第72話 衝撃の事実

 セクハラ親父を吹き飛ばしたと思ったら、相手はまさかの若い女性だった。それもケモミミと尻尾を持った獣人である。


 あまりに予想外の出来事にリアの口は開いたまま塞がらない。


 そんなリアを尻目にケモミミ少女へと変身したソルデはすっくと立ちあがり、ポンポンとお尻の埃を払う。


 そして、先ほどの親父とはまるで人格が変わったかのように、淑やかな所作でソファへと腰を下ろした。


「こほん。まあ、色々聞きたいことはあるだろうけど、まずは座りなさい。他の皆もね」

「は、はい……」


 怒涛の展開に圧倒されたリアは彼……じゃなくて彼女の言葉に素直に従い、彼女の正面に座る。他の面々も次々にそれに続いた。


「んじゃあ、改めて──」


 全員が席に付いたのを見届けると、ソルデは口を開いた。


「あたしの名前はルーナ。冒険者ギルド、アブテロ市支部のギルドマスターをしているわ。ああ……でも今はソルデって名乗っているから、さっきまでの姿で過ごしてるときはそっちの名前で呼んでね」


 語尾にハートマークが付きそうな甘い声とウインクがセットで付いてくる。


 背中まで伸びた金髪に狸みたいな丸い耳、瞳は夕焼け色。少し幼い容姿とビジュアル的にはとても魅力的な美少女ではあるが、どうしてもさっきまでそこにいたオッサンの姿が脳裏にちらついて仕方がない。


「他の皆はもう知ってると思うけど、さっきまでの男の姿は『変化』の魔法を使ってたのね」

「え、そうなの?」


 リアは代表してカイドさんに視線を送る。


「ああ、知っているぞ。昔からの付き合いだからな。会う度に姿はコロコロ変わっているが……」

「あれ? そうだったっけ? カイドちゃんと前会った時はソルデじゃなかった?」

「直近はソルデで合っていますが、あんなダルダルな身体じゃなかったですよ」

「そうだったかしら? まあ、彼ももう中年だからね。お腹も出るってもんよ」


 彼女は他人事のようにソルデを語る。


 ちなみにだが、カイドさんの腹筋はバッキバキだ。


「たしかソルデの前はヴェヌスという名のお婆さんでしたよね」

「ああ、いたわねぇヴェヌス。もうどんなキャラでやってたかも忘れちゃった。まあ彼女は今立派な墓の下で眠っていることになっているからいいんだけどね」


 つまりルーナさんはヴェヌスさんとやらとしての人生を全うしたということだ。そして、待っているのは死……ではなく別人としての生を再び始めること。


 そんなことが出来る人間は普通でない。


「あの、ルーナさんは長命種なのですか?」

「そうそう。こう見えてお婆ちゃんなのよ」

「お婆ちゃんて……」

「見た目はこんなにプリティだけど、実際婆ちゃんどころの歳じゃないのよ。あっ、純人基準で言えばね? 『変化』の魔法で名を変え姿を変え、もう何人分もの一生を過ごしてきた」


 何百年という長い時間の末に積み重なった記憶を整理するように、彼女は語る。


「最初はバレないように必死でねー。ほら、今も昔も獣人なんてすぐ捕まっちゃうもんでしょ? だから、過剰なくらいに自分と違う人間を演じるようになった。何十年とそんな日々を重ねていくうちに、演技ではなく本当にその人間として思考できるようになったの」


 「だからさっきのセクハラはあたしが悪いんじゃないのよ」とルーナさんは舌を出した。


 流石にその罪が消えるわけではないが、別人の姿を取ることでその思考パターンに行動が支配されることは往々にしてあることなのだろう。


「そんな風に生きていたら、なんかいつの間にか冒険者ギルドの長にまでなっていて、それももう数代目ってところ」

「はぁ」

「『はぁ』って、今みたいに純人社会で生きていくなら、あなたも他人事じゃないのよ。長命種エルフちゃん?」

「……」


 本当、久々に己の種族の名を聞いたせいか、リアの顔は強張った。


 そりゃあ知っているよな。里長からの手紙渡したもん。


 いや、ちょっと待て。すぐそこにギルドのお姉さんがいるけど。


「アイサです。私も関係者ですのでご安心を」


 視線から気になったことが伝わったのか、お姉さん改めアイサさんからすぐにフォローが入った。


「彼女も私も、あなたのことはリットからの手紙からある程度のことは知っているわ」


 ルーナさんは紙束を取り出してチラチラと見せてくる。


「ふふっ、里の結界ぶっ壊したんだって? なかなか面白い子ねー」

「え、そんなことまで書いてあるの!?」

「バッチリ書いてあるわ。純人嫌いだったこととか、魔法の事ばかり考えてることとか、あと性格がコロコロ変わることとか……なんか最後のはあたしと同じね」


 最後のは俺とリアがコロコロ操縦を変えていたせいだ。今ではもう俺がリアを演じることに慣れたのか、それともリアがそこそこの社交性を身に着けたのか、そこまで性格の差を感じることはない……と思う。


「と、ところでリットのばーちゃんとはどういう関係なんですか?」


 だけど人格についてはあまり突かれたいことではなかったので、話題逸らし。


「ぷっはっ!」


 だが里長の話題を出した途端に噴出された。


「ひゃはっ、ばーちゃんって!」


 呼び方がツボだったらしい。


「私、何か変なこと言った?」

「いえいえ、ふくくっ……なるほど……あの子、まだ老人のフリして……くくくっ……」

「えっえっ……どういう……」

「あははは!」


 困惑するリアを無視して笑い続けるルーナ。


 リアはしばらくそれを見守る羽目になった。


「ふーっ、ふーっ、はーお腹痛い! ──ああ、ごめんなさいね。まさかあの子がまだお婆ちゃんキャラで里長やってるとは思わなくて。手紙からじゃ、そういうのってわかんないから」

「はぁ」

「で、えーと、あなたが聞きたいのはリットとあたしの関係だったかな。そうねぇ……あの子とあたしはまあ、幼馴染ってところかな」

「幼馴染……」

「そうそう。生まれた年もそう変わらないわ。そんでもって、長い間同じ場所で過ごしていたの。あたしが『黄狸族』で、あの子が『銀狐族』。どっちも所謂長命種族ってやつで、価値観が近いというか……まあ、つまりはいい感じに気が合ったのよね。結局、あたしは人里へ出てしまったのだけれど」


 一体それは何百年前の話なんだろうな、と少し気になった。


 里長が250歳以上なのは確定だから……って、待てよ。今さらだが、なんで里長だけ姿がお婆さんなんだ?


 まさか……。


「リット、あの子実はわざわざ魔法で老婆の姿に変身してるのよね。あたしが昔テキトーに『その方が威厳出る』とか言っちゃったから」

「ええええええええ! うそーっ!?」

「いや、今日イチ驚くのね。あたしが変身解いたときより開いた口が大きいわ。なんか悔しい」


 そりゃまあ、2年間ずっと婆さんだと思ってた人の正体を知らされたわけだからなぁ。


「つまり、ばーちゃんはばーちゃんじゃなくて、ピチピチのおねーちゃんだったってこと!?」

「そうよ。たしか年頃の孫がいるでしょ? だいたいそんな感じなんじゃない?」

「そ、そうなんだ……見てみたかった」


 だが、もし本当の姿を見てしまったら、あの婆さん相手に女性としての魅力を感じてしまいそうなのは少し考え物だ。元々美人の面影を十分に残した老女だっただけに、きっとクラナさんに引けをとらない美人なはずだから。


「ミナト、安心しろ。俺ら全員見た事ないから」


 カイドさんがそう言うのに合わせて、皆が首を縦に振っていた。


 その感じでは頼んでも見せてはもらえなかっただろうな。


 まあそれはともかく、あの抱腹絶倒を経てルーナさんの声色はどことなく弾んでいるように思えた。


 懐かしいことを思い出したのか、はたまた里長が今も変わらずにあの里で生きているということに対する喜びか。そんな感情があの爆笑には込められていたのかもしれない。

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