたわけではないからな。
ただその前に、ルーナさん曰く今日はリアを連れて行きたい場所があるという。
ルーナさんとの初顔合わせの翌朝に、リアは大通りに出て手配した馬車を迎えた。
お供はルーナさんの他には受付のお姉さんことアイサさんただ一人。わざわざ大人数で行く場所でもないそうだ。
「いやー実は忙しい僕がこの時間を作るために、ミナトには3ヶ月の間頑張ってもらってたんだよね」
彼女──じゃなく彼は手配した牽牛獣馬車の扉を開きながら言った。
外出にあたって狸耳の金髪美少女から青髪の純人青年へと姿を変えたルーナさん。
ソルデの姿をとっていないことから、ギルドマスターとしての用事でもないことが分かる。
(もどして)
(だから露骨にガッカリすな)
変身の前後の振れ幅に絶望しつつも、リアは大人しく馬車に乗る。
「え?」
しかし、中には先客がいた。真っ黒なフード付きローブを頭から被った小柄な人間だ。
その怪しさにリアは思わず身構えるが、ルーナさんが手配した馬車だけに、まさか関係ない人間が乗っているはずもなく。
「ミナト、大丈夫だよ。この子も一緒に行くってだけだから。──やあやあどうも。元気にしてたかな?」
「は、はい……」
フードの奥からは聞き知った声が聞こえる。今にも消え入りそうな細い声だ。
「もしかして、ラプニツ?」
「せいかーい。でもフードは被ったままね。まだアブテロの街の中だから」
往来で姿を晒すのは拙いのか、これでもかと分厚いローブを被せられている。もはや子供であることしか分からないシルエットだ。
だけど、流石に数日共に過ごしたので声から正体は分かる。
ハツキさんとこの街に帰ってきて、その後どうしたんだろうと気にはなっていたのだ。
「彼には今までギルドに隠れてもらっていたんだ。実はもうとっくに街を離れた事になっているからね」
ネイブルの都市はどこも亜人の管理にうるさい。だがそれは街単位で出入りの記録ができるほどこの国が発展している証拠だろう。
そこで役に立つのがルーナさんの立場。公的記録をなんとかできる程度の権力はあるらしい。
「丁度いいタイミングだから、これからミナトと一緒に行く場所まで移送しようと思ってね」
「ラプニツを移送って……一体何があるの?」
「それは着いてからのお楽しみということで」
結局お預けという形で、馬車は出発する。
リアに出来ることはただ到着を待つことだけであった。
馬車は小一時間ほど街道を走る。進行方向にはソフマ山脈が遠くに見えた。
こっちの方向は確か、この国で一番初めに訪れたシャフルの街がある。……と思っていたら、馬車は突然街道を逸れた。
ガガガガ。
整備が行き届いておらず悪くなった路面へ入ったことで、途端に馬車はダイナミックに揺れだした。
ただこの馬車を引く牽牛獣という魔獣はこういった悪路にも強いらしく、走る勢いは衰えない。
大変なのはガンガン突き上げられるリアたちの尻くらいか。
ただ慣れているのか、ルーナさんたちは涼しい顔で座っていた。
(帰りまでになんかいい感じの魔法頼む……)
(うぅ、簡単に言ってくれる)
とりあえずリアにお願いしてみるが、日帰りだから流石に厳しいか。
とにかく、しばらくはこの揺れと戦うしかなかった。
悪路に入って2時間ほどが経過する。乗っているだけでこれまで感じた事のない疲れが出てきた頃、ようやく人里らしき集落が見え始める。
辿り着いたのは小高い山の麓にある、これまた小さな村だった。
馬車が走る道から見える家屋は不思議なほど少ないし、人口は100もいないかもしれない。
一体ここに何があるのだろう。そんなことを思いながら、リアは馬車を降りる。
降車地点、山肌が露出したすぐ側には巨大な岩が鎮座している。そして、その手前にはこじんまりとした木組みの門が建てられていた。
その姿はどことなく鳥居を彷彿とさせる。
「これは太古の昔に土の神が変身した岩の抜け殻……と村の人間は旅人に伝えているらしいですね」
というアイサさんの意味ありげな言葉的に、実際はまた違うものなのだろうと察する。
「マーズさま! アイサさま! お待ちしておりました!」
岩を4人で眺めていたら、中年の純人男性が声を掛けてきた。
ちなみにマーズというのがこの青髪青年姿のルーナさんの名前だ。
「やあ、村長。変わりないかい?」
「おかげさまで。……そちらの二人が新しく入る?」
「あ、いいや、新入りはこの子だけ」
そう言って、ルーナさんはラプニツくんの頭のフードを取る。
その行為に一瞬ヒヤッとしたけど、他でもなく彼女が取ったのだから大丈夫なのだろう。
「この子はここの住人にはならないけど、一応関係者だから見せておこうと思ってね」
「では、この方も……」
「ああ、魔法で姿を変えてる。自前だよ? 凄いでしょ──あ゛っ!!」
ルーナさんは二コリと笑ってリアの頭に手を伸ばすが、またあの自動防衛魔法に邪魔される。
「ちょっとそれ面倒くさい!」
「ごめんなさい。でも私に触るなら、元の姿に戻ってもらわないと」
「なにそれ! どんだけ男嫌いなの!?」
不満を口にしながらルーナさんは変身魔法を解く。
「はい、これでマーズは終わり。リアちゃんおいで」
わざわざ変身を解いてまでして、ルーナさんはリアを撫でたかったらしい。で、リアも女性の姿なら何の問題もないらしく、いやむしろ進んで頭を差し出していた。
「マスター、いつまでやってるんですか」
「ああうん。じゃあ、そろそろいこっか」
ルーナさんが手を差し出してくる。
こっちはどこへいくか全く知らないが、出されたので大人しく手を取る。よく見れば反対側の手はラプニツに伸びていた。
「さあ、こっちよー」
ルーナさんに手を引かれ、リアたちが向かうのは例の巨岩。
え、いや、そんな勢いを付けたらぶつか──らなかった。
「へ?」
目の前には綺麗に整備された道が続いていた。
身体が岩を透過したのだ。そもそも岩の向こうには小高い山が鎮座ましましており、こんな空間があるなんて……。
と、そこまで考えてハッとする。
「え、これ里と同じ?」
「あら、ようやく気付いたの? あなた、今も似たような魔法で耳を隠しているじゃない」
そう岩どころか、そもそも山すら実際には存在しなかったのだ。
またしても騙された気分だ。
「まさかあんな大規模な魔法を使った場所が他にもあったなんて……」
「凄いでしょう。元々は本当にあった山を崩して作ったのよ。まあ、リットの里に比べたらひと回りは小さいけれどね」
そうは言うが、偽モノだった山自体は相当な広さだったはずだ。それを崩してこれだけの平地を作ろうと思ったら一体どれだけの年月が必要になってくるのか。
「あの、ここはどこなんですか……どうして岩の向こうにこんな場所が……?」
「ああ大丈夫ですよ。安全なところです」
アイサさんはオロオロするラプニツくんをなだめる。
正しくこの魔法の結界に初めて触れた人間の反応だった。
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