第61話 「ちょっと戦場へ」

 ツリロからアブテロへ帰還したリアは、1日休みを挟んで舞台を次なる場所へ移す。


 何処へ行くのかとリアがラーヤさんに尋ねると、彼女からは「ちょっと戦場へ、なんてね」というそら恐ろしい言葉が返ってきた。


 おい、想像していたのと違うぞ。


 そして移動日の早朝になって、ラーヤさんと街の外へ出る乗合馬車に乗り込んだ。


 車内は同じく他所の街へ繰り出そうとする冒険者でごった返している。


(うわ……きつ……こいつら全員ここで降りないかなぁ)


 相変わらず死にそうになっているリア。ただそんなことよりも、涼しい表情で隣に立つラーヤさんだ。


 この街、というかこの世界の男共のモラルを考えると、こんなナイスバディなお姉さんがこの過密空間においてエッチな目に遭わないわけがない。だがラーヤさんの佇まいにはそれをさせる隙など一分たりとも見当たらない。どさくさに紛れてちょっとお尻でも触ろうものなら、その瞬間にガシッと腕を掴まれる、そんな未来が見える。


 後、これ見よがしに首元から真紅の冒険者タグを吊り下げているのも大きい。「こっちは『紅』級だぞ? 手出したら分かってるよな?」と、そういうこと。


 これは勿論彼女の冒険者ランクが高いから出来る痴漢避けではあるが、何も彼女だって最初から『紅』ランク冒険者だったわけではない。つい先日リアが男に襲われかけたように、これまで何度ものっぴきならない状況を経験した結果、このガードの硬さが育まれていった……はずだ。


 俺たちも経験が浅いなりに彼女の振る舞いを真似てみよう。


 一先ず、目の前でリアを眺めながら鼻の穴をヒクヒクさせているオッサンを睨んでみる。


「ひっ」


 するとソイツは間抜けな声を上げた後、慌てて目を逸らした。


 勝ったな。リアの可愛い顔じゃあ迫力に欠けると思ったが、ガン飛ばしは有効なようだ。


 そう思っていたのだが、それにはどうやら理由があったようで、馬車から降りた後にラーヤさんが教えてくれた。


「あなたのその黄昏の瞳って結構威圧感があるのよ。自分より魔法位の低い人間を無意識的に圧迫しているというか。勿論、気にならない人もいるけどね」


 なるほど。よく検問官に面倒くさそうな態度をとられるこの瞳の色だけど、裏返すとそんな利点があると言えるのか。


(それは良い事を聞いたね。これからは絡まれそうになったらガン飛ばせばいいと)

(まあほどほどにな)


 感じ悪いのはアレだけど、確かに一睨み効かせるだけで牽制になるのはいい。


 俺も学んだ。この業界、舐められたらヤられるからな。使えるもんは使っていこう。というわけで、少し目の力を強めつつ、新しい街を歩く。


 馬車で半日かけてやってきたこの街は、首都アブテロより南東にある内陸の街、エスパテロ。他の都市同様に街は外壁で囲まれているが、他のそれと明らかに異なるのはその損壊具合だ。


 壁のいたるところに凹みや補修跡が見受けられ、何か強大な敵と戦った痕跡を見るものに生々しく感じさせた。


 それもそのはず、この街は今現在魔物の跋扈するエリアとの最前線であった。


 この街について、出発前の短い時間だったがハツキさんをつついて多少の知識を仕入れてきた。彼によると、ここはまだ若い街だそうだ。


 首都アブテロを出発して南東、鉱山資源の豊かな隣国へ向かうには、ちょうど今いる街のあたり、太古の昔から『魔の大森林』と呼ばれてきた深い森を抜ける必要がある。ただ、その大森林はちょうど周辺の国々から魔力が集まりやすい位置にあるせいで、強力な魔物が跋扈する恐ろしい場所となっている。だからこそ『魔の大森林』なんて名前がついているのだ。


 長らく放置されてきたこの地であるが、つい50年ほど前に国が開拓に乗り出した。そして拠点として作られたのがこの街だ。そんな事情があって、至る所に外壁を広げていった跡が残っている。


 拡大は今でも続いている。現在も軍人や冒険者を中心に、たくさんの人間が大森林の魔物たちを駆逐するために頑張っているのだ。


 そして、そこが今回、ラーヤさんとここへと訪れた理由であった。


 言っておくが、魔物を狩るためではない。恐縮ながら、そういうのは最早敢えて教えを乞う必要がないのだ。


 では、何をしに来たのかというと……。


「私は『紅』級冒険者パーティのラーヤよ。この子は見習いのミナト。ふたり共、治療魔法が使えるわ」

「治療魔法!? それは本当ですか!?」


 ギルドへ直行し、冒険者証を突きつけたラーヤさん。貰った時に聞いたのだが、冒険者証には情報を保存する機能がついているらしい。それを見せるだけで、リアのランクや技能の一覧がギルド側には共有される。


「あ、本当だ……。お待ちしておりましたぁ! ささ、こちらへどうぞ!」


 治療魔法が使えると確認できた途端、受付の女性に外へと連れ出される。それから、すぐ小さな馬車に乗せられた。まだ依頼も何も聞いていないのだが……。かなり切羽詰まっている様子だ。


 馬車は大急ぎで街を走り抜け、あっという間に現場へ到着する。町外れにある石造りの大きな建物だ。何気なしに中を覗く。


「いでぇ……いでぇよぉ……」

「他に治療師はいねぇのか!? 頼む! 金はいくらでも出すからコイツを助けてくれ!」


 そこに広がる光景を前に、俺とリアは唖然とした。軽く地獄的な何かが再現されているではないか。


「いつ来てもここは修羅場ね……」


 此処は現在も盛んに繰り広げられている魔物との戦いで負傷した冒険者たちが、次々に連れられてくる場所だ。だが、どう見てもその対処が間に合っているとは思えない。


 そこら中に、血、内臓、異臭、叫び声が溢れている。Z指定じゃ効かない壮絶な光景だ。


「ごめん、ちょっと吐いてくる」


 覚悟はしていたが、この光景を前に胃酸の逆流を抑えきれないリアである。


「早くね。やることがいっぱいあるんだから」


 慣れているのか、ラーヤさんは怖いくらいに動じていない。その冷静さに、この先に待つどうしようもない現実を思わされる。


 今からあの修羅場に飛び込むのか……。「ちょっと戦場へ」とは比喩でも、何でもなかった。


「ミナト、行くわよ」


 建物の裏で今朝の食事を全て吐き出した後、リアはラーヤさんに連れられてここの職員のいる場所へと赴く。


 傷ついた冒険者たちの唸り声が鳴り響く室内。


「オリカくんは先にそっちの男性を頼む!  おそらく肺がやられている」

「わかりました!」

「そこの彼は……もう駄目だな。ヤンコスくん、外へ出してくれ。次を頼む」


 少ない治療師たちの指揮を執っている白髪碧眼のお婆さん、見たところ彼女がこの場の責任者っぽい。


「とりあえず、着替えましょうか」


 この修羅場でいきなり声を掛けるのも邪魔になるということで、勝手知ったるラーヤさんに連れられて更衣室へ。備え付けの衛生着(見た目はどことなくナース服っぽい)に着替えて再び責任者の元へと急ぐ。


 こんな状況じゃなければ、ラーヤさんのナース服姿を堪能出来たのになあ。流石に今はそれどころでない。というか、とんでもない速度で移動するラーヤさんについていくので必死だ。


「ハクレン先生、ラーヤです」

「む? き、君は!」


 先ほどの責任者の女性、どうやらラーヤさんとは旧知の仲であるらしい。


「久しぶりだな……だが、すまん。今少し立て込んでいてな」

「ええ、わかっています。勿論、ここを手伝う為に来ました」

「なんと! それはたすかる……ん? その娘は?」


 碧色のキリっとした瞳がこちらを捉える。


「この娘はミナトといいます。治療魔法が使えて、見ての通り魔法位も高いのですが経験が不足していますので、ここで経験を積ませたく」

「なるほど……才能がありそうだ。うむ、承知した。とりあえずそうだな……」


 ハクレンと呼ばれた女性は当たりの診療台を一通り見渡す。ちょうどそこへ、職員が新たな重傷者をタンカーに乗せて来た。


「早速だがラーヤくんはあの患者を頼む。緊急度は『黄昏』だな」

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