第67話 ゆずれないもの

 俺たちがエスパテロに来て、2週間が経過しようとしている。


 相変わらずリアはオリカとペアで行動しているが、最近ではオリカが指示してリアが実際に治療魔法を使って施術をするまでになっていた。


 当初の計画通りだと、そろそろこの街での仕事を終えることになっている。そうなれば、当然リアはこの街を去ることになる。だが未だそれをオリカへ伝えられずにいた。いや、向こうも知ってはいるだろう。だが、そこを意識してか、お互いに中々話題として出せない。


「ミナト、明後日アブテロへ戻るわよ」


 そして、ラーヤさんはタイムリミットを告げる。


(リア、晩飯の時にちゃんとオリカと話す時間を作ろう。大切な……えーっと、友達? なんだしさ)


 リアに語り掛けながら、ふたりの間柄って何なんだろうなとふと思った。友人と言うには仕事の影が濃すぎるし、ただの同僚と言うには密接だ。


(わかってるよ)


 特に異論もない。リアにとってもオリカとの別れはちゃんとしなきゃいけないという意識があるのだろう。


 相手が女の子とはいえ、純人に対してそんな意識を持てるようになった事は成長だと思う。俺があんまり言うと機嫌悪くしてしまうから直接は褒めないけれど、内心で10万回はリアの頭を撫でている。


 後は出来るだけ王道で気持ちのいい別れになることを祈るばかりだ。クラナさんとの別れではとんでもないことをしでかしたからな、コイツは。


「お、オリカ! これから、晩ご飯を食べに行かない?」

「勿論いいけど……どうしたの、改めて。毎日一緒に行ってるじゃない」

「うん、ちょっと話したいことがあって……」

「なるほど。それは丁度いいね。わたしも、ミナトにお願いがあったし」

「お願い?」

「うん。詳しくはまた食後に」


 今日は初めてリアの方から晩御飯を誘った。


 そして約束通り、本日の仕事を終えたふたりは前に一度行った鍋屋へ向かう。


 ここ最近でエスパテロの色んな食べ物屋を回ったが、その中でリアの一番の好みだったのがオリカに初めて連れてきてもらったこの店だ。曰く、野菜の美味いところが良いらしい。ここ申し訳程度のエルフ要素。


 今回は前回の反省を生かし、通常サイズの鍋を頼む。オリカは当然具材全部増しのオプションを注文していた。


 ふとリアの視界にオリカの健康的な身体が入る。この細身の身体で、なんとか系ラーメンみたいな量の鍋をペロリと食べてしまうのだから凄い。今晩も一人前でひーひー言うリアを手伝うくらいには腹に余裕があるようだった。


 食後にはお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごす……わけにはいかない。リアはオリカにお別れの言葉を口にしなければならない。だが、中々その勇気が出なかった。今まで友達もできなかったリアだ。それも仕方のないことだろう。


 空になったマグへ何度も口をつけ、タイミングを計る。


「オリカ、あのね……」


 意を決して、リアは口を開いた。


「私、明後日にアブテロへ帰るんだ」

「明後日! ……そっか。わかってたけど、やっぱり帰っちゃうんだね」

「うん。知ってるかもしれないけど、私ってまだギルドの教育期間中で、次の課程もまだ残っていて……」

「ああ、うん。わかるよ」


 当然向こうも分かっていたのか、反応は大きくない。だけど、残念に思われていることは表情から十分に読み取れる。


「それじゃあ、仕方ないね」

「うん……」


 転校する親友を見送るような、はたまた卒業式の帰り道のような。これ以上ないくらい胸の中に淀むものがあるくせに、気の利いた言葉はうまく出てこない。そんなもどかしさを感じる。


「その、ミナトは一人前の冒険者になったらどうするの?」

「それは、その、やっぱり旅に出るかな」

「それはどうして? 何のために?」

「えっ、それは……」


 言葉に詰まる。まさか奴隷となった家族を探す為とは言えない。


 リアは上手く伝えられるように頭を回すけど、ただ回るだけで玉は出てこなかった。


(ミナト、これなんて言えばいいのかなぁ!)

(そ、そうだな……)


 俺も一緒になって考えるけど、流石に時間をかけ過ぎた。


「あのさ、もしミナトが良かったらなんだけど……」


 オリカは真剣な顔で言った。


「またこの街で、治療師の仕事をやらない?」

「えっ!」

「うん。まあそういう反応になるとは思ったよ。ミナト、最後まで苦しそうな表情してたしね」


 いや、俺的にはあれでも改善したと思ったんだがなぁ。


「でも、ならどうして」

「それは勿論ミナトに魔法の才能があるからだよ」

「あ、うん……」

「魔法位が高くて、治療魔法も使える。補助魔法もすぐに覚えてたよね」

「うん。魔法は昔から得意で。でも──」

「でもわたしは、それって凄く勿体ないと思うの」

「へ?」

「その才能を生かす機会が、魔物や盗賊を殺したりする場面ばかりだなんて、良くないとわたしは思う」


 極端なことをハッキリと言うなぁ。


 これには流石にリアも納得しかねて頭を捻った。その仕草を見て、オリカはハッとする。


「……っと、ごめん。流石に『良くない』は言い過ぎだった」

「別に、いいけど」

「つ、つまりね。折角才能があるんだから、治療師を目指してみない? ってことが言いたいの。実際、ミナトは治療に参加もしていたし、魔法の才能だけじゃなくてそっちの素質もあると思うの」

「そうかなぁ?」


 リアには全く同意できなかった。流石にそれはお世辞かもしれない。


「ほ、ほら、今苦痛に感じるのってきっと慣れてないだけだから」

「そうなのかなぁ」

「治療師って確かに体力的にはキツイけど、その分お給料はいいのよ。それに続けていたら、街の人に覚えて貰えて何かと可愛がってもらえるし……」

「そうなんだ」

「それに……あ、そうだっ! 何と言っても男の子にモテるよ! 助けた冒険者に求婚されちゃうこともよくあるし!」

「それは結構です」


 オリカがなんとか絞り出した特典を容赦なくぶった切る。そんなのリアにとっては逆効果だ。


「オリカ、どうしてそこまで必死に私を勧誘するの?」


 才能があったとしても、ここまでオリカがリアに執着する理由がわからない。


 リアが尋ねると、オリカは降参と言わんばかりに肩を落とした。


「はぁ……ごめんね。あれこれ言ったけど、結局わたしの事情なんだよね……」

「オリカの事情」

「そう。初めてミナトの治療魔法を見た時から思ってた。もしミナトがパートナーになってくれたら、わたしはもっと沢山の人を助けられる治療師になれるの」

「パ、パートナー……うん、治療の。わかるよ、うん」


 勿論仕事の上での、という事は解っている。それでもドキリとしてしまう言葉だ。


「わたしが指揮をして、リアが魔法を使って施術をする。これから沢山経験を積んで、ふたりの知識と技術をそれぞれ合わせたら、きっと将来はハクレン先生以上の治療師になれると思うんだ」

「それは……」

「ねえ、どうかな!」

「わっ!」


 両手に温かな感触。向かいの席に座っていたオリカはテーブルの上に身を乗り出し、リアの手と自分の手を重ねた。


 「逃がしてなるものか」という強い意志を感じた。


 というか近い近い!


「ち、ちかくない……?」

「いいの! わたし、答えを聞くまでここを離れないから!」

「あう……」


 今すぐに答えを出さないといけないみたいだ。


 だが実際のところ、リアの心は初めから決まっていた。家族を探すこと、リアにとってそれより大事なことはない。


(ど、どどどどうしよう!)


 しかし、リアは答えに迷ってしまう。


(どうしようって、お前断るしかないだろ。家族探しやめるのか?)

(やめないよ! でも、こんなに求められてるのにそんなの無理だよぉぉ!)


 うーん、こんな風に戸惑うのも仕方がないのか?


「お願いっ! わたしひとりじゃ、絶対に大成できない! だからミナトの力が必要なの!」


 こんな今にも泣きそうな顔して縋りついてくるんだもんなぁ。ズルいわ。


(ミナト、代わって! お願い!)

(バカ、人に押し付けようとすんな! ちゃんと自分でオリカに説明しろ!)

(でもどうすればいいのかわかんないんだもん……お願い、助けてミナト……)

(『初恋双葉』の双子ルートを思い出せリア! こういう時は自分の気持ちを濁さずちゃんと伝えたら、きっと相手も納得してくれるはずだ)


 エロゲー『初恋双葉』の双子ルートはダブルヒロインのどちらと結ばれるか、2人の目の前で選ぶという鬼畜選択肢が存在するルートだ。ちなみに選ばれなかったヒロインのその後の描写があまりに痛々しくて、俺はこのエロゲーをクソゲー認定している。


 だがそんなクソゲーで俺はひとつのことを学んだ。それは、例え相手を傷つけるとしても自分に素直でいる事。巨乳が好きなら巨乳の妹を選ぶべきなのだ。自分の心に妥協を許すと、いつか恐ろしい不安が返ってくるのだから。


(よ、よしっ! 言う!)

(おおっ! 頑張れ!)


 リアもいよいよ覚悟が決まったようだ。


「あの、オリカ。その……ご、ごめんなさい。私は治療師にはなれません」


 言いながら、心臓がバクバク鳴っていることに気づいた。俺の一生を思い返してもない。


 「言えたー」とリアも思わず達成感を覚えたほどだったのだが……。


「ダメ……そんなこと言わないで。お願いだから」

「えっ」


 だが、まさかの拒否の拒否。


(ちょ! 話が違う! どうなってんのさ、ミナト!)

(いやそんなこと言われても……)


 むしろ、一旦拒否したことによって、オリカの懇願はより悲痛なものになる。


「お願い……ミナトさえいてくれたらわたしは何もいらないからっ! お給料だってミナトに全部渡すし、お休みの日も全部ミナトの為に使うから……お願い……わたしのパートナーになってください」


 もはやプロポーズみたいなことになっている。こんな状態の彼女を拒絶出来るのはよほど強靭な精神を持つ人間か、それとも人の心がない人間だろう。


「ごめん……なさい」


 だがリアは頑張った。俺なら陥落しているこの状況で、リアの心を支えたのは──


「言ってなかったけど、私には旅をする目的がある。それは生き別れになった家族を探すこと。これは私の人生で一番重要なこと。例えどんな辛いことがあったとしても、絶対にやめたりしない。だから、オリカとパートナーにはなれません。ごめんなさい」


 リアは深々と頭を下げた。


 オリカが持つ治療師への憧れ。それに負けないくらい大切なものがリアにもある。それをしっかり言葉にした。


 すると、スッとオリカに重ねられた手の重みが消えていく。


 リアは恐る恐る顔を上げる。


「はぁ……」


 オリカは一度、深く溜息を吐いた。


「それならそうと、先に言ってくれたらよかったのに」


 そう言ったオリカの冷たい瞳は、「もうアンタになんて興味はない」とリアに言っているような気がした。


「あの、オリカ……」

「うん。無理言ってごめんね。もう言わないから。じゃあね」


 オリカはテーブルにお代金を置くと、リアを置いて店を去る。リアはその背中をただ見ていた。


 終わった。本当にこれでよかったのだろうか。そう思えるほどにあっさりとした決別であった。


(リア、帰ろう)

(うん……)


 しばらく時間を置いて、店を出る。なおもチクチクと胸の痛みが伝わってくる。まるで挑んでもいない初恋に敗れた気分だ。


 気持ちのいい別れなんて、土台無理だったのかもしれない。


 夜のエスパテロを独り歩く。


 ふと路地裏で男を誘う娼婦の姿が目に入った。


「おっぱいさわりたい」


 湧きあがる薄ら寒い気持ちを誤魔化すように、リアは呟いた。

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