第70話 カンザの教え
「最近は便利な魔道具が沢山発明されたせいで、どこも魔石が足んなくて価格がガンガン上がってんだ。だから、魔道具の代わりになる器用な魔法士は何処へ行っても歓迎される。なんか本末転倒って感じだがな」
カンザさんは笑みを浮かべながら、グイっと酒を呷った。
今日はかなり儲けたので高い飯屋で晩飯を食う。
香辛料をたっぷり使用した鶏肉のステーキを食べながら、リアはカンザさんから魔法士がいかに儲かるかを聞かされていた。
「とにかく金に困ったら、討伐依頼なんて受けるより、土木関係行っとけ。言われた通りやってればいいだけだし、楽だぞ~。気を付けてれば、命の危険もそうそうないからな」
ここ2週間ほど、魔物と戦って死にかけた冒険者を何人も見てきた。だからカンザさんの言葉には説得力がある。
だが、何と言うか、冒険者の中でも相当上の立場である『紅』級の彼がそう言うと、途端に世知辛く感じてしまう。生き残ってなんぼ、ということを他でもない成功者が言っているのだから。
「おねーさん、果実酒おかわり!」
「はーい──キャアッ! 何処触ってんのよ! このっ!」
「いだっ!」
こうやって可愛い店員さんにセクハラして痛い目に遭うのも、きっと生の実感を得る為……なのかもしれない。
綺麗に纏めてみたが、絶対違うな。
というか、ラーヤさんがいない今、この人を止めるのって俺たちの役目なのか……?
仕事よりも面倒なことになりそうでリアは溜息を吐いた。
さて時は流れ、工事現場での仕事に就いて、3週間が経過した。
……いや、飛ばし過ぎだって、仕方ないじゃないか。語ることが何もないのだから。
朝、現場に行って仕事して、昼飯食べて仕事して、夜はカンザさんと飯を食う。その繰り返しの日々。
土建屋としての経験値が若干溜まったこと以外、何もなさすぎて不安になった。
でも確かにお金は驚くほど稼げている。ギルドのお姉さんにも「稼ぎますね~」とイジられるくらい。
だけど前の3人が教育係だった時と比べて、正直為になっている気がしないのだ。仕事も基本的に言われた通りに魔法を使うだけだからな。
得られたのは「魔法士は儲かるぞ」という情報くらい。
1週間と半分が過ぎたあたりで、リアは焦り出した。もしかして、気づいていないだけで学びを得る場面があったのではないかと。カンザさんは敢えてそれをこちらに伝えていない。自分で気づいてこそ、的な。
「カンザさん、私このままでいいのかな?」
しかし、分からないものはどうしようもないので、リアは恥を忍んで尋ねた。
「え、なんで? めっちゃ稼いでるんだからいいに決まってんじゃん」
だが返ってきた答えはあまりにシンプルだった。
結局、最後まで分からないまま、お仕事最終日が訪れる。
「本っ当に! 助かった! おかげで納期に間に合いそうだ!」
全てが終わった後、棟梁は泣きそうな顔で喜んでいた。
「お世話になりました」
最後に現場の皆に礼をして、ギルドへ戻る。最後の報酬を受け取ると、受付のお姉さんが神妙な面持ちで告げた。
「お疲れさまでした。この依頼達成を持ちまして、ランクアップとなります。明日、10時の鐘が鳴る頃にギルドまでお越しください」
そう、たった今この瞬間、色々あった3か月の研修期間が終わったのだ。
やったー! とはならない。というか……こんなのでいいのか?
リアも俺もどこか腑に落ちないでいる。
「ミナト、お疲れ。ランクアップ、やったな!」
「うん。ありがとう」
原因はやはりこのカンザさん。言っちゃあ悪いが、この人のパートだけ異様に薄っぺらかった気がする。
……いや、やめよう。こんなにも笑顔で祝ってくれているじゃないか。やはりあの依頼はあれでよかったのだ。
ここは素直に「ようやく3か月が終わった」と思うことにしよう。
さて、いつも報告の後は晩飯に行くのだが……。
「よし、ランクアップの前祝いに俺がとっておきの場所に連れて行ってやるぜ!」
ここ最近は懐が暖かいこともあって、価格帯の高い飯屋に通う日々が続いていたが、最後は今まで以上の推し店で行くらしい。
「ごちそうになります」
まあ、どうせ今まで通りカンザさんの奢りだろうし、ということでリアは即答する。
「おうよ! んじゃあ、行くか。あっ、そうだ。その前に、先に風呂入った方がいいぞ。ここで待ってるから」
「うん? ……まあ、わかった」
先に風呂……? どういうことだろう。店が遠い地区にあって、帰りが遅くなるからとか?
なんだか妙に嫌な予感がしつつも偉大な冒険者パーティーの一員である彼の言葉に従い、一度宿に戻って身体を綺麗にする。
再びカンザさんと合流した後、ギルドを出た。
乗合馬車に乗ってギルドから西の地区へ向かう。その辺りは初めて足を踏み入れるエリアになる。
馬車を降りて、その先に広がるのはどこか見た記憶のある景色だった。
夜だというのに、街の明かりに目が焼かれて落ち着かない感じ。叫び声や笑い声、客引きの声などありとあらゆる声色がごちゃ混ぜになって鼓膜を震わせる。
最近訪れた街で言うと、エスパテロの歓楽街に似ている。飲み屋、飯屋が立ち並ぶ中に性風俗店が紛れ込んでいるような街模様。あそこを更に大きくしたような光景がここだ。
ただこちらの方が若干ディープな雰囲気を感じる。見た感じ風俗店や連れ込み宿の割合の高いことが原因だろう。
で、そんな街を先導するカンザさんはある建物の前で歩みを止める。
「ついた。ここだぞ」
石造りの立派な店構え。看板には『蜜月』を意味する大陸共通文字が書かれていた。
この人、まさかな……。
(ふぅ……)
あ、リアが障壁の魔法スキルを使う準備をしている……。警戒心マックスだ。
そんなリアの緊張も知らず、カンザさんは店の中へ入っていく。
(リア、どうするよ?)
(……一応ついて行くよ。でも変な事しようとしたら全力でぶちかます)
手の平にバリバリと電気が発生する。
いやまあ、そんなことにはならないだろ。いくらカンザさんが女好きと言ったって、明らかに今までそういう対象として見ていなかったリアに今更チョッカイを掛けるはずがない。
とにかく信じて、扉の奥へ進む。
薄暗い通路を尽き辺りまで進み、また扉を開いて部屋の中へ入る。その瞬間、むわりとアルコールの匂いが鼻をついた。
天井からぶら下げられた謎の円形照明器から生まれる紫色の柔らかい光が部屋の中を妖艶に染め上げ、どこかイケナイな雰囲気を醸し出していた。
「カンザ様ですね。お待ちしておりました」
「おう」
真っ黒のジャケットを着たボーイ風の男がこちらによってくる。これが一応この国でフォーマルとされる服装だ。リアにはまだ馴染みが無い。
というか、カンザさん顔パスだった。普段からこんなクソ怪しい店に出入りしているのか……。
『あんっ・・・もうっ、つよいってば・・・』
おい、今カーテンの向こうからなんか聞こえたぞ!
(ふむ……)
リアはずっとカーテンの方を見ている。
もうとっくにリアも気づいているが、ここはあれだ。エッチなお店。その中でも色々分類があるんだろうけど、よくは知らない。男として多少の興味はありつつも、関わる事のないまま死んでしまったからな。
「おいミナト。なにしてんだ、こっちだよ」
呼ばれてハッとしたリアはカンザさんたちが店の奥へ向かう後ろに付いて行った。
カーテンだけでは隠しきれないピンク空間を突っ切り、ひとつ空いたソファに座るよう言われる。今は開け放たれた空間だが、ここもカーテンで隠すことができるみたい。
リアたちが言われた通りソファに腰を下ろすと、静かに外からカーテンが閉じられた。
「ただいま準備をしております。しばらくお待ちください」
リアたちを案内していたボーイ的な男が離れていく。
「ちょい、カンザさん。ここなんなの?」
その間に、リアはカンザさんを詰めた。
「なんなのってわかるだろ? アレとアレやアレしたりする店だ」
「いや、それは分かってるけど! なんで私をここに!?」
「理由は……そうだな。俺にしか教えられないことをお前に教えたかったからだな」
「はぁ?」
「いやな、俺ってお前に教えられるほど魔法凄くないだろ? カイドみたいに強くねえし、ハツキほどの知識もねぇ。それにラーヤみたいにスゲェ人脈も持ち合わせちゃいねぇ。こんな俺がお前に教えられることつったら、まあこれくらいしかないと思ってな」
「お、女遊びが!?」
「そうだよ。お前だって結構好きなんだろ?」
その言葉にリアの胸がドキリと鳴る。
確かにエスパテロで男を誘う商売女を見たときからリアは興味津々だった。
でもどうしてわかったんだ!? やはりスケベにはスケベがよく分かるのか!?
「いいか? 冒険者ってのはお前が思うよりずっと大変なんだよ。鬱陶しい同業者は一杯いるし、やりたくないこともやらされる。命の危険がある上に収入は不安定。しかも女にはモテねぇときてる。こんなのバカのやる職業だ。その証拠に、1年持たずやめるヤツを俺は今まで何人も見てきた」
カンザさんが冒険者と言う職業の理不尽さを饒舌に語る。この人も色々苦労したようだ。
社交性の高そうな彼がここまで言うのだから、リアのこれからはおそらくもっと大変だろう。というかもう既に色々な理不尽に直面したしな。
ここ3か月であった色々な苦い思い出をフラッシュバックさせるリアを見て、カンザさんは「しかし」と続ける。
「いいかミナト。そんなクソみてぇな仕事を長年続けるコツってもんがある」
「コツ?」
「そう。それはな『自分を可愛がる』ことだよ」
「と、いうと?」
「美味い飯や酒、劇場に足を運ぶのでもいい。とにかく自分が心から楽しめることを見つけるんだ。金や時間を惜しむな。全力で自分を甘やかせ。俺みたいになっ」
謎のキメ顔を見せられる。まあ話はわかるが、普通それで女の子を風俗に連れてくるか?
「他の3人もそうなの?」
「うんまあ、そうだな。ただあいつらはちょっと特殊だ。カイドは剣の腕を磨くことが趣味みたいなヤツだし、ハツキも知識欲で興奮する変態だし、ラーヤは暇さえあればどっかの治療院手伝うようなモノ好きだ。ただ、結局のところ自分のやりたいことでストレスやら何やらを解消してることに違いはない」
「なるほど」
で、カンザさんの場合はこういう店に通うこと……と。
リアの場合はどうだろう。魔法の研究がそれにあたるのだろうか。ただ、それが明日を頑張る活力になるほどではない。なら他に息抜きがあってもいいかもしれない。
「とにかくまあ、今日はお試しと思って楽しんでみ。一番人気の子、抑えてもらってるから」
その言葉を聞いてリアの眉がピクリと動く。
(……まあカンザさんがそう言うなら、ご厚意に甘えてもいいんじゃないかな)
(いや白々しいな! これ以上ない位ワクワクしてるくせに)
特に拒絶する気もなく、むしろリアは滅茶苦茶乗り気である。
しばらくして、またあのボーイ風の男が現れた。
「お待たせいたしました」
男の案内で更にカーテンの中に2人の女性が入ってくる。
「ご指名ありがとね。アパットだよ」
「ティティです」
2人の内、肩まで伸びた金髪で碧眼の方がアパット。もう一人のデニムカラー髪に深い藍色の眼をした女性がティティと言うらしい。
アパットは大人っぽい顔立ちの美人。歳は20前後くらいかな。
ティティの歳は童顔なので見た目からは解りづらいが、まあこんな店で働いているくらいなんだから成人はしているはず。
「あー、えっと席順はどうしよっか?」
「そうだな……。俺は別んとこ移るから適当にこの子を挟む感じで座ってくれ」
「えっ」
カンザさんどっか行くんすか! 聞いてない!
「はーい。あはっ、この子可愛いーっ」
「わわっ」
アパットはリアの右側に腰掛けると同時に頬にキスをしてきた。ふわりと長い金髪が揺れて何だかいい香りがする。
「じゃあ私はこちらに」
「ほわっ」
左にはティティ。彼女はその童顔に似合わない大きな胸をリアの肘に押し付けてくる。
「んじゃあ、俺はこの辺りで……ラブラブハーレムプレイ、精いっぱい楽しめよ」
「カン──いや、師匠! ありがとう!」
リアの中でカンザ株が最底辺から最上位にぶち上がった夜であった。
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