第73話 旅の方針

「さて、そろそろ本題に入ろっか」


 ルーナさんとの過去話を交えた雑談が一区切りつくと、彼女はそう提案してきた。


「あ、その前にいいですか」


 しかし、リアにはやるべきことがあった。


「あの、まだ私、ちゃんと自己紹介をしてなかったなって。その、ミナトっていうのは偽名だから……」


 いくら信用している人の紹介であっても、本来の自分を出すことには抵抗があった。だからリアは本名も名乗っていないし、偽装を解いた耳も見せていない。


 だが、少なからず話をした末に、ようやくこの目の前の女性が信用に足るとリアの中で結論が出たのだ。


「ルーナさんも本当の姿を見せてくれたんだから、私も見せます」


 リアはそう言って、自分にかけていた偽装の魔法を解除した。


 途端にエルフの特徴である尖った耳が衆目に晒される。


 久しぶりに半袖シャツ一枚で外へ出た初夏の朝のように、どことなく頼りない感触。実際、この姿を衆目にさらすのは隠れ里にいた初期の頃以来だった。そのせいでリアの心臓の鼓動はやけにせわしない。


「わぁ」


 手紙の内容からリアがエルフであることは既に知っているだろうが、ルーナさんは興味深くリアの耳を見ていた。


 ついでに【暁の御者】の面々も。そういえば、この人たちにもこの耳は初めて見せる。


 ああ、後この紫の目もだな。おそらくエルフの耳よりもっとレアだ。


 リアは周囲の視線を目一杯浴びた後、限界にきた恥ずかしさを誤魔化すように言う。


「えっと……私はヴィアーリアっていいます。奴隷になってしまった家族を探すための旅をします。どうか協力してください」


 言いながらリアは恭しく頭を下げた。


 数秒も待たず、その頭に優しく手のひらが当たる。


 ルーナさんが間に挟んだローテーブルをも乗り越えて、リアの頭を撫でている。


「よしよし。よくここまで来たね。こんなお婆ちゃんでよかったら、いくらでも協力するからね」


 優しい言葉を掛けられたリアは熱くなる目頭を抑えながら礼を述べるのであった。


 そして、再びお互い向かい合う位置に座りなおすと、ようやく話を本題に戻す。


 本題というのはまず第一にリアのこれからの目的地について。


 ……の前に、ちょっと俺が知りうるこの大陸の勢力を整理する。


 まず立地的な情報として、ソフマ山脈は重要だ。ソフマ山脈とは俺がリアの中に入ったあの山道がある場所。山々が東西の広範囲に連なり、大陸を南北に分断している。


 その山脈を挟んで北側の広大な土地を支配するのが『ガイリン』という帝国だ。純人奴隷を含む奴隷制が存在し、リアが昔住んでいたエルフの里もこの国の勢力圏に存在するという。ハツキさんの情報によると、ここ数十年政情がとんでもないことになっているらしい。


 一方で南側は多数の国家が犇めき合っている。今いる『ネイブル』を始め、『アーガスト』や『パレッタ』など覇権を争うような国家がいくつかあって、その隙間を埋めるように小国が散らばった構図となっている。


 そして、南側の国の殆どは『ガイリン』とは違い、純人奴隷を明確に禁止している。しかしながら、獣人やエルフなどの亜人はそれに含まれず、依然として奴隷として取引されているという。


 この『ネイブル』のように亜人奴隷を扱うことを嫌う国もあるが、結局それは排斥という事でしかない。どちらにせよ、この大陸での亜人の立場は弱かった。


 それらの情勢を考慮しつつ弾き出した、旅のルートとは。


「まずは大まかに……家族を探すなら、ソフマ山脈以南の国々を巡るべきね」


 というのが、ルーナさんの提案。


「どうして? ガイリンにはいないの?」

「それはわからない。でも、南の方が可能性は高いの。えっとね──」


 リアの純粋な疑問に、ルーナさんは丁寧に答えてくれた。


 まず一番大きな理由、それは北のガイリンの政情がよろしくない事である。


 帝国のあちこちで諸侯同士の小競り合いや農民一揆が多発し、経済的に衰退を続けているのがかの国だ。


 ツリロで出会った宿屋の親戚もそうだったが、庶民レベルでガイリンからの脱出の動きがあるのだという。


 一庶民すら逃げるような情勢なのだ。貴重で高価なエルフ奴隷を買えるような富裕層は今のガイリンにはそういないだろう、というのがルーナさんの判断だった。


「実際、ここ数年ガイリンから南の国家群へ移動した富裕層は多いのよ。かなりの資産がガイリンから外へ出て行ったはず」


 確かにリアも南の国アーガストへ移送されていたわけだしな。家族も同じく、南へ運ばれた可能性が高いか。


「だからまずは南の国家、経済的に繁栄した街を回りなさい」


 そう言って、ルーナさんは一枚の紙を手渡してくる。


「これはあたしが知る限りの奴隷商人のリストよ。拠点とセットで記してあるから、今覚えなさい」

「え、今?」

「ごめんね。一応、ギルドマスターとしての特権を使い倒して知りえた情報だから、物的なモノとして外に出したくないのよ。覚えるのは得意ってリットの手紙にあったから楽勝でしょ?」

「ああ、はい。ちょっと待って……(ミナト、お願い)」


 リアは文字の羅列を上から順に追っていく。


「──覚えた」

「はやっ! 本当に覚えたのか?」

「うん、完璧」

「マジかよ……本当に優秀な弟子だ」


 カンザさんが驚くのも無理はない。本当に一度文字を見ただけだからな。


 この世界に来てからというもの、俺は生前の古いものも含めて何故か記憶に一切の欠落が起きない。だからこれくらいの情報を覚えるなんて朝飯前だ。


 この現象に関して、元の身体が無いからとか魔力がどうたらとか、リアと一緒に色々考えたこともあったが結論はまだ出ていない。


 まあ一度見た凄惨な描写にいつまで経ってもモヤがかからないなどデメリットも存在するが、とにかく便利なのでよしとする。こういうチートはなんぼあってもいい。


「おっけー。じゃあ消しちゃうね」


 紙はルーナさんによって灰へと変えられた。


 その後、リアはルーナさんのアドバイスを受けながら旅のルートを決めていく。


 最初はここの街道を利用してどこどこの街に寄って云々。


「……と色々アドバイスはしたけど、結局のところ状況次第だから臨機応変に考えて旅をするのよ」


 そう、二泊三日の旅行じゃないんだ。今回の計画はあくまで大筋。旅をしながら継ぎ接ぎをしていくことになるだろう。


 そして、最後に。


「最後に、あなたの目的を達成する上で一番大切なことは何だと思う?」

「え、それは……時間とか?」

「それもあるわね。ひとつひとつの街を移動するのに余計な時間をかけてちゃ、家族の身に何があるか分からないし。……でも、一番ではないわ」

「ええっと、じゃあ……諦めない精神的な?」


 リアは頭を捻るが結局考えがつかなかい。


「一番大切なこと、それは『お金』よ」

「え、ああ……」


 身も蓋もない答えに困惑する。


 いや、まあお金は大事とは思うが。


「あなた今いくらお金を持ってる?」

「えっと、ネイブル硬貨で250万ガルドくらいかな。少なくはないと思うけど」


 これは冒険者として稼ぎながら旅をするなら充分な持ち金だ。ハツキさんと活動した結果身についた金銭感覚がそう言っている。


「残念ながら、それじゃあ少ないわね」


 だが、ルーナさんに一蹴された。


「少ない?」

「ええ、圧倒的にね。そのはした金では買えないわよ。はね」

「……ああ」


 目から鱗が落ちた。


 そう、旅の途中で折角家族を見つけても連れていけないなら意味がない。


「一応言っておくと、無理やり連れ去るなんてことは出来るだけ避けた方がいいわ。世間的には立派な盗賊行為だし、今後他の家族を探す難易度がぐんと上がるから」


 売り物だったり、既に他人所有の奴隷だったり、現在の状態はわからないけれど、一番穏便に身柄を確保できるのは金に物を言わす方法だ。


 だが、そんな金はない。エルフ奴隷にはとんでもない価値があるらしいからな。


「過去の売値から考えて1人当たり最低1億は考えておく必要があるわね。あなたの仕事ぶりを見ていれば、時間をかければ稼ぐことは可能なのでしょうけど」


 魔女に保護されたかもしれないユノを抜いたとしても、父と母で最低2億ガルドか。


 手元の250万ガルドだって、3か月ひとつの国のギルドが斡旋した仕事に集中して溜めたものだ。2億を稼ごうとすれば、年単位を金策に費やす必要があるな……。


「だから、というか。あなたはそれを手放す覚悟もしないといけないわよ、ってことが言いたかったのよ」


 ルーナさんはリアが足元に置いた荷物を指さす。


 ツリロで適当に購入した質素な肩掛け鞄。その中には何でも入る魔法の袋、マジックバッグがある。


「これは……あんまり売りたくないなぁ」

「当然ねー。それめっちゃ便利だもの。でも本来、それは街単位で保有するものなのよ? あなたの家族をまとめて引き取ってもお釣りがくる程度には高く売れるんだから」

「う、うん……」


 「家族」という言葉が出てしまえば、流石に勿体ないなんて言えない。


 元々、一人旅のお供としてはあまりに贅沢すぎたのだ。


 リアには早く解析を終えて、作る段階に入ってもらわないと。


「まあ、冒険者をしていれば一攫千金の機会はあるからね。お金が必要になった、その時に考えればいいわ」


 そういう選択がある、というだけリアは運がいいのだろう。


「わかりました……」


 納得がいったのか、リアはしおらしく頷いた。

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