第69話 見習い最後の仕事
久しぶりにアブテロへ帰ってきた。しかしまあ、特にノスタルジーを感じるということはない。実際この街に滞在した期間は1週間も無いのだから。
街の中央地区で馬車を降りると、リアはそこから遠くにそびえる壁を眺めた。
こんなに立派な都市に来ているのに、あまり散策をしていないのは勿体ない気がするなあ。そんなことを改めて思う。
明日は身体を休めて、その次の日からはまた違う街へ行くのだろうか。それなら一度くらい街の散策をしておくべきか。その辺りはリアの説得が必要になってくる。リアは出不精なところがあるからな。
そんなことを考えながら、報告の為にギルドへ向かった。
「さて、これをもって私の担当は終わりね。次は……はぁ、心配だわ」
報告を済ませると、ラーヤさんはとある人物に視線を向け、深く溜息をついた。
「おいラーヤ。テメェ、人の顔見るなり失礼にも程があるだろ。一体俺の何が心配だってんだ?」
ラーヤさんにジト目を向けられるのは、パーティーの魔法担当であるカンザさんだ。
「アンタの存在自体がに決まってんでしょ。ミナトに変なことしないでしょうね」
「俺より強い魔法使えるやつにそんな恐ろしい真似出来んわ」
「いや、アンタは魔法士としてそれでいいの?」
「いいも悪いも、事実だしな」
カンザさんはパーティーにおいて、魔法による遊撃を行うような立ち位置だ。本人によると腕っぷしは素人に毛が生えた程度で、実力の殆どを魔法の腕に頼っているらしい。
そんな彼よりも魔力が多く、多様な魔法を使うリアは彼にとって完全に上位互換なんだという。いや、俺がそう思ったんじゃないぞ。彼自身がそう自虐していたのだ。
まあ確かに、彼の魔法位は≪翠≫と世間的には高い方ではあるがリアには劣る。魔法だって、里から降りてくる途中にリアが使う魔法を見て、「それどうやんの?」とか「すげぇ!」とか、先輩魔法士であることを感じさせない軽いリアクションを返していたほどだ。
ただ、だからこそ、彼が俺たちに何を教えてくれるのかが気になる。人は足りないものを補うために知識や知恵を身に着けるものだから。
まあ、チャラい感じとか、女好きなところとか、リアは微妙に彼を軽んじている部分はあるけれど……。
「カンザさん。よろしくお願いします」
「おう、ビシバシいくから覚悟しておけよ!」
とりあえず、ということでリアは礼儀正しくカンザさんに頭を下げた。
「ミナト、もし変なことされたら、死なない程度に痛めつけちゃいなさい。私が責任もって治すから」
「う、うん……」
本当に何もしないよな……?
アブテロへ帰還してから1日の休みをとった。街の散策は残念ながらリアによって却下されている。魔法の開発するのに集中したいという、なんかそれっぽい理由だった。
まあ確かに近頃は遠征ばかりで自由な時間が取れていない。里にいた頃は2年間毎日勤しんでいた魔法いじりも中々思うように進んでいない事が、確実に彼女のフラストレーションを溜めていた。
ここで解消出来るなら、俺の希望はまあいいか……。
(マジックバッグの解析が佳境なんだよー)
リアは嬉しそうに魔法術式を組み上げる。
2年前からコツコツと進めていた解析が遂に完了しそうとのことだった。
(そうか……すごいな)
俺は魔法に関しては、出来上がったスキル以外一切分からないので反応に困る。
ただ、例の魔女様が作った魔道具を解析すると聞けば、なんだか凄い事をしているようには思えるな。もしかして、リアが自分でマジックバッグを作れるようになったりするのだろうか。
結局、折角の休日は食事以外の時間をずっと宿の部屋で過ごしたリアであった。
そして、今日からまたギルドの仕事をこなす日々が始まる。ついに見習い冒険者として最後の段階だ。
今度はどんな街で、どんなことを学ぶのだろうか。期待を胸にカンザさんとの集合場所のギルドへ向かう。
集合は朝の一番忙しいタイミングを少し後ろに外した時間帯。なので、ギルド内に人は少ない。
いつも他の街へ移動するときは朝一の馬車便を利用していた。だから、こんなに遅い時間帯のスタートは新鮮だ。
別の街へ行くのにこんなに遅い出発で大丈夫か、と無事合流したカンザさんに聞いてみる。
「別の街に移動? しねーよ? 今回はアブテロで仕事するからな」
「えっ」
なるほど。少し早とちりだったな。泊まりの準備が無駄になった。
まあ、それはいいとして、最後の最後で舞台はこの首都アブテロ市内となる。何とも洒落た展開ではないか。
「よーし、それじゃあ、受付のねーちゃんに報告して行くぞ」
「よろしくお願いします」
ギルドの職員には予め話がついていたのか、書類に一筆入れるだけでここでの用事は終わった。
街の中央辺りに位置するこのギルドから乗合馬車を乗り継いで、アブテロ市内の移動となる。馬車を降りた後は徒歩で目的地へ向かった。
で、たどり着いたのは閑静な住宅街。立ち並ぶ住宅のほとんどが、広い敷地と高級感溢れる石造りで、誰がどう見ても高級住宅街と言える通りだ。
そんな並びの中、資材がそこらに積まれた、いかにも建設中と言わんばかりの更地があった。そこには十数人ほどガタイの大きな男たちが集まっていた。彼らが今回の依頼主らしい。なるほど工事現場か。
「どもっす。ギルドから来ましたよっと」
「おおっ、待ってたぞ! マジで困ってたんだ!」
カンザさんが棟梁らしき大男に取り次ぎ、リアも簡単な工事の概要とたくさん愚痴を聞かされる。
どうもこの現場、燃えているみたいだ。
なんでも市内でも指折りの有力者の注文で地下室つき豪邸を建てている途中なのだが、突然上から工期の大幅な短縮を迫られたらしい。
当然そんなことは無茶な話だ。だが、所詮下流の彼らには覆そうにもない。
人員を増やそうにも、短縮された工期に間に合うマンパワーを今日明日で集める事がまず不可能だ。
もうこうなれば、頼れるのは魔法しかない。そう思ってギルドへ相談を持ち掛けたところ、丁度見習い魔法士が格安で依頼を受けるという話が入って契約となったらしい。
「使える魔法はギルドから聞いている。君は俺らの指示通りに動いてくれればいいから」
よほど時間が惜しいのか、説明を受けたリアは早速、仕事を与えられた。
魔法が使えるということで、こんなにヒョロヒョロした少女に対しても一切の遠慮がなかった。
「ここ掘ってくれ」
例えば、魔法で穴を掘ったり。
「これ混ぜといて」
建材の調整だったり。
「これ砕いておいて、ああ、許可とってないから爆破は使わないでね」
地中から出てきた岩を砕いたり……。
「魔法士ちゃん、それ終わったら次はコッチなー」
「はいよろこんでー……」
あれが終わったらこれ。これが終わったらそれ。もう次から次にやることが指示される。もうてんやわんや。
そんな感じで慌ただしく動いていると、時間があっという間に過ぎていく。
ハッとした瞬間に食事休憩の時間となり、次の瞬きには日が暮れている。そんなイメージ。
「えっ、もう終わり?」
「何言ってんだ。もう真っ暗だろ。やる気があるのはありがたいが今は明日に備えてくれ」
変なヤツだな、と棟梁に笑われる。
何もやる気があるわけではない。こんなにも『労働者』をやったことって、リアはおろか俺ですら無いからな。時間の流れを感じている余裕がなかった。
「いやしかし、やっぱ魔法士がいると進みが早いな! 君、ウチに就職しないか? アッハッハ」
予想以上の仕事の進捗に棟梁の機嫌は良かった。
その後、リアは一度ギルドへ戻り報酬を受け取る。
「はい、お疲れさまです。こちら、報酬です。紙面と相違ないか、ご確認ください」
「どうも……うわっ!」
ズッシリとした袋の重みに不意を突かれる。一緒に貰った明細を見てみる。
(えーっと、10万飛んで6千……!? マジ!?)
まさかの1日で10万ガルド越え。ツリロ港で行った海兎獣の討伐が素材の買い取り込みで9万ガルドの儲けだったことを考えると、命のやりとりの無い今回の仕事でこの報酬は美味しすぎる。
「どうだ、ミナト。魔法はな、儲かるのさ」
チラリと後ろを振り返ると、カンザさんがドヤ顔をこちらに向けていた。
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