第53話 カネの話
泊りがけ依頼から2日の休息を挟んで、リアはようやく報酬を受け取りにギルドへやってきた。
「あら、ミナトさん、こんにちは。もう体調はよろしいのですか?」
受付へ顔を出すと、依頼から帰ってきた夜に色々と段取りをしてくれた女性の職員が迎えてくれた。
「はい。2日も空いてしまって、ごめんなさい」
「いえいえ、2日程度ならまったく問題ありませんよ。事が事ですしね」
「どうも」
「それより、今後も冒険者を続けられそうですか? 先日はその、凄く冷静に状況を説明してくださっていたことが逆に心配になりまして……かなり思い詰めていらっしゃったのではと。結局倒れられましたし……」
あの時説明をしたのはリアじゃなくて俺だったからな。実際、別人といってもいい。俺もダメージが無かったわけじゃないんだ。ただ本気で傷ついているリアを他所に、一体誰が頑張るんだという話。
「もちろん、続けます。冒険者ならああいうことも乗り越えないと」
「そうですか。確かに能力のある女性冒険者の方々は皆、圧倒的男性社会の中でやっていく方法をそれぞれ確立されています。例えば──」
受付のお姉さんはネイブル出身で高ランクとなった女性冒険者がかつてとっていたという暴漢対策をいくつか挙げてくれた。
だが、正直どれもリアには向かなかった。
というのも、女性冒険者は基本的に女性同士固まる事でお互いを守り合うらしい。つまりお姉さんは女性同士のパーティを組めと言いたいんだろう。だが、他の女性冒険者が全くいない上に、リアの事情を考えるとパーティを組むのは難しい。
やはりラーヤさんのように、睡眠中に誰かが近づいてきたら自然と目が覚めるくらい戦士としてレベルアップするしかないのだろうか。リアもそのための魔法を開発中ということで、期待せずに待っていよう。
そんな小話を冒頭に入れつつ、本題の方にはいる。
「最初に、ミナトさんを襲った冒険者、レチユウさんの処遇について結果の報告です」
ああそう、あの暴漢未遂犯はそんな名前だったか。
「まず、冒険者ランクは降格、次に賠償金が8万ガルド、最後にミナトさんへの今後一切の接近の禁止が義務づけられます」
淡々と事実だけが告げられる。内容が妥当かどうかについては正直わからない。だが少なくとも賠償金額に関しては不満に思わざるを得なかった。何故なら現代日本の感覚で考えると、強姦未遂の示談金としての8万ガルドはあまりに安すぎるからだ。ちなみに先日の遠征の報酬が大体4万ガルド。つまり、約1週間分の報酬で手を打てと言われていることになる。
「それが相場なのですか?」
「ええ、残念ながら。実際に暴力が振るわれていたならもっと額面は増えていたでしょうが、それでもそんなに多くは補償されないことがほとんどです。お力になれず、申し訳ございません……」
受付のお姉さんの感覚でもこの賠償額は少ないようで、申し訳なさそうに頭を下げられた。
「これ、国に報告した場合はどういう罰になるの?」
「ええと、その場合はほとんど相手側の懲罰だけで終わることがほとんどです。禁固刑か場合によっては処刑か、何にしても被害者側に対する補償はありません。逆にギルド内々で処理する場合は、相手側にギルドからお金を貸し与える形で何とか賠償金を出させているのです」
加害者には働いて貸した金を返してもらわないといけないから、そこまで追い詰めるわけにもいかないのか。十分とはいえないまでも、色々考えられているようだ。
「そう。まあ、その件はわかりました」
正直、これでもまだまだ不足と思うが、わざわざギルド側に食らいかかって、さらなる求刑を乞う気概は今の俺たちにはない。今後は自己防衛に一層力を入れる、ということでこの件は終えることにした。
その後、依頼の達成手続きと報酬の受領する。先ほども言った通り、報酬が約4万ガルド。そこに小鬼の討伐報酬と賠償金8万を加え、さらに臨時報酬を含めた金額が今回の収入となる。
その臨時、というのが事前の勘定にまったく入れていないものだった。
「他の冒険者に回復魔法を行使された、ということでその分も含まれています」
正直忘れていたあの怪我人を治した件の報酬である。なんとその金額1万ガルド。監視塔での仕事の報酬金が1日4千ガルドだったのを考えると、1人治しただけでかなり割のいい仕事だと言えた。
「それでは合計、13万2千ガルド入っています。この街では問題ないと思いますが、他所では盗難に遭わないように気を付けてください」
そう言って渡された袋。ずっしりとした硬貨の重みを手に感じて、つい嬉しくなってしまう。
早速、宿に帰って【暁の御者】の面々に報告だ。
ああ、そういえば、男性陣の接近禁止は早々に解いた。リア自身気にしていないのに、接近禁止にしても意味がないからな。
「ギルドで報酬を貰った! 今まで立て替えてもらってたお金を返します!」
「お、おう。でも、別に気にしなくてもよかったのに」
「そういう訳にはいかないよ。はい」
「あ、じゃあボクが」
パーティー内の大蔵省であるハツキさんに6万ガルド分の硬貨を手渡した。これは大きな収入があるまで代わりに払って貰っていた、食事代、宿代、その他諸々の費用の返済である。
お金を返した後の財布はすっかり軽くなってしまった。倹約家揃いとはいえ、『紅』ランクパーティーの生活水準はやはり高い。ルーキーのリアが彼らと同じランクの宿や食事を共にしている方が異常だった。
「これからは宿も安い所に変えようかなって思ってる」
「そうか……まあ、独り立ちする以上、それは仕方ないか。いやしかしラーヤはなんと言うか……」
「あのねぇ、私だって、親みたいにずっと引っついていられるわけでもないって分かってるわよ」
「そ、そうか」
ラーヤさんの言葉にたじろぐカイドさんであった。いやビビり過ぎだろ。パーティ内のヒエラルキーが見えた気がした。
「まあまあ、今日は初めてミナトが大金稼いだ祝いの宴といこうぜ」
俺の中で今の所チャラ男というイメージしかないカンザさんの一言で今日はもうパーッと飲み食いを楽しむことになった。
「ミナト、いいか? 集団で依頼を受ける時、参加する他の冒険者の調査を怠ってはいけない。ランクは勿論、魔法位から体格、装備の細部に至るまで、徹底的に相手を調べ上げろ! 近づかない方がいい人間なのか、それとも利用するべき人間なのかを見極めるんだ!」
お酒が入って少し顔を赤くしたカイドさんが熱弁する。さっきから殆ど冒険者関連の話しかしていない。この人、飲み会で仕事の話するタイプか。まあ、そんなだからこそ今の【暁の御者】があるんだろう。アドバイスはありがたく心のメモに記しておく。
「この魚はツリロ漁港でよく水揚げされる魚でね。体内に魔石が出来て魔獣化すると味に甘みが出て引き締まった食感になるんだ。あ、そのソースをかけるよりは、一度そのまま食べてみるといいよ」
ハツキさんは注文した焼き魚について、頼んでもいないのに色々教えてくれる。この人は酒が入ってなくてもこんな感じだ。
「うへっ、うえっ、おねーさん、ひとりぃ? こっちで一緒に飲まねぇか? 奢るよ? え、むり? ちょーなんか堅くない? 何もしないって! 一緒にお酒飲むだけだって」
カンザさんはベロベロになって、他の女性客に声をかけまくっている。
「あの人凄いことになってるけど、大丈夫なの?」
「あの人」呼ばわりしていることから分かる通り、リアの中でカンザさんの評価は微妙に低い。理由は勿論こういうところだ。
「大丈夫、とは言い難いが問題にはならんよ」
慣れてるのか、カイドさんは平然とした様子で芋パンに齧りついている。
「ちょー、せっかく酒飲んでんだから楽しくいこうぜ──あだっ!?」
「このバカ! ミナトの前で他のお客さんに迷惑かけてんじゃないわよ! 教育に悪い!」
行き過ぎた誘いをラーヤさんが止めていた。いつも、こういう流れなのか。
「バカお前、ミナトだって巨乳好きなんだから、あの子と一緒に飲めたほうが楽しいに決まってるだろ!? なぁ、ミナト?」
「ミナトとアンタを一緒にしないで!」
「むぐぐ……」
そう言ってラーヤさんが抱きしめてくる。この人も酔っているのかな。
手足の伸びきった人間に対する対応じゃない、と内心戸惑いながらも、リアは赤ん坊を真似て役得おっぱいを堪能していた。
【暁の御者】の面々とはもう里を出発してから数か月の付き合いだ。キャラクターもなんとなく掴めてきた。だが、この付き合いにも期限というものがある。リアが『黒』ランクの冒険者になった時が彼らとの別れとなる。
それぞれ個別に面倒を見てもらえる今、この機会は彼らを知り、彼らから学ぶことが出来る最後のチャンス。
そう考えると、気合が入る一方で、何だか少し寂しい気持ちになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます