第50話 糸が切れる瞬間
小鬼の巣攻略に際して、リアは八面六臂の活躍を見せた。
まず魔法で巣の規模を知ることが出来る。地中に作られた巣の出入り口全ての情報を正確に共有し、巣の一番大きな穴に無慈悲な冷却魔法を流し込む。他の冒険者は穴から逃げてきた小鬼をブチュブチュ潰せばいいだけだ。そして、運よく逃げ散った小鬼には、リアが容赦なくバーストの魔法をぶち込んでやる。
攻略にかかった時間も、確認含めてほんの数時間。短時間で大量の死骸を持ち帰ったので、村の人間が皆怯えていた。
そんな感じで、巣の攻略は無事に完遂できた。あとは本来の警邏の仕事に戻る。
戦いで滾った影響もあって、リアは寝不足だというのにギンギン冴えきった目で残りの時間を過ごした。やはり俺たちには魔物狩りがあっているのだなぁ、と再認識させられる。
そして、4日目が終わりを迎える。後は街へ帰るだけだ。
夕方あたりに村への迎えが到着して、冒険者や戦利品などを積みこんで首都アブテロへ向けて出発した。
流石にこの段階になるとリアの興奮も収まり、カタカタ揺れる馬車の揺れもあいまって、途轍もない眠気に襲われていた。部活の遠征帰りのバス内なら遠慮なくグースカ眠れるものだが、油断ならぬこの状況でそうはいかない。
もうこうなったら力技だ。寝落ちそうになると、軽い電気ショックで身体を無理やり起こす。
「あばっ!」
あっ、結構いい感じだ。めっちゃ痛い、まではいかない塩梅で目が覚める。これはいける……!
そして。
もっと、もっと電力を! そんな謎の意志が俺の頭の中を駆け巡っていたあたりから、意識が曖昧になっていた。
「ミナト! おい、ミナト! 聞こえてるか!? ──いだっ!?」
「……ッ!」
ハッとして、顔をあげる。いかん、ちょっとの間、寝てた。
「はぁ、やっと気づいたか」
「あ、あれ? 俺どうしてました?」
「どうって、何度呼びかけても答えないから寝ているのかと思ったら……えっとな、色々焚きつけた俺が言うのもなんだが、そこまで周りを威嚇しなくてもいいと思うぞ」
「はい? 威嚇?」
「そのバチバチするやつだ。肩に触れたら、凄いバチっときたんだが……」
カイドさんの視線はスタンガン宜しく指の間を揺れる紫の光に向いていた。
どうやら寝ている間にも魔法で電気をバチバチし続けていたらしい。その際にカイドさんは運悪くこちらに触れてしまったようで、弾けるような感触が俺たちにも返ってきた。
周りの冒険者たちは皆引き攣った顔をしている。別に彼らを威嚇したつもりはない。
(あーなるほど、そういう手もあるんだ。やるじゃんミナト)
(えっ、なに!? どういう手!?)
よくわからないが、リアはそのまま完全に応答しなくなってしまった。どうせまた魔法の開発でも始めたのだろう。
馬車がアブテロのギルドへ到着したのはすっかり日の暮れた後だった。
もうお腹も空いたし、眠たいしで、さっさと宿で休みたいところだが、生憎やらなければならないことがあった。
まず、縄でぐるぐる巻きにしたあの暴漢男の処理だ。
ネイブル国で起きた犯罪は当然ネイブル国の法律で裁かれるのだが、冒険者間のトラブルの場合、国へは報告せずギルド内々で処理する方がいい。なんでもそっちの方が手っ取り早いのだそうだ。
とりあえずカイドさんに男を引っ張ってもらって、ギルドのお姉さんに事情を説明する。
「なるほど。話はわかりました。──レチユウさん、今の説明は事実でしょうか?」
キッと鋭い視線を男に向けるお姉さん。流石ギルドの職員をやっているだけあって、こんな男でもちゃんと名前を把握しているようだ。
「……プハッ! じ、じじじ事実なもんか! 適当言いやがってこの女!」
猿轡を外した途端こうだ。どうしてこう諦めが悪いのか。
「こういう時、ギルドではどう落とし所をつけるんですか?」
「そうですねぇ。二者間の主張が平行線のまま、どうしても争うということであれば、精神掌握の魔法を使える人材を呼んで審問にかけるという手順をとることが多いです。その場合、かかった人件費などは過失の割合によって請求することになります。いかがいたしますか?」
なるほど、そうきたか。なら過失が全くない俺は勿論イエスを告げる。
そして、暴漢男の答えは。
「……もういい。俺がわるかったよ」
と、ここにきてあっさりとサレンダー。やはり精神支配による絶対供述がある以上負けは確実であり、さらにその費用負担させられるとなれば、もはやこれまでと悟ったのであろう。
それからの男の処遇はまた後日知らされる運びとなった。ただ、今回の件はあくまでも未遂であり、客観的に見て実害がそこまで大きいとは言えない。なので、相手への罰もそそこまで厳しいものにはならないそうだ。俺も、リアも相手の罪がきちんと裁かれるならそれでいいと思っているので、異論はなかった。
「はぁ……」
思わず大きなため息を吐く。数日抱えていた問題がひとつ消え、肩の荷が下りた気分だ。スカッとするというよりは、ただ心が軽くなった。
そう、こんな風にふわっと。上下の感覚がなくなるように──
「あれ?」
次に目を覚ますと、そこは村の家屋……ではなく、この街へ来た時にハツキさんが手配してくれていた宿だった。
そっか。依頼が終わってようやく帰ってこられたんだ。だが昨日、宿まで戻った記憶がない。
(リア、起きてるか?)
(おはよ、ミナト。多分同時くらいに起きたよ)
(おはよう。ところで、昨日の晩の記憶ってある?)
(ない。多分、ギルドで倒れたんだと思う)
(倒れた? なるほど、どうりで……)
記憶を辿ってみると、確かに宿どころかギルドで男を引き渡してからの記憶がない。あの後、張り詰めていた気持ちが一気に解放されて、それで……。
(ミナト、倒れたばかりで申し訳ないんだけど、今日も身体をお願いしていい?)
(ああ、それはいいけど……昨日の続きか?)
(そうだよ。もうすぐ出来るから)
(おう、じゃあ身体の方は任せろ)
といっても、今日は昨日までの依頼の事後処理を行う日だ。だからそんなに大したことはしないだろう。なるべくダラダラと行こう。ということで、今日は久しぶりにお布団ヌクヌク祭りを開催しよう、と掛け布団を頭から被る俺だった。しかし、ドアをノックする音がそんな怠惰を許さなかった。
「ミナト、起きてる?」
ドア越しに聞こえてくるのはラーヤさんの声だ。
「起きてまーす。入ってください」
「ええ、それじゃあ……」
そっとドアが開かれ、ラーヤさんが姿を現した。
「アンタたちは入っちゃダメよ」
彼女の後ろには他のパーティーメンバーもいたようだが、何故か部屋に入れてもらえない。なんだろう、喧嘩でもしているのか。とにかく、起きるか……。
「あ、横になったままでいいのよ」
「え、でも」
「昨日倒れたばかりじゃない。今日は1日安静にしておきなさい。ギルドには話しておくから」
「ありがとうございます。……ってやっぱり昨日倒れたんですね」
「ええ、原因はおそらく過労ね。山越えの後に初めての泊まり込み依頼。身心共に擦り減らしていたんじゃない?」
「まあ、そうですね。ちょっとした騒動もありましたし」
というか、それが一番の原因だ。あの男のせいで、依頼中いつ誰に襲われるか気が気でなかった。
「やっぱり、そうよね……今回の件は私たちが全面的に悪かったわ。本当にごめんなさい」
「えっ、いや、なんでラーヤさんが謝るんですか」
「仲間の不始末……いえ、私たちが教育の方針をちゃんと話し合っていなかったせいで、あなたが倒れるなんて事になったからよ」
「えぇ……どうしてそんな結論に」
今にも泣きだしそうなラーヤさんに、俺からは見えないが部屋の外で暗い顔をしているだろう男3人。俺たちが倒れた後、彼らの間でどういうやりとりがあったのだろうか。
「ミナト、今回は本当に済まないことを──」
「入ってこないで」
「ああ、すまない……」
カイドさんが部屋へ入ってきそうになった所で、ラーヤさんの冷たい声がそれを制した。
今、ちらっと見えたカイドさんの頬には立派な紅葉が出来上がっていた。いや、本当何があったんだよ。
「とりあえず謝罪はいいので説明をください……」
もう色々不安なので、こんなことになった経緯だけを聞く。
まあ話は単純で、先日の依頼中にカイドさんがリアに対して取っていたスタンスがラーヤさんの怒りに触れたらしい。具体的にはリアがあの暴漢に襲われる直前まで、様子見に徹していた事だ。
カイドさん的には、実際に痛い目を見ることで、次からはより強い警戒心を持てるようにという考えがあったらしい。
この考えはこれで間違いではない。実際、俺たちは2日目以降、固く周りの警戒を怠らなかった。そしてそのおかげで、暴漢対応策を色々考える機会を得たと言っても過言ではない。
しかしながら、リアと同じ女性であるラーヤさんの考えは違う。彼女はいくら反面教師的教育の為だと言っても、敢えて怖い目に遭わせるなんて行為を絶対に認めることは出来なかったのだ。
とにかく、この件でラーヤさんの怒りが爆発。カイドさんは散々非難された挙句に思いっきり頬をぶたれたらしい。そして男性である他2人も含めて、しばらくリアには接近を禁ずるということだ。
そんなことがあったとは……。
思った以上にリアが大切にされているとわかって嬉しい一方で、俺たちの事が原因でパーティ内に不和が生じてしまったかもしれないという事が少し気がかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます