第59話 遠征のシメ

 ツリロ10日目の夜、リアはいつも通りハツキさんの部屋で3人一緒に食事を摂る。


 すると突然、ハツキさんが小さく咳ばらいした。


「さて、ふたり共。突然だけど明日、アブテロへ戻ることにするよ」

「え、どうして? 早くないです?」

「乗合馬車、やっぱり使えないみたいだ」

「ああ……」


 例によって、獣人奴隷は乗合馬車には乗れないらしい。本来なら、あと3日はこの街で過ごすはずだったのだが、事情が変わってしまった。


「……ごめんなさい」


 シュン、とラプニツくんのフサフサ耳が垂れ下がる。かわいい。彼がもしラプニツちゃんなら、リアがモフりまくっているところだ。


「大丈夫、大丈夫。自分の足で行くのもいい訓練になるから」


 馬車が使えない以上それは仕方ない。ハツキさんの言う通り、プラスに捉えよう。


 ちなみに自分の足で行くというのは別にのんびり歩いて帰るという意味ではない。身体強化魔法をゴリゴリに使用してのダッシュだ。魔法を使えば、牽牛獣(馬車を引く魔獣)ほどでないにしろ速度を出すことが出来る。まあ、当然疲れるけれども。


 この時の俺はまだ事態を簡単に考えていた。だが、そんな甘い考えはツリロとアブテロまでの道なりという物理的距離に見事ぶっ壊される。


 翌日、リアたちは朝からツリロを出発した。


「はぁ……はぁ……そろそろ休憩にしよう……はぁ……はぁ……」

「だっはぁー!」


 そして3時間後、街道に設けられた休憩所へ到達したリアは、着いて早々大の字になって地面に寝転んだ。


 疲労困憊だ。里で受けた訓練でもこんなにしんどいことは無かった。


「そこ馬糞とかあるかもしれないし、汚いよ?」

「うぅ……動けない」


 気持ち的には今すぐ立ち上がりたいところだが、酷使した足腰がそれについて行かない。


 道の駅みたいな休憩所をいくつか素通りしてきたので、かなりの距離を走っているはずだ。人の身でそれを可能にする身体強化魔法はやはり凄い。だけど、しんどいものはしんどかった。これはリアが身体強化魔法の扱いが上手くないことが原因だろう。


 それは横を走っていたハツキさんを見ればすぐにわかった。


「よいしょ、どう? 身体痛くないかな?」

「だ、大丈夫です。すいませんでした……」


 ハツキさんが背中に乗せたラプニツくんを下ろす。


 小学生くらいの子供とはいえ、人ひとりを背中に乗せての爆走。しかも俺たちよりも疲労は少ないと見える。


「今どのあたり?」

「まだまだ半分も走ってないよ」

「え……? どんだけかかるの?」

「牽牛獣でも半日かかるから。ボク達の足なら、休憩を入れて丸2日ってところかなあ」

「嘘でしょ!?」


 マジかよ。しばらくずっと走ってなきゃいけないのか。


「なんでこんな苦行をしてるんだろ……」

「まあ冒険者やってれば、こういうこともあるさ」


 ははは、と笑うハツキさんに対して、リアは白目を剥きそうになっていた。


 丸2日……いや無理じゃね、と諦めてしまいそうになるが、自分よりもはるかに大きなものを負担しているハツキさんが一切弱音を吐かないところを見ると、文句は言えない。


(ミナト次代わってぇぇぇ……)

(いや代わったところでシンドイのはそのままだぞ)

(分かってるけど! 気持ち的な問題!)

(ったく、しょうがねぇなぁ……)


 まあ、身体が勝手に動く状態だと、また感覚も違ってくる。俺も内側にいるばっかりじゃあ不公平なのかもしれない。


 しばらく横になって身体を休めた後、また俺たちは走り始めた。


 自分で足を動かしてみると、確かに何もしないでいるよりは倍ほど体のキツさが違った。常に夏合宿の最終日みたいな、そんな身体の限界をひしひし感じたのであった。


 街道を走り始めてから数時間が経過した。太陽は既にてっぺんを昇り切り、ジリジリと焼き付けるような光線が大地に降り注いでいた。


 夏を目前としたこの季節、2年間過ごしていた里よりも南に位置するこの国はもう既に暑かった。


 エルフであるリアは肌がかなり白く、日差しは大敵。太陽光線をブロックする魔法を常に使っていないと、直ぐに肌が痛くなってしまう。


 さらには冷却魔法も併用しながら、身体強化魔法で身体を走らせている。もっと言えば、エルフ耳を隠すための偽装魔法も欠かせない。


 これ地味に凄いんだぞ、と誰に自慢するでもなく、ただ思う。


「ハッ……ハッ……ハ、ハツキさん、暑くないですか? そろそろ休憩しましょう」

「ふぅ……ふぅ……そうだね」


 汗を流しながらもハツキさんはまだまだ余裕に見える。背中に乗っているラプニツくんの方がむしろ疲れてそうだ。


 休憩所……というより、宿場村のような空間にて、昼食も含めた少し長めの休憩をとる。


 俺たちのように自分の足で街道を移動する人たちや、ゆっくり荷物を運ぶ商人などの為に飲食店がいくつか営業をしていたのだが、亜人奴隷を抱える俺たちは当然入れてもらえなかった。


 仕方がないので、空いた場所で自炊することに。まさかツリロで買った食材や調理器具が早速役に立つとは……。


 ちなみに俺もリアもあまり料理が出来ない。毎日クラナさんを手伝っていたから、野菜の仕込みは完璧だけどね。その先はお察し。


 こんな時はやはりハツキさんである。パーティ内ではこの人とラーヤさんが主に食事係だった。……というかこの人地味になんでも出来るよな。


 そんな感じで野外飯を乗り切る。


 食事が終わると後片付けをして、また再び街道を進む。空が赤く染まり始めた頃になると適当な休憩所に止まって、今度はキャンプの準備をした。当然宿は使えないので。


 その際、これまたツリロの市場で購入した野営道具が役に立った。「買っといた方がいい」と言われていたものだが、ハツキさん、実はこの状況が予め分かっていて買わせたのだろうか。


 テントを張った休憩所の敷地内は魔物や魔獣の駆除が頻繁に行われれており、その辺の野原で寝泊まりするよりは断然安全である。とはいえ、無防備に全員で眠りこけるわけにはいかない。ハツキさんと交代で夜の見張りをする必要があった。


「先に寝ていていいよ。疲れてるでしょ?」

「マジすか!? ありゃっす!」


 俺はハツキさんの好意に甘えてテントへ飛び込んだ。正直疲れが限界に来ていたので助かったと思った。俺は吸い込まれるように敷布へ。暗闇の中で身体を横たえると同時に俺は眠りについた。


「んあ……」


 目が覚めると、陽が昇り切っていた。眠ったのは陽が落ちて大体2時間ほど経った後だから……。


 あれ、これはまずくないか?


「ハツキさん。すいません……眠りこけてました」


 慌ててテントを出る。するとハツキさんが昨日と変わらない様子で見張りを続けていた。


「ああ、おはよう。疲れてたしね。仕方ない」

「あの……起こしてくれてもよかったんですけど」

「まあまあ。無理してまたラーヤに怒られてもアレだし。それにまだ出発まで時間はあるから、ボクはそれまで休ませてもらうよ」


 そう言って、ハツキさんはテントの中へ消えていった。出発までというが、休憩所の建物にある時計を見る限りそんなに長くは寝られない。やってしまったなぁ、と反省。


(んん……おはよー、みなとぉ……)


 身体の主は一番起きるのが遅かった。同じ身体なのに……。


 そして、見張りをすること数時間後。当然のようにハツキさんは起きてきた。


「うう……ごめんなさい。ごめんなさい」


 一方でずっと寝ていたラプニツくんが、泣きそうになりがら何度も頭を下げていた。彼的には、奴隷がご主人様を差し置いてずっと眠っていたわけだから、そりゃあ泣きそうにもなる。だが、当然ハツキさんも10歳程度の子供に夜更かしをさせる気はないので、「気にしないで寝ていい」と彼に笑いかけていた。


 全員が起きたところで、朝食をいただく。そして、またアブテロ市へむけて出発した。

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