第51話 詫びデート
「ミナト、本当にごめんなさい。許してくれるなら私、何でもするわ」
特に罪もないラーヤさんがその豊満な胸を揺らしながら頭を下げた。パーティーの責は自らの責ということなんだろう。
そういうことなら、俺は裏に引っ込まないとな。今回一番つらい思いをしたのは俺ではなくリアなのだから。
「えっ、何でも!?」
そう思って操縦権をリアに返した、彼女の第一声がそれだった。
(何でもってのは言葉の綾だからな?)
(分かってるよ! ただのテンプレじゃん)
嫌なテンプレだ。負い目を感じている彼女なら、恐らくリアが良からぬことをしても許してくれそうだが、今後気まずい関係になることは目に見えていた。
「私に出来る事ならね」
「ふむ。じゃあ……」
リアは顎に手を当てて思案する。
最近思うのだが、リアのエロガキ化が進行している気がしてならない。主にラーヤさんや受付のお姉さんの谷間やお尻を、視線が勝手に追いかけているのだ。勿論俺、じゃなくてリアがな。
俺としてはリアが女の子を好きなのは全く問題ない。でも出来れば真摯であって欲しい。
うーん。何でもすると言ったラーヤさんがちょっと心配だ。頼むぞ……品の無いお願いはしてくれるなよ。
だが、そんな俺の心配事は杞憂に終わる。
「ラーヤねーちゃんと一緒にお買い物行きたい」
何とも可愛らしいことに、それはデートのお誘いだったのだ。俺はほっと胸を撫で下ろしたい気分だ。
「買い物ね! わかったわ! 何でも買っちゃう!」
「いやいや一緒に買い物するだけでいいよ」
「そういうわけにもいかないわ! 私は大人なの。お金のことは気にしないで、甘えなさい」
「うーん。じゃあひとつだけ」
「よしっ! なら仕事の予定をずらして、明日買い物に行きましょう。だから今日はゆっくり休むのよ?」
「はーい」
随分と平和的な内容で決着はついた。
俺もだいぶ安心できた。リアが先日襲われた件をあまり引きずっていないようだったからだ。
「ねーちゃん、折角だから可愛い服着てきてね?」
なんか怪しさを感じるのは俺の気のせいか? いやいや……。
(リア、ラーヤさんにセクハラするんじゃないぞ)
(は? するわけないじゃん! 突然、何を言ってんのさ)
(ならいいけど。お前、クラナさんに突然キスした前科があるからな)
(前科!? 酷い言われよう! 私なりに愛情を伝えたくてしたことなのに……)
(それで相手も受け入れてくれるならいいけどな。ダメだった時、キツい関係になるのが嫌なら本当にやめとけよ)
(う、うん……ミナトが言うと説得力があるなあ)
リアは2年を費やして、俺の過去の記憶を全て追体験している。だからスケベ心が暴発したせいでとんでもない事になった俺の事を反面教師にして、立派な紳士になって欲しい。いや、淑女か?
とにかく、これだけ言っておけば、もしラーヤさんがドカンと谷間を見せつけるようなドレスで現れたとしてもきっと大丈夫だろう。
その翌日。まさか、本当に谷間ドーンな服で現れるとは……。
「リア……あんまり見ないで頂戴」
「み、見てないよ」
そう言いながらも、当然リアの視線はラーヤさんの胸元に注がれていた。
今彼女は青のロングスカートに、上半身に巻き付けるような黒いトップスを着ている。これって薄くてピッチリした浴衣みたいなものだから、巨乳のお姉さんが着ると谷間がヤバい事になるんだよな。
「いや、メチャクチャ見てるじゃない」
「えっ、その、だ、だって可愛いし?」
「服はね! こんな服、オバサンが着たってどうしようもないでしょ!」
ああ、そこか。いやらしい目線がバレたかと動揺するリアだったが、ラーヤさんは別のところに問題があるみたいだ。
「可愛い服なんて若い頃に買ったこれくらいしかなかったのよ……」
「いやいやいや! ねーちゃん今も充分若いでしょ」
「本当に言ってる? 私、カイドと同い年よ?」
「え、うそ……見えないよ」
カイドさんといえばもう結構なおじさんに見えるが、ラーヤさんは三十路くらいの若奥様のように見える。てっきり他の面々とは異なる世代の人だと思っていたから驚きだ。
「というか、こんな大胆な服着るんだね」
今の所、ラーヤさんに関しては山越え用の分厚い服を着ている所しか見ていない。それでもスタイルの良さは分かるのに、こんな胸元の防御力が薄いデザインだとメチャクチャ目立つだろう。ここ最近で掴んだばかりの彼女の性格とは少し印象が違った。
「さっきも言ったけど、可愛い服なんてこれしかないわ。ずっと冒険者やってるからね」
「え、じゃあ誰かとデートしたりしないの?」
「私たちは皆独身で、恋人を作る気もないわ。クラナ様を里までお連れする時、皆でそう誓ったのよ。まあカンザのバカはよく色街まで遊び歩いているようだけどね」
彼らパーティはクラナさんの両親が村長家を務める村で育ち、全てを失った幼いクラナさんの後見を務めてきた過去がある。どんな思いをしたか、それは勝手に想像するしかないが、恐らく皆クラナさんを本当の子供のように大切にしようと思っていたのだろう。
「こうやって逢引するのは私が初めて?」
「逢引って。まあそうなるわ」
「そっかそっか」
「ふふ、なにそれ。あなたクラナ様が好きなんじゃないの?」
「そうだけど、ラーヤねーちゃんも好きだよ?」
「堂々と節操のないことを言わない。まあ、恋人にはなってあげられないけど、今日一日は付き合います」
「うん。よろしく」
こうしてリアとラーヤさんの買い物デートが始まった。
さっき誤魔化せたことをいい事に、リアの視線はずっとラーヤさんの胸から離れなかった。
「ところで買い物って具体的には何を?」
「ああ、えっと、ちょうどさっきの話と被るんだけど、服を何着か買いたくて」
「あっ……ごめんなさい。そういえば、全然そういう時間を作れていなかったわね」
今更だけど、今のリアには里で貰った田舎者丸出しのボロ着の他は魔物退治用の皮鎧くらいしか服を持っていない。どっちも街を歩いていると地味に目立つんだよな。
「そういうことなら私がお店に案内しましょう。この街には有名なブティックが多いのよ」
「いやブティックって。そんな高そうなものじゃなくても、私は目立たない服なら何でもいいんだけど……」
「そんな事言って。素敵な服に囲まれたら、きっとリアも楽しめるはずよ」
「ええー」
リアの性格からして察しが付くとは思うが、コイツはオシャレとかそういうものに一切頓着しない。むしろ目立つと困るので、わざと皆が着ているような変哲のない服を選ぶタイプだろう。男女の差はあれど、そこは俺と同じだ。服なんて周りに不快感を与えない程度のものでいいからな。
(まあまあ、リア。たまには年頃の女の子らしく、オシャレを楽しめよ)
(ミナトまで! どういうつもり?)
ただ、ここで俺はリアが可愛い服を着せたいと思う。決して俺が着たいわけじゃないぞ? この身体は俺のものじゃなくてリアのものだからな。要はゲームのアバターみたいなもので、俯瞰して眺めるものだ。女装癖なんてなくても、女主人公を選んだら可愛い衣装を着せるだろう。
宿から歩いて十数分圏内にラーヤさんの知るお店があるという。賑やかな街を彼女にくっついて歩き、石造りのシックな建物の前までたどり着いた。
「ほらミナト、ここよ。ここは凄く有名なブランドの既製品を沢山卸しているお店なの」
「えっ、ここに入るの?」
咄嗟に拒否感を示すリア。エルフの里や獣人の隠れ里など異文化で育ったリアでも目の前の店構えがハイソな雰囲気を醸し出しているのが分かった。
「何しているの? 行きましょ」
「うわ、ちょっと、引っ張んないで!」
引きずり込まれるように店内へ。中も落ち着いた雰囲気で、明らかに高そうな生地で仕立てあげられた服がトルソーに着せられ、辺りにいくつも展示されている。
(ヤバい。もう帰りたい)
(まあまあ。ここで帰ったら折角連れてきてくれたラーヤさんに申し訳ないだろ)
とはいえ、俺もこんな雰囲気のお店は少々居心地が悪い。ボロ着のリアが入って怒られないかな。
そんな心配をよそにラーヤさんは店員らしき女性に声を掛けていた。知り合いなんだろうか。尋ねる暇もなく、ラーヤさんはその女性にリアを紹介してきた。
「はじめまして。わたくし、ルーシュと申しますわ」
「あ、どうも。ヴィア……じゃなくて、ミナトです」
ルーシュと名乗った女性は緑色の長髪に藍色の瞳を持った、見るからにやんごとなき身分の綺麗な女性だ。
「ルーシュ、今日はこの子に服を見繕ってもらいたいの」
「まあ可愛らしい! 滅多に来てくださらないラーヤ様が突然来られたと思ったら、まさかご息女をお連れになるなんて! これはコーディネートしがいがありますわね」
「いや娘じゃないから」
ラーヤさんは悲し気に訂正を入れた。彼女に子供がいないと、店員が知らない程度には彼女はここへは来ないらしい。そりゃあまあオシャレな服持ってないって言ってたしなあ。
そして、ルーシュさんのラーヤさんを見る目がなんだかクラナさんに似ている気がする。
「とりあえず、簡単にサイズを測ります。肌着だけになってくださいな」
言いながら、細長い紐をメジャーのようにしてリアの身体のサイズを調べていく。一から服を作るわけじゃないので、それは簡易的だったけど……。
(うぅ……このお姉さん、凄くいい匂いする……)
上品な匂いもそうだけど、彼女の話し方も凄く丁寧だ。冒険者稼業でオシャレしている暇がないというラーヤさんとはどういう繋がりが? そもそもラーヤさんはどうしてこんなシャレた店に縁があるんだろう。
「もうよろしいですわよ。それでは、このサイズに合う服をいくつか見繕ってきます」
「よろしくね、ルーシュ」
「うふふラーヤ様、わたくしにおまかせください」
気品漂うロイヤルスマイルを顔に張り付けたまま、ルーシュさんは店の奥へ消えていった。
「ねーちゃん、お貴族さまと知り合いだったんだね」
「いやいや、ルーシュは貴族じゃないわよ。というかこの国には貴族とかいないし」
リアがそう思ったのはルーシュさんの上品な所作があまりに洗練されていたからだ。よく考えればこの国が共和制であることは聞いていたし、よしんば貴族がいたとして、ブティックで働いているのは違和感しかない。
「あの子のああいう感じは今の仕事についてからね。こういう高級なお店だと、頻繁に上流階級を相手にするから頑張って礼節を身に着けたのよ」
「へえ、努力であんなにお嬢様みたいになれるんだ」
今のリアも2年を費やし、話し方やら何やらを矯正した。だがそれでも最低限であり、元来の粗暴さは見る人が見ればバレてしまうだろう。それほど純粋な自分の所作を再定義することは難しい。そう思うと、あのお貴族さまにしか見えないルーシュさんは相当な努力を積んだということだろう。
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