第52話 着たい服を選ぶ

「ミナト様、大変お待たせいたしました」


 裏に行って間もなく、ルーシュさんが戻ってきた。


「申し訳ありませんわ。当店、子供服の在庫をあまり置いておりませんので、お見せできるモノが少々心もとないのです。もしお気に召される服がなければ仰ってください。アブテロ中の色んなブランドからかき集めますので。なんならお時間はいただきますが、わたくしの方でデザインした服を仕立て上げて──」

「と、とりあえず見てみます!」


 何だか凄い話になりそうだったので、リアは強引に話を進める。


(『子供服』かぁ……私、一応成人済みなんだけどな)

(まあ、個人差はあるさ。あんまり落ち込むな)


 獣人の隠れ里では15で成人ということになっていた。日本と違って式典をする風習はなかったものの、「もう大人かー」とリアも張り切っていたものだ。


 ただ身体は思ったほど成長せず、まだ子供と言われても否定できないほど。残念ながら、一番身体に合うサイズがこの店では子供服という分類になるらしい。


「さあこちらです」


 とはいえ、出されたいくつかの服はどれも子供用とは思えないくらい落ち着いたデザインで、まるでいい所のお嬢様が何かのパーティへ出向く際に着るようなドレスだ。


 ……いやオシャレかもしれないけど、これいつ着ればいいんだ?


「ねーちゃん。今更だけど、私は普段着が欲しいんだよ」

「わかってるわかってる。そっちは後で別のお店に行きましょう。今はここであなたの一張羅を用意するの」

「一張羅かぁ……私に必要なのかな」


 冒険者の俺たちは基本的にいつでも戦える恰好で過ごしている。そうでない時間も特に着飾るつもりはないので、折角いい衣装を買ってもラーヤさんのように荷物の肥やしになると思うんだが……。


「ミナト、考えてもみなさい。あなたの目的を達するためには、ただ冒険者のような血生臭いことをしていればいいってわけじゃないでしょ?」

「えっ?」

「いざという時には、こういう綺麗な服を身に纏ってテーブルに着く事だってあるってこと。例えば、その、商人とかね?」


 すぐ側にルーシュさんがいるので直接的な言及は避けたが、ラーヤさんが言いたいのは恐らく奴隷商人のことだろう。そうだ、エルフ奴隷を扱う商人はほとんどが大きい商会だと里長が言っていた。そして、場合によっては売られた先に交渉を持ち掛ける事だってあるかもしれない。もしそれが貴族だったりしたら……ああ、無頓着な恰好なんて絶対に出来ないな。


「うん。必要性はよーく分かった。ありがとうねーちゃん」

「分かってくれたらいいのよ。それじゃあ、順番に試着してみましょう」

「よろしいでしょうか? まずはこちらから」


 話はまとまって、早速試着を行う。まず白のワンピースタイプ。今まで着たこの世界の服の中で一番と言っていいほど、生地がしっかりした服だ。


「素敵! ミナト可愛いわよ!」

「うん、いいですわね。ミナト様もご自身でご覧になってください」


 そう言って、ルーシュさんはキャスターのついた姿見を引っ張ってきた。それは獣人の隠れ里にあったどの鏡よりも反射率が高く、目の前のリアの姿を鮮明に映し出していた。


 そして、それはハッキリ言って衝撃だった。


 シミひとつ無い白い肌にくっきりとした目鼻立ち。白いドレスの上で揺らめくラベンダー色の髪はまるで花畑から摘んできた一輪の花のようだ。


 可愛い。可愛すぎる。リアってこんなに可愛い顔をしていたんだな。質のいい鏡を見る機会がなかったのと、リア自身の言動のせいで完全に不意を突かれたわ。


(ふむ。ちょっとお姉ちゃんに似てるかな?)

(なんで他人事みたいに言うんだよ。まあ確かに似てるけどね)


 流石姉妹とあって、リアの記憶にあるユノの姿とそっくりだ。何ならゲームのイベントCGにも似たような絵があったくらい。


 まあそれはともかく、ドレスもリアの魅力を底上げるするいい仕事をしているな。


「次、次を着てみましょう!」


 楽しそうなラーヤさんに囃し立てられて、それからリアは用意された衣装を次々に試着していった。


 基本的には初めのものと同じワンピースタイプのドレスだったが、他の服はデザインや色がまったく違った。まるで着せ替え人形のように衣替えを繰り返す。


「今ご用意できるのは以上になりますわ。この中でお気に召すものはございますか?」

「え、私が選ぶの?」

「当たり前でしょ? あなたが着るんだから」

「と、言われても私オシャレなんてした事ないからよく分かんないんだよね」


 リアは申し訳なさそうに用意された衣装それぞれに視線を送った。


 確かにリアは服装に頓着した経験がない。男物なら俺の記憶を頼りに好みが分かるだろうけど……。


「難しく考える必要ありませんわ。試着した中で一番ミナト様を美しく飾り立てるものを選べばよいのです」

「選ぶ、かぁ……」


 俺がリアの中に入って一番彼女が頭を抱えている場面が今かも知れない。


 女の子の服を選ぶって、難しい。だって全部可愛いんだもんな。


(わかんないなぁ……ミナトはどれが一番良かった?)

(うーんそうだなぁ……あの白いやつかなぁ……)

(え、あれ? あれはちょっと子供っぽくない?)

(……ダメなのかよ)


 わかんない、とか言いつつも結局しっかりと自分の意見を持つリアであった。コイツめんどくせぇな。


(それに白って汚れが目立ちそうだし)

(ああ、そういう観点ね)

(それなら、この紺色のがよさそう。何だか大人っぽく見えるし、汚れも目立たなそう)

(確かに)


 リアの言う通り、紺色のドレスを着たリアは可愛い、というか美しい。なんだろう、薄紫の髪とネイビーの落ち着いた組み合わせがシュッとした大人っぽさを演出しているような気がする。


 あと汚す前提で考えるのはどうなんだろう。


「これかなぁ……私がこういう服を着るってなると、大人っぽさを出す必要があると思うし」

「あら、いいわね」


 先ほどのラーヤさんとの会話を踏まえてか、堅実な意見だった。


 確かに最初の真っ白のドレスもラベンダーの妖精みたいで可愛いけど、こっちもいいな。まあ、俺の意見は正直どうでもいい。


「一応、お時間を頂ければ、他にもご用意できますが、こちらでよろしいでしょうか」

「あ、これでいいです。これが可愛いと思う。気に入りました」


 結局、リアはネイビーのドレスを選んだ。


「ふふ、それはよかったですわ」


 ルーシュさんは嬉しそうにリアの選んだネイビーのドレスを手に取った。


「これはわたくしの勝手な考えなんですけど、自分で選んだ既製品って凄く肌に合うんですよね。だからミナト様の選択が無事に決まって良かったです」

「どういうことですか?」

「いえ、そんなに変な話ではなく、人って自分の選択を何よりも重要視するんですよ。自分が選んだ服は可愛いんだぞって。だから他人から見てそうでもない服が、自分にとっては凄くオシャレに見えたり、着心地が良く思えたりするんです」


 服をセレクトする立場にいる人がこういうことを言うとは思わかった。


「でもそれって恥ずかしい事じゃないと思うんです。だって、自分がいいと思う、自分が着たい衣服を選ぶことができているということですから」

「自分が着たい服……」

「そうです。私の原点はそこにありますから──あ、少しの間、腕を上げていただいてよろしいでしょうか?」

「あっ、はい」


 会話を続けながら、ノースリーブの脇部分が少しリアには広すぎたので調整をしてもらう。ラーヤさんは着るつもりもないだろうに、ひとりで他の服を見に行ってしまった。


「今日は久しぶりにラーヤ様とお会いできてよかったですわ」

「あの、ずっと気になってたんですけど、ラーヤねーちゃんとはどういう関係なんですか?」

「そうですね。簡単に言えば、あのお方はわたくしの命の恩人です」

「い、命の恩人!?」


 思ったよりも大きな話だった。「折角ですから……」と、彼女はポツポツと身の上話を語り出す。


「子供の頃、わたくしは遥か東の国のとある貧しい村で暮らしていたのです。そこは年貢が重く、その割に魔物の脅威から村を守ってくれないのに、男手は気軽に戦へ持っていかれるような、まあ……控えめに言って酷い国でしたね」


 今、過去の苦しい思い出が彼女の頭の中を回っているのだろうか。でも流石、作業する手は止まっていない。


「ある日のことです。一番村から近い街へ初めて行った時、見たんです。お貴族様の娘が美しい服を身に纏い、馬車に揺られて街を行くところを。あれは衝撃でした。『あれは何? どうして服があんなに輝いているんだ?』って。わたくしの生家のような貧農は皆この国で雑巾として使っているような布切れをいつも身に纏っていましたからね」


 それはおそらくリアが奴隷移送から逃げ出した時の恰好に近い。あれ、薄いし基本臭いんだよなぁ。


 でもこの国の農村での仕事を思い返してみれば、別に彼らはそんな雑巾服でなく、それなりにしっかりとした服を着ていた。


「最初はただ憧れました。街にある仕立屋をこっそり覗いては警備の方に追い払われてを繰り返したり……でもやっぱりわたくしは貧農の子で、当然あんなに綺麗な服が買えるはずもなく、それなりに大きくなる頃にはもうああいう服を着るのは絶対無理なんだって悟ったんです。それからは服の事を出来るだけ考えずに過ごしていました。そして、あの日、村が赤銅鬼の群れに襲われたんです」


 当時の恐怖が蘇ったのか、不意にルーシュさんの表情が歪んだ。


 赤銅鬼というのは言わば小鬼の上位種である。人間の大人程ある体躯でそれ以上の身体能力を発揮する。実は俺たちも遭遇した経験はそんなに多くない。だが身体の動きを見ていると、小鬼とは比べ物にならない脅威だというのはハッキリわかる。


「ですが最初に言った通り、国は魔物の脅威から村を助けてはくれません。村は赤銅鬼の侵略をまともに受け壊滅状態です。わたくしも死んでいても不思議じゃない大怪我を負いました。でも、生きていたのはラーヤ様たちのパーティが助けに来てくださったからです」


 そうか、そこで出会うのか。おそらくラーヤさんが彼女の怪我を治療したのだろう。だから、彼女は「命の恩人」と言ったのだ。


「でも結局、親兄弟や親しい隣人を亡くしたわたくしに生きる術はなく、絶望の檻に閉じ込められたままでした。そんな時、ラーヤ様が『一緒にネイブルへ行こう』と言ってくださったんです。貧農のわたくしはそんな国の名に聞き覚えすらなかったのですが、藁にもすがる思いで首を縦に振りました。そんな思いを胸にやって来たこの国で、わたくしはまたあの頃の気持ちに再び出会ったのです。豊かなこの国では『着たい服を着る』ことが皆に許された行為でした。頑張って働いて、お金を溜めれば、着たい服を着ることが出来る。だから頑張ろうって」


 ラーヤさんはそれなりのお金とコネを駆使して、彼女がこの国で食べていけるように援助してくれたそうだ。それに答えるように、ルーシュさんは必死にこの国で生きてきた。職場はなんと縫製工場。そこで技術と知識を学んでいく。そして、いつの間にか服飾デザインもこなす様になり、今では自分のブランドも含めたブティック経営をするまでになったという。


「思えば、あの日街でお貴族様をみた時に抱いた感情が『美しくなりたい。綺麗な服を着たい』という渇望に進化して、今の自分があるんだと思います。それを再び思い出させてくれた時、わたくしは改めて空っぽになった心へ命を吹き込まれました。そういう意味でもラーヤ様は命の恩人なのです」


 彼女にとってこの国へ来たことは幸運だったんだな。俺たちはまだこの国へ来てまだ浅いけれど、いい所は感じて過ごしていきたい。


 それに服だって、そんな話を聞けば是非いいものを着たくなる。


「ごめんなさい。ラーヤ様の縁者の方なのをいい事に、色々と好き勝手話してしまいました」

「ううん。ありがとうございました。正直、私には可愛い服とかってよくわからないんだけど、こうやっていい服を着られるっていうのは幸せな事なんだってわかりました」

「うふふ、そうですか。はい、こんなものでしょうか」


 縫合の完了した服を手渡される。これを着る日はいつになるだろう。商人との面会だっけか。まあそんなのなくても、ちょっとはリアも着たい気持ちが湧いて来たんじゃないだろうか。


「そうですわ。このソーイングセットもお付けいたします。この国の女性は皆裁縫技術が高いんですの。あなたも嫁入りに備えて、訓練しておくといいですわよ」

「あ、どうも」


 手渡されたものを見てポカーンとするリア。やっぱり、リアにそういうのは無理かもしれない。


 結局、服の支払いはラーヤさんにもってもらった。そこはリアが自分で出すと言いたいところだけど、そもそもこの服を買うお金なんて持ち合わせていなかった。だって、これ一着で40万ガルド。庶民の給料何か月分になるんだ。


 リアは初めて自分で選んだ服を手に、何処か嬉しそうにしていた。

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