第57話 ツリロでの活動①
飯が終わったら風呂の時間だ。
ネイブル国において沐浴の文化は富裕層、庶民問わず根付いているが、しっかり毎日身体を水で流すような人はそんなにいない。
宿では基本的に身体を拭くための布と桶に溜めたお湯が提供されるだけだった。普通の人間ならそれで充分なのかもしれないが、こちとらゆとりの民日本人である。毎日お湯に身体をつけないとやってられない。
出会った当初は風呂に入ることを面倒がっていたリアも、いつの間にかその精神を受け入れ、毎日風呂に入らないと落ち着かない身体になっていた。その点、前にカイドさんと行った遠征は、風呂に入る余裕のない闇の期間だったな。
「ミナト、いつものお願いできる?」
「おっけーです」
リアは部屋の空いた場所に魔法でお湯の塊を作り出す。
里を出てから【暁の御者】の面々には、こんな感じでリアが毎日お湯玉を提供していた。里でお風呂に入る幸せを知っていた彼らには大層喜ばれたものだ。こっちもラーヤさんのお肌を堪能できるので、ウィンウィンというやつである。
「ありがとう。じゃあ、ラプニツも一緒に入るよ」
「え、ぼくもですか?」
「当然。身綺麗にするのは大事だよ」
明らかに困惑するラプニツくん。まさか奴隷の身分で風呂に入らされると思わないだろう。
「え、あ……」
彼はチラチラとリアの方に視線を送る。
うん、俺も男だからわかるぞ。リアみたいな可愛い女子の前で裸はちょっと気が引けるよな。
「あー、私は全く気にしないから。早く入っちゃって」
一方でリアは男の裸に対しては全く動じない。そりゃあそうだ。自分の股間に自慢のご立派さんが付いてる記憶を見てるんだから、今さら少年の裸くらいで動揺はしない。まあ、流石にリア自身の裸は見せないけどな。
「おおー」
お湯の中に入れたラプニツくんの頭に、ハツキさんが手櫛を入れる。どろりと、熱い湯に黒い脂汚れが溶けていった。この汚れは年単位で溜まったものだろう。俺は詳しいんだ。これより汚かったヤツがいるからな。
2年前を思い出しながら、何度か汚れたお湯を取り変える。
「よしよし」
ハツキさんは植物の果実で作られたシャンプーなんかも駆使してラプニツくんを磨き上げると、大層満足気に笑った。
失礼だが、本当に野犬みたいにボサボサだったラプニツくんの姿はそこになかった。うん、見違えるな。
「どうだいこの毛並みは。獣人の黒毛って本当綺麗なんだよ」
「うん、いいね」
確かに、艶やかに光を反射する黒髪はとても綺麗だった。
俺が見てきた限り、この世界では鳶色や亜麻色の地毛を持った人間が多い。他にも金や銀や青などエロゲのキャラみたいに特徴的な髪色の人もたまに見る。
とにかく、前の世界では染めたとしか思えないような、多少奇抜だと思われる色でもここではまったく浮かないのだ。リアなんてラベンダー色だしな。
その代わりと言ってはなんだが、ラプニツくんのように深い黒の髪はありふれたものでなかった。そして、日本人としてはなんだか懐かしい気持ちにさせられた。
こうしてツリロ初日は終わる。
ラプニツくんを保護したことは勿論ハツキさんにとっても想定外のことだったのだが、それでもリアの教育という当初の目的はお互いに忘れていない。
翌日、リアたちはツリロ北部の地区へと移動した。
北部の海岸沿いには漁港や砂浜などが存在する。夏が近いという事もあって、風景だけ切り取ると青が広がる大変気持ちのいい景色だ。
「ミナト! 上手く攻撃を受けながら、相手の数や周りの情報を素早く読み取るんだ!」
「わ、わかった!」
そんな中、リアたちは海で遊ぶ……わけもなく、本来の目的である冒険者としての活動をこなしていた。
今回受けた依頼は、海岸沿いに出現する海生魔獣の駆除である。このツリロの海には『海兎獣』と呼ばれるウサギとセイウチを足して2で割ったような動物が生息しているが、魔力を取り込んだことで魔獣化すると人間を襲う為にわざわざ陸上まであがってくるという。その最盛時期がこの夏前だった。
「数10! 全部海兎!」
リアにとって、コイツらの強さ自体は正直大したものでない。理由はとにかく動きが遅いからだ。普段海で生活しているようなヤツらだから、陸上ではうまく動けないらしい。わざわざ苦手な陸上に進出してくるなんて馬鹿なヤツらだ。
コイツに関して一応気を付けるべきはその体の大きさ。普通車2台分はある質量の動きに巻き込まれると、待っているのは死。また、刃の通りづらい外皮も厄介だ。
だがリアには魔法がある。光魔法のひとつでも脳天に打ち込んでやれば即死だろう。ただ、今回は強力な攻撃魔法を使ったりはしない。いや、使ってはいけないのだ。
「グオォォ!」
「うわ、すご……」
見えない壁に動きを阻まれ、苛ついた海兎獣は狂ったように何度も壁をその巨体で殴りつける。だが、魔力をたっぷり注ぎ込んだ壁はそう簡単には壊れない。
これぞハツキさんから伝授された
「ラプニツ! 絶対にミナトの側を離れたらダメだよ!」
「は、はい!」
そして、リアの側にはラプニツくんがいる。実際に守るものがいた方が訓練になるとのことで、彼はハツキさんが連れられてきた。正直さっきから危なっかしくて仕方がないが、そこをフォローする訓練でもあるのだろう。
『冒険者の強さとは、鍛えた肉体であり、覚えた魔法の数であり、積み重ねた知識の量である』
これはハツキさんが若い頃に先輩冒険者から教わったという言葉で、今でも冒険者として活動していく中で彼がモットーとしている言葉だそうだ。
強靭な肉体も、強い魔法も戦闘中に突然生えてくるものではない。そして、多くの場合知識もそうである。
出会うかもしれない魔物や魔獣の特徴は出会う前から頭に入れておくべき……というのが依頼を受ける前にハツキさんが教えてくれたこと。だからリアは出発まで出来るだけ海兎獣についての情報を集めた。
当たり前だけれど、相手の特性を分かっているかいないかで戦闘の難度は全く違った。
「ラプニツ、私が合図したら一緒に下がれ!」
「は、はははは、はいぃ!!」
海兎獣は敵に接近する際、身体を毬のように弾ませて勢いよく跳びかかってくることがある。知らずに油断していると、突然のしかかってくる巨体にやられてしまうのだ。ただ知っていれば、身体を伸び縮みさせて溜めを作るような予備動作が結構わかりやすいので簡単に対処できる。
「はい、今!」
この鈍重な攻撃は受けるより避けた方が楽なので、ラプニツくんと連携して巨体を避ける。
ドスン、と地面が揺れる。
そして、そこには無防備なワガママボディの魔獣が横たわっていた。
「ハツキさん、今!」
「よしっ!」
リアの合図でハツキさんがその巨体に飛び掛かる。そして、無防備な頭部に刃を思い切り突き立てた。
壁役といっても、流石は『紅』ランクパーティの一員だ。身体強化魔法を使いこなし、一撃で海兎獣の急所を仕留めていた。
「ハツキさん! 次くる! 離れて!」
「了解!」
それからはパターンだ。同じ流れを繰り返し、リアたちは10体ほどの海兎獣を駆除したのであった。
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