第60話 アブテロへの帰還
俺たちがアブテロ市の城壁前に到着したのは、昼過ぎになってからだった。当初は丸2日かかると聞いていたので、早く着いた方なのではないだろうか。
ただ着いたと言ってもすぐ中に入ることが出来るわけではない。リアとハツキさんだけなら、冒険者証を見せてすぐだろうが、今はラプニツくんがいた。仕方がないので、大人しく検問前に出来た列へ並ぶ。
検問の待機列は日の高い時間ということもあって、これでもかと長く伸びている。連休中のなんとかマウンテンもかくや。
「おい、こいつ獣人か?」
そして、長いこと待たされた挙句、検問官に嫌な顔をされる。
繰り返しになるが、この国では亜人は不吉の象徴とされ、食堂や宿泊施設は勿論、あらゆる公共施設からつま弾きにされている。
だからこんな風に街へ入るだけで難色を示されることは事前に予想をしていた。していたけれど、やはり面倒だった。
検問官は「なんでわざわざ首都まで連れてきたんだ」とか「泊められる宿はないぞ」とか「飯も食えないぞ」とか、入場をやんわりと諦めさせるように言葉を並び立てる。
上司から「出来るだけ首都に亜人を入れないように」とでも言われているのだろうか。
そして極めつけには、街へ入るには15万ガルド必要だとか言ってきた。虫プレート2500杯分だ。入るだけでそんなことあるか? と思わなくない。
それでもハツキさんがちゃんと金を出すと言うものだから、彼も根負けしたのか、呆れ顔でラプニツくんの入場を許可した。
ハツキさんは、パーティーの大蔵省だけあって堅実だが、こういう時出し惜しみしない。そういうところが凄くカッコいいと思った。男として尊敬しちゃうね。
とにかく、これでようやく首都へ入ることが出来た。目立つことを避けるため、ラプニツくんにローブを着せ、その足で真っ先にギルドへ向かう。そして、そこで待っていたのは……。
「ミナト!」
名前を呼ぶ声が聞こえると同時に、むぎゅっと柔らかい感触に包まれる。
むむっ、この匂いと感触はラーヤさんか。
……なんて、声でわかるし、こんな風にハグしてくる大人のお姉さんなんて、今は彼女くらいしかいない。
「むぐぐ」
「ラーヤ、彼女苦しそうだけど」
「あら、ごめんね」
この世で最も尊い感触が離れていく。苦しいなんてとんでもない。
ここ数日間、ほとんど男とばかり過ごしていたせいか、今の
(もーミナトなにしてんのさ! 勿体ない! 代わって!)
折角我慢したのに、主人格のリアがぶち壊す。
「ラーヤねーちゃん、すきすき」
「あらあら」
リアは再びラーヤさんの胸に顔を埋めた。今度はリアだからセーフ。
「ラーヤ、何かあったのかい?」
「別にそういうわけじゃないわ。ただやっぱり、泊りがけの依頼は心配でね」
「過干渉過ぎるのも良くないと思うんだけど……数か月後には独り立ち予定なんだよ?」
「わかってるわよ」
リアの存在がよっぽどラーヤさんの庇護欲を刺激したのだろう。まるで親のような干渉ぶり。むしろ彼女の方が別れの時辛いんじゃないかと心配になる。
「あ、そういえばハツキ。その子は?」
胸に挟んだリアの頭を撫でながら、ラーヤさんは尋ねた。
「この子はラプニツ。タイミングよくツリロの宿で出会ったんだ。
「なるほど。それは運がよかったわね。──えっと、こんにちは」
「は、はいっ! こ、ここ、こんにちは」
おっぱいで何も見えないが、ラプニツくんは大層顔を引きつらせていることだろう。
「あなたの今までの境遇は知らないけれど、大丈夫。きっと悪いようにはならないから」
そう言いながらラーヤさんの身体がもぞもぞ動く。きっとラプニツくんの頭を撫でたり、持ち前の包容力を振り撒いているのだろう。うーん、これはママ。
「ラプニツ、これは私専用のおっぱい。お前は触っちゃだめ」
「え、あっ、はい……」
おい、いらんこと言うな。普通に感じ悪いから。
意味不明な事を突然言われ、ラプニツくんは困惑していた。ごめんな、この変態のせいで……。
「こーら。ミナト、そういうこと言わないの」
「ごめんなさい」
「私じゃなくて、ラプニツに謝るのよ」
何だか小さな子供の教育のようだ。お前何歳だよリア。そして、「ミナト」という呼び名でお叱りを受けるのは理不尽さを感じる一方で、正直……いや、なんでもない。
「ラプニツ。さっきの言葉は訂正します。ごめんなさい」
「いえ、あの……」
リアの謝罪は、ただ困惑を深めるだけだった。
「さて、そろそろボクは報告に行ってくるよ」
そしてタイミングを計ったかのように、ハツキさんは会話に入ってきた。
「ラプニツもおいで」
「は、はい」
ハツキさんはラプニツくんの手を引いて受付の方へ向かっていく……が、途中で思い出したように反転した。
「あ、そうだ、ミナト。言い忘れてたけど、今回の遠征は本当にお疲れさま」
そう言うハツキさんの表情はいつも通りの柔らかいものだった。
「これでボクの担当は終わり。ということで、簡単な総評としては、まあ……なかなかよく頑張ったと思うよ。嫌味じゃなくてね。特に魔獣討伐に関しては文句のつけようがなかった。それに知識を蓄えることの大切さも十分に分かったね。ギルドにもそう伝えておくから、次も頑張るんだよ」
最後にそんなことを伝えて、今度こそ彼は去っていった。
ハツキさん、カイドさんの後だからか、最初は学校にいるいつもニコニコ笑っているタイプの先生みたいに、甘やかしてくる感じかと思ったが、最後はしっかりスパルタでしめてきた。その証拠が、無茶な強行軍によって生まれたこの身体の痛みだ。
「ミナト、お疲れさま。今日はもう宿で休むといいわ。明日はそのままお休みにして、その次の日からは私がビシビシ鍛えるから覚悟するのよ」
「う、うん……」
ラーヤさんは相変わらずの柔らかな笑みをリアに見せ、受付の女性と話すハツキさんの所まで行ってしまった。
(そっか、次はラーヤねーちゃんの番か……なんだろう、ちょっとワクワクするね)
(そうかなぁ……まあ、前の2人よりは楽ができそうだが)
普通に厳しい人、実は厳しい人、ときて次は箸休め的なターンとなるのだろうか。というのも、ラーヤさんがリアを厳しくシゴくイメージが浮かんでこないのだ。
(なんかエッチなイベント起こらないかな~。一緒にお風呂とか入りたいなぁ)
一区切りついた解放感からか、リアはさっきのラプニツへの暴言といい、そんな呑気な事ばかりだ。
これがフラグにならないといいが……。
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